①私の後輩は、課長になった日に何も教わらなかった|偶然の管理職 前編
昔の職場の後輩から、ひさしぶりに連絡が来た。
「課長になりました。ごちそうしてください」
めでたい。焼き鳥屋で待ち合わせて、乾杯した。仕事の話。家族の話。後輩の2杯目が半分になったころ、声が少し小さくなった。
「実は、聞きたいことがあって」
「なに」
「課長って、明日から何をすればいいんですか」
冗談かと思って顔を見たら、真顔だった。
1|「社内では、聞けないんですよ」
聞けば、辞令は2週間前に出ている。部下は5人つく。ただ、それだけだという。研修もない。引き継ぎの資料もない。前の課長は栄転して、もう別の拠点にいる。
「上司に聞けばいいのに」
「聞けないですよ。こんなことも知らないのかって思われる」
「部下は」
「もっと聞けないです」
それで、会社の外にいる私のところへ来た。
辞令は出ている。仕事の中身は、誰も教えてくれない。

2|その質問には、名前がついている
「それ、名前がついてるんだよ」
「名前?」
「**accidental managers。偶然の管理職。**英国の勅許マネジメント協会が使っている言葉」
管理職になる準備をして、なった人ではない。気づいたら管理職になっていた人。その協会が2023年、管理職と一般社員を合わせて4,500人を超える規模で調べている。
「管理職になった人の82%が、管理職の仕事についての正式な研修を受けていない」
「82%って、ほぼ全員じゃないですか」
「だから偶然の管理職。狙って育てたわけじゃなくて、気づいたらなってる」
数字は2023年のものだ。ただ、この協会は2026年1月の発表でも、同じ82%を使い続けている。
「なんで課長に選ばれたと思う?」
「……営業成績、ですかね」
**選ばれた理由は、プレイヤーとしての成績だ。**その選び方は間違っていない。数字を出した人がいちばん信頼される。
問題はそのあとだ。選んだあとに、何も起きない。
3|「うちの会社だけじゃ、ないんですね」
「でも日本の会社って、研修とかちゃんとしてるイメージでした」
「数字の上ではね。新任管理職研修をやっている企業は89.7%、という調査がある」
「9割。じゃあ、うちが例外なんだ」
「それが、違うんだ」
この9割に答えたのは、人事の専門誌の読者、271社。人事の専任がいて、専門誌まで読んでいる会社の数字だ。世の中の会社を代表した9割ではない。
「じゃあ、うちみたいな会社は」
「そこなんだよ。おたく、いま何人?」
「20人ちょっとです」
国の研究機関が、5人以上の会社6,116社に聞いた調査がある。管理職に向けて、部下の教育や管理の研修をしているか。
10人から29人の会社では、19.2%だった。
「5社に1社」
「そう。9人以下だと10.7%まで下がる。300人以上なら64.6%」

「うち、たぶんやってない側です」
「だろうね」
「英国の82%みたいな、教わっていない人の割合は、日本だといくつなんですか」
「それが、探しても見当たらなかった」
研修をやっている会社の数は分かっても、教わっていない人の数は、まだ誰も数えていない。
「うちの会社だけじゃ、ないんですね」
後輩の顔が、少しだけゆるんだ。
4|「部下だった頃、上司をどう見てた?」
「ひとつ聞くけど。部下だった頃、自分の上司をどう見てた?」
後輩が黙った。グラスを置いて、少し笑った。
「……厳しい質問ですね」
英国の同じ調査には、部下の側の数字もある。上司を「非常に有能だ」と言える人は、**27%**しかいない。4人に3人は、そう思っていない。
そして、上司を評価していない人の半分が、1年以内に会社を辞めるつもりだと答えている。
「俺、もう見られる側なんですね」
「そう。上司が有能だと感じている人の**72%**は『自分は大切にされている』と答えてる。有能じゃないと答えた人だと、**15%**まで落ちる」
同じ会社の、同じ制度の、同じ給料でも、こうなる。
責めたいのではない。82%は教わっていないのだから、部下から頼りなく映るのは、その人のせいではない。
5|「前の課長を、真似るしかないと思ってました」
「正直、どうしようと思ってた?」
「前の課長のやり方を、真似るしかないかなって」
「みんなそうする」
教える人がいない会社で、新しい課長にできることは、それしかない。私が見てきた範囲でも、そうだった。
**自分の上にいた人を、真似る。**真似られた前の課長も、誰からも教わっていない。
さっきの6,116社の調査には、もうひとつ数字がある。人材育成の方針そのものを決めていない会社では、管理職への研修は6.5%まで落ちる。
教える順番の問題ではない。教える土台が、そもそも無い。
厚生労働省の調査でも、人材育成に問題があると答えた事業所は79.9%。問題の1位は「指導する人材が不足している」で59.5%。教えたくても、教える人がいない。
**教わっていない人が、教わっていない人を真似て、次の管理職になる。**この連鎖の中に、いま彼が立っている。
6|「上司に聞くことは、3つ」
「じゃあ、何から始めればいいですか」
「上司に聞くことは、3つ」
ひとつ目。**自分の目標と、役割。**いつまでに、何をするのか。会社が課長に求めているものは何か。
チームの成績か。部下の定着か。採用か。ひとつとは限らない。それぞれを、どのくらいの重みで求められているのかまで確認する。
ふたつ目。**役割と責任の範囲。**自分はどこまでの責任を負うのか。何を自分で決めてよくて、何を相談すればいいのか。
みっつ目。**評価。**具体的に、何をしたら評価されるのか。**ここがずれていると、やった仕事が評価されない。**頑張る方向も、会社の求める役割からずれていく。
「……たぶん、うちには評価の基準そのものが無いです」
「珍しくないよ。従業員30人以下の会社で、評価制度があるのは25.1%」
「4社に3社は、無い」
「そう。聞いていいんだよ。聞かれて答えられないなら、今度は会社が決める番になる」
役職を置くなら、その目標と役割と評価の基準を、会社が決めて、本人に説明する。そこまでが会社の仕事だ。
ここを飛ばして評価だけ始めると、評価は詰めるための仕組みになる。制度がないことは、教えなくていい理由にはならない。

