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能あるおじさんは爪を隠す。最終話(note創作大賞2024 お仕事小説部門)


喜多山さつき


ー5年前ー
「お電話ありがとうございます。『オンライン・ライフ』カスタマーセンターの喜多山がお伺いいたします。いかがなさいましたでしょうか?」
ガヤガヤとたくさんのオペレーターたちが次から次へとやってくる電話の対応をしている。

プレイングアースに転職する前は通販会社のカスタマーセンターで働いていた。
マニュアルがしっかりあってオペレーターの人数も多く、業務引継ぎもしっかりあり、情報共有も社内ツールでしっかり管理されていた。
ミスをしないのは当たり前、お客様の期待に応えて期待を超えていく対応をすることが部署の目標。
サブリーダーとして後輩の育成にも携わるようになり、期待を超えていけるよう責任感を持って業務にあたっていた。
元々ここの通販を母親がよく使っていて、私も学生の頃に毎月送られてくるカタログを見るのが楽しみだった。
馴染みがあって製品も好きだったこともあり、転職先にここを選んだ。
カスタマーセンターを希望したわけではなかったけど、適性検査でコミュニケーション能力が高いと出て、声も高くてハキハキと話すところが向いていると人事の人に言われてカスタマーセンターに配属となり、気づけば6年目を迎えていた。
新卒から数年間は販売の仕事をしていたので接客やコミュニケーションについては自信があった。
電話越しでも人と話すのは楽しいし、周りも良い人たちだし、
自分が好きな会社で、役に立てるように毎日気合いを入れて仕事に臨んでいた。できる限りの愛を込めて。

「すいません喜多山さん、ちょっといいですか?」
「なに、どうしたの?」
後輩の真壁ちゃんが話しかけてきた。
「アイシャドーのフタが壊れて中身も粉々だから交換してほしいっていう入電だったんですけど、マニュアル通りにどんな状態で届いたのかをヒアリングしたら、それは覚えてないけど使おうとしたら使える状態じゃなかったから新品と交換してと仰せでして・・・。
私じゃ判断できないからって一旦保留にしたんですけど、どうしたら良いでしょうか?
何回も同じこと聞いたりして、ちょっとお怒り気味で…。」
「あ、そうなの?自分で破損してるなら交換はできないよねー。社内で確認したけど交換はできないです、ってもう一回言ってみてもらって、、」
「いや、もう何回も無理ですよって言ってるんですけど、納得してもらえないんですよ。」
まだこちらが喋っているのを遮っての主張に、イラッとしたのが伝わってきた。
「もう私じゃ無理なんですけど・・・。変わってもらえませんか?」
「うーん、じゃあ変わろうか。」
「すいません、電話回します。お願いします。」
もちろんほとんどは悪意やウソのない電話なのだけど、まれに自分で壊したものを返品・交換希望される方から連絡が来る。
こういうときのヒアリングにはかなり神経を使う。
「お客様、すいません。お電話変わりました、カスタマーセンターの喜多山と申します。」
「あのー、交換したいだけなんですけど。なんでこんなに時間取られないといけないんですか?」
対応する人が変わっても怒りの温度感が下がっていない。
「申し訳ございません。お客様、交換のご希望でございますね。」
「さっきの人にも言ったんですけど。え、聞いてないんですか?」
余計温度感が高まってしまった。まずい。
「申し訳ございません、お客様のご希望と、今引き継ぎで聞いた内容に相違がないか、改めて確認させていただきたく思います。
社内でお品物の交換をする稟議を通す際に、どの段階で壊れてしまったのかある程度目処を立てて報告をする必要がございます。きちんと交換対応をさせていただきたく思いますので、何卒ご協力ください。」
「いや、だからなんでそんなに時間がかかるようなことするのかって言ってるの。届いたときには不良品だったってさっきから言ってるでしょ。」
だいたいこう言うと、若干怒りながらでも、きちんと対応してくれるんだとわかって協力的に細かく状況を教えてくれる人が多いんだけど、この人は真壁ちゃんの言う通り、こちらが何を言ってもダメっぽい。
でも、これに屈するわけにはいかない。
「申し訳ございません、お客様、社内のルールで決まっておりまして、
こういった交換の際はこの手順が必要となりますので、何卒ご協力頂きたく思います。アイシャドーのフタを開けたら接続部のところが割れてフタが外れて、中身も割れていたということですよね。」
強行突破でこちらのペースで話を進める。
・・・あれ?この方の購入履歴をよーく見ると、購入されたのは1年前だ。

