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こたろー流 幸福論――「心の歯車」を回す生き方

いかがだったでしょうか。三大幸福論を紐解くと、提唱した人物やその死生観によって、幸福の捉え方はずいぶん違っているのだとつくづく感じます。

  • ヒルティは、キリスト教信仰に基づいた精神的な安らぎを説き、

  • ラッセルは、外の世界に関心を持ち、善行を積むことが幸せの源泉であるとし、

  • アランは、意志の力によって自ら「上機嫌」を作り出すことの大切さを説きました。

これらに共通しているのは、「幸福とは自ら作り出す事ができる」であるという点です。


まずは、他人との比較をやめる

SNSが普及した現代、私たちは他者との比較が容易になりました。 キラキラした発信を見るたびに「あぁ、自分はなんてダメな人間なんだ」と落ち込んだり、フォロワーの数、note記事の「スキ」の数字に、結構気持ちをパッと持っていかれそうになりますよね。

ちなみに、私もThreadsをやっているのですが、「誰にも読んでもらえない」「スキがつかない」といった切実な投稿をよく見かけます。(この辺りは、また別の記事で詳しく触れたいと思います)。 人の時間というのは限られています。だからこそ、「自分に合った時間をいかに作れるか?」。これが何よりも重要だと思うのです。

思考よりも「行動」が先にある理由

詳しく掘り下げると、人間は思考だけで「良い・悪い」を正しく判断することはできません。むしろ、放っておけば悪い予想ばかりが膨らんでしまうものです。これは保守的な内向性によるもので、アランも「情念」という形で、放置された精神が暗い方へ向かう危うさを指摘しています。 つまり、実際に動いてみて、その結果に対して初めて「良かった」「悪かった」という判断ができるわけです。

私の場合、簡単なこと、かつ誰が見ても「良いこと」を行動に移すようにしています。具体的には、掃除やジョギングなどです。そうすると、良かったと思える確率が必然と上がるのでとても効果的です。「なんか、モヤッとしてるな」と思ったら、Audibleを聞きながら皿洗いや掃除機をかけたりしています。

行動することが結果につながるので、「面倒くさいな」と思う段階で、もう動くようにしています。

「心の歯車」を回し、全体の幸福へ繋げる

では、なぜ幸福は自分一人で完結せず、相対的なのでしょうか。そこには必ず「外的要因(他者との関わり)」があるからです。

アドラー心理学でも「共同体感覚」の重要性が説かれていますが、人間は相互依存の中で社会を成り立たせています。自分がどれほど頭の中で「私は幸福だ」と思い込もうとしても、周りの人々が全くそう感じられない状況では、真の意味での幸福は成立しないのです。

私たちは誰もが、自分の中に「心の歯車」を持っています。

  • 自我を動かす: 自分の役割を理解し、その歯車を前に進めること。

  • 他者と噛み合う: 自分の歯車を回すことで、他者の歯車ともリズムを合わせ、組織や社会全体を動かしていくこと。

反対に、この歯車を止めてしまう行為を「我執(がしゅう)」と呼びます。 自分の欲望やわがままを優先し、自分勝手な方向に力を入れれば、結果として他者の歯車を止めてしまいます。それでは全体が「負」の状態に陥り、誰も幸せにはなれません。

身近な人や、共に過ごす仲間たちにも、当然幸せになってほしいと私は願っています。そのためには、独りよがりではない「正しい理解」に基づいた行動が必要です。

「では、具体的にどんな行動をすればいいの?」

その答えはシンプルです。「相手にとって助かった、良かったと思えることを想像して行動すること」

明るい挨拶をすることや、誰に対しても礼節を重んじるといった、基本的なことです。ちなみに私は家族に対してもこの「礼節」を心がけているので、夫婦喧嘩はほとんどありません(もちろん、妻の方には小さな不満があるのでしょうが笑)。

感情を「手書き」でログに残し、翌日を組み立てる

私は根っからのメモ魔で、特に「手書き」を重視しています。そのほうが圧倒的に頭に残りやすいからです。 ここで大事なのは、「自分の行動に対して、感情がどう動いたか」をログ(記録)として残しておくことです。

【手書きメモのイメージ】 ◯月◯日 杖をついたおばあさんが階段を登るのに難儀していたので、手を貸してあげた。「ありがとう」と言われ、ほっこりとした気持ちになった。

実際にはここまで長文ではなく一言ですが、このようなログを日常的に残しています。もちろん、良かったことばかりではなく、腹が立ったことやイライラしたことなど、「悪い例」も正直に書き留めます。

なぜログを見返す必要があるのか?

メモ帳を開くたびに内容を確認することで、「自分はこういう状況が嫌だから、この行動は避けよう」「これは気持ちが良かったから、またやってみよう」と、自分を俯瞰(ふかん)して見られるようになるからです。

人間は放っておくと、頭の中の記憶だけではどうしても「負の感情」を優先して思い出してしまう構造になっています。逆に、良かったことの記憶は薄れやすい。

だからこそ、手書きのメモで「良いログ」を意識的に参照できるようにし、それをもとに翌日の行動を組み立てていく形にするのがベストなのです。


終わりの言葉:小さな回転を、今日から

結局のところ、「行動記憶」に勝る思考はありません。 考えても良いことは思い浮かばない。だからこそ、行動を先にする。

このとき、ただ手当たり次第に動くのではなく、本から得た知恵によって「イシュー(見極めるべき真の課題)」を特定し、行動の質を上げていく。 このサイクルを回していくことこそが、私たちが目指すべき生き方ではないでしょうか。

幸福は、ただ頭の中で願って手に入るものではありません。 「心の歯車」を自ら回し、その結果をメモに書き留め、また次の日の行動に繋げていく。この泥臭くも確実な積み重ねの先に、自分も周りも幸せになれる瞬間が必ず訪れます。

どうしても「できない理由」や「負の感情」に引っ張られそうになったら、本で知恵を蓄え、小さな善い行動を一つだけ選んでみてください。その小さな回転が、やがてあなた自身の、そしてあなたの周りの大きな幸せを動かす原動力になると信じています。

まずは今日、身近な誰かへの「明るい挨拶」や、自分自身の「感情メモ」から始めてみませんか。 あなたの回す歯車が、心地よいリズムを奏で始めることを応援しています。

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