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国宝

国宝の感想。ネタバレ無しで。

まず何より俳優陣の演技に目を奪われる

主演の吉沢亮がとにかく美しい。
ただ単純に美しいのではなく、歌舞伎という芸能に魅せられて、その身の全てを投じる生き方しかできなくなってしまった人間の痛みや辛さを携えた悲しい美しさに満ち溢れている。中盤の屋上のシーンは、白塗りのメイクも相まって『ジョーカー』のホアキン・フェニックスを連想したりもしたけれど、あの作品のホアキンに匹敵するレベルでの卓越した仕事っぷりだと断言して良い。

横浜流星も、吉沢亮とは異なった角度から、芸術の世界に深く沈み込んでいく歌舞伎役者の姿を、陰と陽を巧みに行き来しつつ、時にはその両端を混ぜ合わせた演技で表現していた。

吉沢亮と横浜流星の二人に本作『国宝』で課せられた仕事は、精神的にも肉体的にも一切の妥協が許されない魂が震える演技を魅せるという超難題なのだけれど、その難題をこの二人は達成してしまっている。演技ではあるのだけれど、演技を貫通して生々しい何かが溢れ出してしまっている瞬間が幾度もおとずれるので、その度に震えた。

そして、田中泯が別格。
田中泯が演じているのは「人間国宝の大ベテラン歌舞伎役者」という役柄なのだけれど、これがもし「超絶技巧のピアニスト」を演じるという事であればピアノ演奏は他の人の手で差し替えられるし、「世界一速い短距離走者」などであっても映像の工夫次第で説得力のある画を作る事はできると思う。
でも、「人間国宝の役者」だ。
勿論演出やカメラワークで補う部分も有るとは言え、演じる俳優自身に桁外れの実力と魅力と凄みが無いと成立するわけがない。そして、田中泯はこの困難な仕事を完全に成立させていた。田中泯が最初にスクリーンに姿を現した瞬間に「他の登場人物とはレベルが違うバケモノが現れた」と納得せざるを得ない存在感。『国宝』の表の主人公は吉沢亮と横浜流星だけど、裏の主人公は間違いなく田中泯だった。

あともう一人、三浦貴大も素晴らしく良かった。「普通の人々」の側に軸足を置きながら、「尋常ならざる人々」の行動を適度な距離感で支える人物像を、太々しい表情と態度で巧みに演じている。吉沢亮や横浜流星や田中泯達が演じる歌舞伎役者達はいわば「彼岸」に足を踏み入れて戻ってこれなくなる人々なのだけれど、「此岸」から彼らを見つめる三浦貴大がいてくれる事で、作品の風通しがぐっと良くなっていた。

歌舞伎の世界を描く映像の魅力

歌舞伎が演じられる舞台や客席、楽屋を捉える映像の巧みさにも触れておきたい。

時には舞台に立って、共演者や観客を見つめる役者として、時には客席から舞台を仰ぎ見る観客として、あるいは時には裏方や関係者として、様々な視点を巧みに切り替えていく撮影と編集がなされているため、スクリーンを観ながら自分自身が歌舞伎の現場に居合わせているような臨場感を堪能できる。

映画そのものの本質的な魅力の一つとして「自分とは遠くにある別の世界の、別の人生に触れられる」というものがあると思うのだけれど、本作では「歌舞伎界」という、自分にとってはほぼ縁が無い世界に生きる人々の、命を削って芸術の高みを目指して没頭する壮絶な姿を目の当たりにするような映像体験を味わえた。

自分自身が歌舞伎の舞台に立っているかのような感覚は唯一無二だし、俳優陣の所作や表情の細やかなところまで気が配られている作品なので劇場でじっくり観る醍醐味を存分に楽しめる。

そしてもう一つ重要なのが「無音」の瞬間の素晴らしさ。幾度か訪れる「無音」を効果的に用いたシーンの緊張感には痺れた。映画館という場所の魅力は大きな音を楽しめるだけでなく、防音された客席で「無音」を味わえる点にも有る事を再認識させられる。

間口が広い圧巻のエンターテイメント作品

「歌舞伎がテーマ」、「上映時間3時間」という事で、敷居が高い作品のように思われるかも知れないけれど、実際には全然そんな事は無くて、「映画は年に1〜2本しか観ない」ぐらいの人にも十分にリーチする内容だと思う。話の展開がスピーディーだし、物語の輪郭もきわめてはっきりしているので、観ていて退屈したり、逆に置いていかれるという事は恐らく無いはず。

歌舞伎に関する知識が薄くても恐らく何も問題はない。ただ、問題はないけど、劇中で演じられている演目のストーリーや背景に関する簡単な知識を事前に入れておいた方がより楽しめる事は確かなので公式ホームページでの事前予習は推奨。


ただ、マイナスな印象が皆無なわけでもなくて、物語の進め方にはやや不自然な点や強引な点も幾つか感じたりはした。その辺りはこれから原作小説を読んで穴埋めできないか試みてみようと思う。

タイミングがうまく合えば原作小説を読み終えた後にもう一度劇場に観に行きたいし、歌舞伎についても色々勉強したり、本当の歌舞伎の舞台にも足を運びたい。そういう風に、映画を観た後にも何か新たなアクションを起こしたくなる強烈な魅力を持った作品だった。日本の映画界において、なかなか他に類を見ないレベルの圧巻のエンターテイメント傑作。

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