「そうです。中身も割れてて粉々になってました。」
「お客様、申し訳ございません、確認なのですが、ご購入されたのが1年前というデータになっておりまして…」
「そんな前でした?でも開封したのは昨日ですけど。」
あまりにもあっさりとそう伝えてくるので頭が混乱した。
「全く使ってなくて、そろそろ使おうと思って開けたらフタは割れてるわアイシャドーは粉々だわ、とても使える感じじゃなくて。」
破損どうこうの前に、1年前に購入したお品物はとてもじゃないけど交換対応できない。
無意識に何言ってるんだこの人?と思っていることが言葉に表れてしまった。

「ふっ。あのー、お客様。申し訳ございませんが、1年前の購入品につきましては返品交換はできかねます。」

「今、鼻で笑いましたよね?バカにしてます?」

相手は私の心の機微を敏感に感じ取った。
心を読まれたようでドキッとした。
「あ、いえ、そんなつもりはないんですが、1年前の購入品は返品交換対象外なので…」
とっさにウソをついた。
「いやいや、バカにしてましたよ?喜多山さんでしたっけ?
うそつきなんですね。
人のことを鼻で笑ってうそをつく人とは話したくないです。
上の人に代わってもらえますか?」

もっと怒らせてしまった。
”うそつき”というワードがズシンと体に重くのしかかった。

心臓がバクバクして体が震えている。
カスタマーセンター部長の木根さんに話を持っていく。
「部長、すいません。今よろしいですか?ちょっとクレームが解決できなくて、上の者を出せと言われてしまいまして…。対応をお願いできないかと…」
「え?何、どんな状況になってるの?」
イヤそうな顔をしていたけど、部長に助けてもらう他に方法がない。
状況を説明し電話を代わってもらった。
「お客様、たいへんお待たせいたしました、喜多山の上司の木根と申します。
この度はご不快な思いを、、えぇ、えぇ、そうですね、おっしゃるとおりです。申し訳ございませんでした。」
明るい声色と少し低めに響かせる声を使い分けている。
「今回は、はい、交換を受付しますので、これからメールで交換方法をご案内いたします。お品物のご利用を楽しみにしていただいたにもかかわらず、がっかりさせてしまいまして、申し訳ございませんでした。交換品が届きますまで少しお時間いただくかと思いますが、次は確実に良品をお届けするように一層気をつけてまいりますので、はい。はい。
すみませーん、よろしくお願いいたしますー。はいー。」
あっという間にその場で解決してくれた。
さすが部長だ。

「あとでこの人に交換メール送っといてあげて。」
「あ、はい。」
「それでね、喜多山さんね。」
お礼を言う隙もなく部長が話し始めた。
「鼻で笑ったのはまずかったね。
まぁ気持わかるんだけどさ、今の人、1年も経ってるし絶対使ってて自分で壊したんだろうし。」
「え、そうなんですか?」
「たぶんそうじゃない?だって見てよこの方の備考欄。前も同じような感じで商品の交換してるし。」
「あ、、本当だ・・・。でも交換しちゃっていいんですか??」
「うん、いいよいいよ。いちいち相手にしてたら時間食うだけだし。交換稟議あげて早めに発送手配進めて。」
「あ、はい、すいません…」
「喜多山さんさ、まじめに取り組んでくれるのはいいんだけどさ、なんか惜しいんだよね。」
ん?なんか惜しいってなんだ。どういう意味だ?
「どういうことですか?」
なんかちょっとカチンときて眉間にシワを寄せて聞き返してしまった。
「真面目なのはいいことなんだけど、もうちょっと視野広げて柔軟性を持ったほうがいいというか…。まぁごめんごめん、気にしないで。
じゃ、メール送っといてね」
そう言ってパソコンに視線を向けた。
助けてもらった恩なんかどっかに行ってしまった。
『なんか惜しい』という言葉が引っかかってこの日はモヤモヤがなかなか晴れず、ほとんど眠れなかった。

それからというもの、私は木根さんに反抗的な態度を取った。
何か頼み事をされても「今、私が忙しいの見てわかりませんか?」と言ったり、残業のお願いも「今日は無理です。」とバッサリ断るようにした。
悔しいから認めてもらえるように頑張ろうとか、
『惜しい』ってどういう意味なのかを知ろうとせず、
ただただ木根さんと距離を取った。
さながら子どもの反抗期だ。
その様子を見ていた同じ部署の同僚たちもなんとなく、私と距離を置いているような気がした。
それでも、こうしないとこの時の私は私を守ってあげられなかった。