7|課長1年生
「最後にひとつ。明日から課長の仕事が100%できると思う?」
「……無理ですね」
「だよね。課長1年生なんだから、**できなくて当たり前だ。**うまくいかなくても、何も悪くない」
1歩ずつ、役割を果たせるように成長すればいい。ただし、目標と役割と責任があいまいなままだと、**その1歩を、どちらへ踏み出せばいいのかが分からない。**先に、3つを聞くのはそのためだ。
「きみが力不足なんじゃない。判断の基準を教わっていないだけだ」
後輩は、残りを飲みほして「明日、聞いてみます」と言った。
店を出るとき、来たときより顔が軽くなっていた。軽くしたのは私ではない。自分の力の問題ではないと分かっただけで、人はすこし前を向く。
ひとつ、私の見方を書いておく。**役割が決まっていない会社は、そもそも何を教えればいいのかが決まらない。**だから研修も作れない。
データが証明したわけではない。いくつもの会社を見てきて、そう感じているだけだ。
偉そうに話してしまったが、私もまだ、成長の真っ最中だ。彼は課長の1年生で、私は経営者の何年生か。それぞれのポジションで、成長していこう。
今日の一歩は、ひとつだけ。
いまいる管理職を、ひとり思い浮かべる。その人は、誰から、何を教わって、いまの判断をしているか。
思い出せなければ、教えていない。あの夜の後輩が、あなたの会社にもいる。
後編では、では何を教えるのかを書きます。研修の1回目に何を話して、どんな資料を配るのか。そこまで書きます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
参考資料
Chartered Management Institute(英国勅許マネジメント協会)/YouGov「Bad managers and toxic work culture causing one in three staff to walk」2023年10月16日。調査=管理職2,524人(2023年6月8〜14日)、管理職経験のない社員2,018人(同6月5〜12日)、CMI会員1,030人(同6月15日〜7月6日)。いずれもオンライン。「82% of workers entering management positions have not had any formal management and leadership training」/「only a quarter of workers (27%) describe their manager as 'highly effective'」/「Of those workers who do not rate their manager, half (50%) plan to leave their company in the next year」/「72% of those workers who rated their manager as effective felt valued and appreciated」「This figure dropped to just 15% when the manager was rated as ineffective」
Chartered Management Institute「Don't leave young workers' futures to 'accidental managers'」2026年1月12日。「82% of managers are promoted into their roles without any formal training」
労働政策研究・研修機構(JILPT)「調査シリーズNo.257 人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(企業調査)」2024年10〜11月実施・2025年11月公表。従業員5人以上の民営企業20,000社に郵送、有効回収6,116社(回収率30.6%)。設問=「従業員の育成を進めるため、職場の管理者・監督者を対象とした以下のような取り組みを行っていますか(あてはまるものすべてに○)」の選択肢「部下の教育・管理に関する研修」。5〜9人10.7%(n=1,893)/10〜29人19.2%(n=2,487)/30〜99人32.6%(n=1,291)/100〜299人42.5%(n=332)/300人以上64.6%(n=113)/全体21.5%。人材育成・能力開発について「特に方針を定めていない」企業(n=1,338)では6.5%
一般財団法人労務行政研究所「人材育成・教育研修の最新実態」2024年8月1日。調査時期2024年5月22日〜6月4日。調査対象=『労政時報』定期購読者向けサイト「WEB労政時報」の登録者から抽出した人事労務担当者21,291人、回答271社(1社1人)。「『新任管理職研修』(89.7%)も約9割の企業が実施」
厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」2025年公表。2024年10月1日時点。調査対象=常用労働者30人以上の企業7,454・事業所7,218・個人21,334(いずれも調査対象数)。有効回答率=企業57.2%・事業所54.1%・個人42.2%。人材育成に何らかの問題がある事業所79.9%、うち「指導する人材が不足している」59.5%(問題がある事業所が母数)
中小企業庁「2025年版中小企業白書」第2-1-58図(原典=帝国データバンク「中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」。当該図表n=12,851)。人事評価制度=「会社が役員・従業員を評価する際に使用される明確・公正な評価基準」。従業員30人以下=制度あり25.1%
