私の名前は、一匹の子猫がくれました
「どうして『こたろー』なんだろう」
私の記事をいくつか読んでくださっている方の中には、そんなふうに思われた方もいらっしゃるかもしれません。
今日は、少しだけ私の話をさせてください。実はこの名前には、一匹の猫との忘れられない出会いがありました。
我が家にはもともと、「わたげ」という先住猫がいました。
お母さん猫は会社の近くに懐っこく住み着いてしまった子で、「ここは交通量が多いから、轢かれたら可哀想」と会社の人が山で住んでいる方に頼み、引き取ってもらった経緯があります。ちなみにこの時は私自身がアパート暮らしだったため、飼うことができませんでした。
その後、月日が経ち実家に戻ることになり、「家族で何か動物を飼いたいよね」と話していたときのことです。あのお母さん猫が子供を産んだので飼ってみないか、と連絡があり、急いで迎えに行きました。
その時の画像がこちらです。 山で放し飼いにされ途方に暮れていたところを、縁あって迎えた、やんちゃな元野良猫です。

わたげが我が家に馴染んで、二年ほどが経った頃でした。
当時、我が家の庭には夕方になると、五匹ほどの野良猫がご飯を食べに集まってきていました。妻が毎日、楽しそうにエサをあげるのを、私も微笑ましく眺めていたものです。
けれど、野良の世界は甘くありません。集団の中の一匹が産んだ子猫たちは、妻の懸命な看病も虚しく、小さな命のまま、あっけなく空へ還ってしまいました。
生きものの儚さに、夫婦で小さく胸を痛めていた、ちょうどそのすぐ後のことです。
小さな命を見送ったばかりの庭に、不思議なくらい元気な子猫が現れました。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
あの、あどけなく跳ねる姿を、私は今でもよく覚えています。
お母さん猫のうしろにくっついて、玄関先で健気にエサを食べるその子は、鼻の頭が真っ黒でした。
出会ったばかりの頃にあった小さな傷は、この時にはもうすっかりきれいに治っていたのですが、黒いお鼻の愛らしさはそのまま。
「チャップリンみたいだね」
名前のなかったその子を、私たちは愛着を込めて、そう呼ぶようになりました。毎日夕方になると現れる小さなチャップリンにエサをあげる時間が、一ヶ月ほど続いたでしょうか。

ある日の仕事中、妻から一本の電話が入りました。
「今朝、車を出そうとしたら、玄関の前でお母さん猫が倒れていて……」
本当に、突然の別れでした。
その日の夕方、何も知らずに、いつものように「ニャー」とやってきたチャップリンを、妻がそっと抱き上げました。 この子を一人ぼっちにしたくない。ただそれだけの自然な気持ちで、彼は我が家の家族になりました。
家猫になり、「こたろー」という新しい名前をもらったあの子。 あれから、丸三年が経ちました。
最近、何気なく写真で調べてみると、どうやら「ノルウェージャンフォレストキャット」という、もの凄く大きくなる種類の血が混ざっているらしい、ということが分かりました。
出会った頃の面影が嘘のように、今ではすっかり立派な体格になりました。 「あんた、本当に大きくなったなぁ」 そう声をかけると、決まって「ニャン」と返事をしてくれます。
本当の種類なんて、もうどうでもいいんです。毎日こうして言葉を交わしているだけで、ただただ愛おしい。

わたげも可愛い。
でも、こたろーには、人の懐へするりと入り込んでしまう、不思議な才能がありました。天性の魅力とでも言うのでしょうか。
だから私は、執筆活動を始めるとき、「わたげ」ではなく「こたろー」の名前を選びました。
あの子が、初めて会う人の心にも自然と入り込み、みんなに愛されるように。
私の文章も、誰かの心にそっと寄り添えるものであってほしい。
そんな願いを、この名前に込めています。
今日も私のベッドで、こたろーは気持ちよさそうに眠っています。
あの日の、ぴょんぴょんぴょんと跳ねる小さな背中を思い出しながら、
私は今日も記事を書いてます。