そして迎えた年度末。
人事評価が発表され、事業部長から個別に来年度の役職や給与が伝えられる。
これまで順調に役職と給与は1年ごとに1つずつステップを踏んであがってきていたのに、この年は2段階も降格してサブリーダーからも外れてしまった。

理由は「問題を自分で解決できず、二次クレームを生むような対応もありました。柔軟性を身に着けましょう。就業中の上司、同僚への態度も気をつけましょう」

なんだこりゃ。

たまたま木根さんが1回だけ対応することになったクレームを見て、
「自分で問題を解決できない」という風に受け止められているなんて。
上司への態度も気をつけましょう??
惜しいよねとか言われてカチンときてるんだこっちは。
上司の方が、部下が忙しいのを見て仕事の割振りのタイミング考えろよ。
木根さんは私が怒ってるのに謝ってくれなかったし、そこから指導してくれなかったじゃないか。

評価を受け入れられずにぼーっとしたまま来年度の組織図が社内に貼り出されているのを見つけ、3年後輩の真壁ちゃんよりも役職が下になってしまった。

ポッキリ心が折れた。

悔しさで涙があふれそうになる。トイレに逃げ込んだ。
どうしよう、体が震えてる。涙が頬を伝う。

「さつき、大丈夫?木根さんが探してるけど…。デスク戻れる?」
同期の綾子が呼びに来てくれた。私がトイレに逃げ込んだのを見ていたようだ。
彼女とは入社時期が同じで5年ほどの長い付き合いになる。
彼女は別の部署で順調にキャリアを重ねて、他の同期よりも頭一つ飛び抜けていたが、来年度は私よりも4つもランクが上になっていた。
随分と差が開いたもんだ。
気が利いて空気が読める彼女はどこにいても周りとうまいこと調和する。
「ありがとう、、ちょっともう悔しくて…。木根さん、信じられない。
わたしなりにけっこうこの1年も頑張ったのに。悔しい…」
「うーん、そうね。」
「木根さん、ひどくない?」
「うーん、どうだろう。」
味方になってくれない。
「だってさ、さつきの木根さんに対する態度見てたら、一緒に仕事したくない、話したくないって感じ、めちゃくちゃ出してたじゃん。木根さんも辛そうだったよ。なんて言うか、厳しいこと言うかもだけど、イヤだって空気感出すからそれが今回の結果として返ってきた感じ。信頼してほしかったら自分から先に信頼しないと。」
それだけ言うと綾子はその場を去った。
悔しかった。みんなが敵なんじゃないかとさえ思った。
誰か一人でいいから、「よくやったよ」と言ってほしかった。


少しして落ち着いてからデスクに戻ると、木根さんが申し訳無さそうな、気まずそうな表情で近づいてきた。
「今回の人事評価、厳しかったよね。」
「…はい。でも、たしかに自分で問題は解決できないし、上司や同僚に対する態度がよくないのは自分でもわかってたんで。」
そう、その自覚はあった。でもどうしたらいいのかわからなかった。
長くカスタマーセンターにいると、明らかにウソをついていたり怒っている人にまで心を込めて丁寧にやるのが正直しんどかった。
だからウソをついている人やわがまま自分勝手な人にあたるとイライラして態度が悪くなる自分にも気づいていた。
リーダーや他の同僚、先輩も綾子と同じようなアドバイスをしてくれたけど、私はそれも全部聞き流していた。
「一応ね、形としては2ランクダウンになるけど、長く勤めてくれてるから、次の一年で電話対応スキルの向上と、態度を改めてくれることを期待して、来年度も給与はそのまま変わらず据え置きにしてくれることになったから。
また1年、頑張ろう。」
「…いや、ちょっとどうかわかんないです。」

惜しいよね、と言われたことをずーっと引きずる執念深さが私にはある。
そりゃ私だって、できるなら柔軟性を身に着けて自分で問題解決できるようになりたいし、周りと調和してニコニコ平和に生きていきたい。

自分はなんのためにここで働いているのだろうか。
やりたいことや夢は何だったっけ?カスタマーセンターで働きたいと思っていた?
いいや、できることではあるけど、子供の頃にこれがやりたいと思ったことは一度もなかった。
ではなぜ今これをしているの・・・?
私の情熱は一体どこに行った・・・?

