#53 かたいおせんべいと、わたしの未来
食べたいと思ったものは、
その日のうちに、
できれば今すぐ口に入れたい。
そういう食い意地が
張っているというか、
食に対するフットワークの軽さだけは、
我ながら呆れるほど健在だ。
そういえば、いつの間にか
私も四十歳になっていた。
鏡をのぞき込むと、
年齢を重ねた自分にふと
気づいて小さく微笑んだりするし、
夜遅くにこってりしたものを
食べようものなら、
翌朝にはちゃんと胃もたれ
という形で身体が
少しだけ不満を訴えてくる。
昔はどんなに油っこいものでも
平気で胃袋に収めていたというのに、
人間の身体というのは正直で、
そして少しだけ厄介なものだ。
でも、だからこそ思うのだ。
四十歳なんて、
人生の折り返し地点には
まだ早いかもしれないけれど、
確実に「若いころと
同じようにはいかないもの」が
少しずつ増えてくるお年頃。
この調子でいくと、
将来おばあちゃんになったころには、
お気に入りの堅焼きせんべいなんて、
歯が折れるか顎が疲れるかして、
おいしく食べられなくなって
いるかもしれない。
お医者さんに
「固いものは控えましょうね」
なんて優しく、そして
冷たく諭される未来も、
なんだか目に浮かぶようだ。
そう考えたら、
なんだか急に焦ってきた。
今、私のこの歯と、この胃袋が、
「これが食べたい」と
叫んでいるうちに、
ちゃんと食べておかなければ
もったいない。
未来の私のために
我慢するなんてナンセンスだ。
だって、未来の私は
今の私が食べた美味しいもので
できているのだから。
そんなわけで今日の午後、
私の食欲のアンテナが
ピピッと捉えたのは、
ご近所の老舗の和菓子屋さんで
見かけた、ものすごく分厚くて、
ものすごく堅そうな特大の
おせんべいだった。
ガラスのショーケースのなかで、
醤油色の香ばしい顔をして
私を呼んでいる。
お店の引き戸を開けると、
おばあちゃんが
「いらっしゃい」と
優しく微笑んでくれた。
私は迷わず
「あの、一番
堅そうなのはどれですか?」と
聞いてしまった。
おばあちゃんは少し面食らったあと、
「これなんかは、
若い人でも歯が折れそうになる
って評判だよ」と、
茶目っ気のある笑顔で
一番ごつごつしたおせんべいを
出してくれた。
手に入れたおせんべいは、
ずっしりと重くて頼もしい。
早く家に戻って、
あの静かな部屋で
じっくり味わいたいと、
足取りが自然と早くなる。
玄関の鍵を開けて部屋に入ると、
外の暑さが嘘のように、
すっと落ち着いた空気が
私を迎えてくれた。
手を洗ってから、
お気に入りのリビングの
いすにしっかりと座る。
袋の口をびりっと破ると、
香ばしいお醤油の匂いが
ふわっと部屋いっぱいに広がった。
私は意を決して、
その堅焼きせんべいに
ガブリとかじりついた。
「バリッ!」と、
部屋のなかに響き渡るような
小気味いい音がした。
想像以上の手ごたえに、
思わず顔がほころぶ。
お米の甘みが口いっぱいに広がって、
噛めば噛むほど美味しい。
あぁ、これだよ、
私が求めていたのはこれなのだ。
少し顎が疲れるけれど、
この歯ごたえこそが
生きている証拠みたいで、
なんだか妙に嬉しくなってしまう。
おせんべいを一枚
食べ終わるころには、
口の中も喉もすっかり乾いていて、
急に麦茶が恋しくなった。
麦茶をたっぷり注いで
一気に飲み干す。
ふぅ、と息をつくと、
お腹のあたりが少しだけ
「おや、急になんだい?」と
文句を言っているような
気がしないでもないけれど、
そんなの気にしない。
若いころのようには
いかない自分の身体を、
ちょっとからかうように、
愛おしく思いながら暮らす。
四十歳って、
案外悪くない季節なのかもしれない。
だって、少しの変化を
感じるからこそ、
今この瞬間の「美味しい」が、
何倍にもきらきらして
感じられるのだから。
おばあちゃんになって、
固いものが一切食べられなくなり、
お粥ばかりの生活になったとしても、
「あのころ、私は食べたいものを
片っ端から貪欲に
食べたから後悔はないのよ」と、
笑って思い出せる気がする。
さて、次はなにを食べようか。
頭のなかではすでに、
今日の夕飯のデザートと、
週末に食べに行きたい
ケーキのことでいっぱいだ。
胃薬をそっと
引き出しの奥に忍ばせつつ、
私は明日も元気に、
おいしいものを探しに
出かけようと
こっそり企んでいる。
今日も最後まで読んでくださって
本当にありがとうございます。
皆さんは今食べたいもの、
ありますか?
では。また覗いてくださいね。
お待ちしております。