とりあえず、今言えることは…。
ここではもう何もできる気がしない。
なんだか怒りや悲しみも通り過ぎて、全身の力が抜けて燃え尽きたような感覚になった。
2ランク下がったことも、問題解決ができないことも、木根さんも会社も何もかもがイヤになった。
心の声に反応するように、声を出そうとすると咳き込むようになり、電話対応ができなくなった。
木根さんが異変に気づいてくれて、有給を使って来年度が始まる前の2週間をお休みにさせてくれた。
会社に行かなくてよくなると1週間ほどでみるみる調子が戻ってきた。
もう私の心はあそこを居場所だと感じていなかった。
好きな会社だったし5年もお世話になったけど…。
そのまま復帰はせず、退職することを決めた。

だがしかし辞めたはいいものの、30代の転職となると、新しいものへの挑戦はなかなか決まらない。
転職サイトでスカウトが来るのも結局同じようなヘルプデスクやカスタマーセンターでの仕事ばかりだった。
もうカスタマーセンターはいいかな…と思っていたものの、何か資格があるわけでもないので異業種への行き方がわからない。
何気なく何か資格でも取ろうかとネットで情報を探しているときに見つけたのが「プレイングアース」だった。
ホームページに求人も載っていて、従業員は資格講座の受講料が半額で済むというのだ。
めちゃくちゃ魅力的だった。
夢や希望も大事だけど来月の生活費を稼がなくてはいけない。
くよくよしてる場合じゃない!できることを活かそう!
活かしながら何か資格を取って、異業種にチャレンジしても面白いじゃん!
そう思って応募し、やはり5年もカスタマーセンター経験があることが決め手になり、当時の上司が採用してくれた。

いざ入ってみると、
職場環境は前職と比べると歴史も浅く小規模なのもあって、
マニュアルはないわ、引き継ぎ管理ツールが定まっていなくて抜け・漏れはしょっちゅうだわ、上司がすぐ辞めるわ、私も辞めようかどうか迷っていると管理職に相談すればお給料が上がるわ、、、(あまりにも人がいなさすぎて査定ができなかった)
めちゃくちゃではあるけど、上司や管理職の監視が隅々まで行き届かない分、個人的にはのびのびと自由にやれている。
利用者の母数が大手通販会社と中小企業の資格講座ではぜんぜん違うから当然なのだけど、以前より明らかにウソを付くお客様が少ない。
そこに大林さんが入ってきて、私以上にマニュアルや監視の目なんかが苦手で、めちゃくちゃ自己流でやっているのが、なんともおかしい話だけど心地よかったりする。

愛着があるし長く勤めているからと、ポッキリ折られてしまったところにしがみつかず、思い切って転職をしてよかったと心から思っている。



さつきの課題


その日は社内の人数も多く、カスタマーセンターも最大席数の8名が出勤していた。
電話が鳴ると、いつもだいたい私が一番手に取る。
前職で「電話は3コール以内で取る」という鉄の掟があったクセが残っていて、反射神経が鍛えられたのか反応が異常に早いのは新人さんにいつも驚かれて笑いになる。
「お電話ありがとうございます。プレイングアース・カスタマーセンターの喜多山がお受けいたします。」
「あ、もしもし?そちらに通ってる者なんですけどー、
振替日の都合が合わなくて、リアル開催の講座に行けないんですけど、どうしたらいいですか?」
少し不機嫌そうな男性の声だった。

「プレイングアース」社では資格所得のためにあらゆる講座がリアル会場とオンラインで開催されている。
講座によっては1日で終了するもの、半年や1年に渡って開催されるものと様々である。
どれも日程はあらかじめ組まれていて、都合が悪く出席できない時は、振替で違う講師が担当している同じ講座を別日で受けてもらうか、それも都合が悪く受けられない場合は、後日期間限定で配信される動画を見て自主勉強をしてもらうことになっている。

名乗ってもらわなくても電話番号が表示されるので誰かわかるけど一応、本人確認のために名前を伺う。
「お問い合わせありがとうございます。それでは受講生の方のお名前をフルネームでお伺いできますか?」
「清水です。清水浩二。」
「清水様ですね、ありがとうございます。今キャリアコンサルタントの講座をご受講中ですね。」
「そうです。」
声の雰囲気からすでにイライラしている様子が伝わってくる。
「リアル開催の講座出席できなくて、補講日もご都合が合わない場合は、その回は動画配信を見ていただき、ご自身で学習していただくことになりますね。」
これはどうにも変えようがないルールだ。
これが当たり前ですけどご存知じゃなかったですか?という気持ちを込めて説明した。
「いや、あのー、リアル受講じゃないと講師にその場で質問できないでしょ?動画は意味がないんですよ。」
決して安くない受講料を払って、真剣に学びたいからこその主張なのは理解できる。
でも、都合が合わないことにはどうしようもない。
「そうですよね。ただ、振替日も難しいとのことでしたら、申し訳ありませんが、動画配信で何卒お願いできればと思います。」
「だーかーらー、動画じゃ意味ないって言ってんじゃん。」
あー、これはヤバい。堂々巡りにハマっちゃうやつだ。
向こうが全くこちらのルールや言い分を理解してくれずに、自分の主張をずーっと言い続けるやつ。
思わず白目をむいた。
こうなると、申し訳ございませんを連投して相手が諦めるか、
「お前じゃ話しにならない!上を呼べ!」
と言われるまでどうにもできない。
「申し訳ございません。」
とりあえず謝るしかない。
「申し訳ございませんじゃなくてさ、そっちがなんとかするもんじゃないの?」
「それが難しくてですね、、、ご期待に添えず申し訳ございません。」
「はあ!?じゃあなんで受けられない分の金を払わなきゃいけないわけ?
金返せよ!」
声を荒げ始めた。
もう心臓はバクバクしている。何か言おうとすると声が震える。
「申し訳ないんですが、動画での受講は可能ですので、ご返金はできかねます。
日程はあらかじめ決まっていますし、日程を合わせられない方は他にもいらっしゃいますが、皆様、後日オンライン配信を見ていただいております。」
と日本人特有の「みんなこうだよ」と言ったら納得してくれる話術を入れてみる。
「だからー、オンラインじゃ意味ないんだってば。話聞いてる?」
堂々巡りだった上に炎上してしまった。
「申し訳ございません。」
こういう空気感になると私は頭が真っ白になって相手の言葉が全部右から左へ通り抜けてしまう。
何か言うともっと炎上してしまうので私には謝るしか術がない。

「あのさ、謝って欲しい訳じゃないんだわ。謝ってくんなよ。
なんでそんな機械みたいな対応なわけ?お前の対応は心がないよ。」
二次クレームに発展してしまった。
もう、何も考えられない。

トータルで約8年、この仕事をやってきたのに、今の私は謝る以外の選択肢を持ち合わせていないことに気づいた。
謝るなと言われたら、何を言ったら良いのかわからない。
確かにこの人に言うとおりだ。まるで機械みたい。心がない。
大林さんはちゃんと言うことを言って屈しない軸を持っている。
私はどうだ?大林さんを見て、こんなやり方もあるのか、と新しい発見をしているのにただ見ているだけで何も変わらないままでいいの?
自問自答した。
私は今、本当はどう思っている?

「無茶言ってくんじゃねーよ、こちらが組んでいる日程に来れないなら後日配信の動画を見るって入会するときにも説明してるだろ。
無理なものは無理!あなたのためだけに1年前から組んでいる日程は変えられない!一人だけ個別でリアル会場で受講するとかもできない!!
こんなの、八つ当たりだ!!」
(心の声)

答えは出た。
わずかな時間のはずだがとても長く感じた沈黙を破りこう切り出した。

「お客様、大変恐縮ですが、こちらが組んでいる日程でリアル会場受講ができなければ後日動画をご覧ください。
入会されるときにそう説明しています。これは皆様同じです。
なにか特別扱いを望んでおいでかもしれませんが、それはできません。
会場で受けたいのなら、ご自身のスケジュールをご調整ください。
無理なら諦めてください。
何回も同じことを繰り返しお伝えしています。
これ以上お話をしても答えは変わりません。
他に業務もありますので、これで失礼させていただきます。」

言った・・・!言ってしまった・・・!いや、言ってやった・・・!!
手が震えている。お客様も面食らったのか、一瞬沈黙が生まれた。

「…なんだこの乞食が。
俺の払った金でお前らが生活できてるんだろ?わかってんの?」
「はい、わかってます、ありがとうございます!!」
「…! なんだこのヤロー、地獄に落ちろ!」
「はい、ありがとうございました!!!!!」
勢いよく通話終了のボタンを押して電話を切ってしまった。

心臓が、ずっとバクバクしている。
自席にいた大林さんはこの会話が聞こえていたはず。
だけどPCに向かったままノーリアクション。
カスタマーセンターで働く者として、あるまじきことをしてしまったんじゃなかろうか…。こんなこと初めてだ…。
周りの反応がめちゃくちゃ気になる。
「喜多山さんがついに壊れた」とか思われてるんじゃないか。
言うことを言ったのに、スッキリするどころかあらゆる不安がよぎった。

これで良かったのか大林さんに確認したい。
思ったより体も声も震えている。

「大林さん、あのー、聞こえてたと思うんですけど、、、。
ずっと同じことを言ってきたんで、もうこっちから切りますって言って話終わらせちゃいました。
私、お客様対応で『埒が開かないからこっちから切ります』とか言ったの初めてです。
そしたら乞食とか、地獄に落ちろとか言われました。
私、こんなこと面と向かって言われたの初めてです。電話だけど。
めちゃむかついてます。でも、これでよかったんですかね・・・?」
自分で考えて起こした行動に自信が持てない。
大林さん、何か言って…!


「そんなこと言ってきたの!?
やばいね。絶対、そんなこと人として言っちゃダメじゃん。
あのさ、従業員もお客様も同じ人間だよ?平等だからね?
どっちが偉いとかないからね。
金払えば何言ってもいい、何やってもいいなんて大きな間違いだよ。
従業員だからってへりくだらなくていいからね。
話が通じない人はこっちから切っちゃえばいいよ。うんうん。
また何か電話きたら俺がガツンと言ってやるよ。はっはっはっは。」
いつもの大林さんだった。


一気に体の緊張がほぐれ、ホッとした。
これきっと、大林さん以外の人が上司だったらこうはいかないよな…と過去を振り返り、こんな対応にOKを出す人が一人もいなかったことを思い出した。
お客様が期待した対応とは真逆に行ったわけだけど、「人間味」とはこういうことだ。オペレーターだってにんげんだもの、怒る時は怒るさ。
これでいいんだ。

「パイセン、言ってましたね〜!かっこよかったです〜!
なんか私までスッキリしちゃいました。
はい、これどうぞ。お疲れ様です。」
ゆりちゃんがニコニコしながら自販機で買ったカフェオレをくれた。
「あ、ありがとう。え、いいの?」
「はい、もちろんです。」
カラカラに乾いた喉が一気に潤う。
気力を消耗した後の甘いものと人の優しさは、体に染みる。
大仕事をやり終えたような、人として一皮むけたような、そんな達成感を感じた。
「ふぅー、おいしい。」
満面の笑みになっているのが自分でもわかる。
こんな気持ちは初めてかもしれない。
「ふふ。パイセン、大林さんに似てきましたよね。
…おっと、電話かかってきた〜」
ニヤニヤしながらそう言うとゆりちゃんは次の電話の対応に入った。「え〜、似てるって、、失礼じゃね?」
50代のおじさんに似てきたなんて、、。



今の私には褒め言葉だ。


中島くんが抜けた分の補填で、なかなか決まらなかったアルバイトメンバーの遠藤くんを新たに迎えた。
入社後オリエンテーションを終えて、遠藤くんがカスタマーセンターのエリアにやってきた。
「どうも。アルバイトの大林です。一番ペーペーです。」
と開口一番、新人さんには本当かウソかわからないボケをかました。
「もう、何言ってるんですか。センター長の大林さんです。
あんまり変なこと言わないであげてくださいよ。」
「そうですよー!新人さんにはハードル高いです、そのボケ!」
私をはじめ、その場の近くにいた人総出で突っ込み、笑いが起きた。

「ごめんね、センター長あんなだけど、本当は仕事もできるし話が通じる人だから。」
「あはは、はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。喜多山です。
じゃあさっそくやろっか。まずうちがどんな仕事してるかってところから説明します。
あ、ちなみに大林さんの隣に座ってるのが井上ゆりちゃんって言って、ゆりちゃんは今で1年くらいかな。声優目指して養成所通ってるの。
なんかね、絶妙な距離感でいじってくるのが大林さんとちょっと似てるの。あ、本人には内緒ね。」


何がしたいのかわからなくて、できることだったから選んだこの仕事。
でもこの選択をしたことは、決して無駄じゃない。
新しい価値観や仕事のやり方は、大林さんに出会ったからこそ知ることができた。
私は今、「何をするか」より「誰とするか」を学ぶ時期なのかもしれない。
何かやりたいなと思えることが見つかるその日まで、精一杯目の前のことをやってみよう。
中2みたいに、軽くふざけながら。



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