この資本主義社会で、哀しい能力を使う
アップルパイを食べている時に果樹園まで旅立ってしまうこと。
もなかの中に入っている栗がダイヤモンドに見えること。
レストランのコース料理を愛でて、これはフードのショーなのだ!と思ってしまうこと。
これらは、資本主義の世の中で全く役に立たないものだと思っている。そういう能力のことを「哀しい能力」というのだと『グルメ外道』という本を読んで知った。
本書は俳優のマキタスポーツ氏が、食のメジャーな評価ではなく、自分自身が良いと思う食べ方や食の捉え方などを紹介している。お気に入りのお店を紹介していくスタイルのグルメ本ではない。すごく食べ応え(読み応え)があるのに、読後感は初摘みの緑茶で洗い流したかのように爽快。
そんな本の初めに「哀しい能力」の話がある。どん兵衛を自分なりに最高に美味しく食べる方法を見出したのには、哀しい能力が関係しているというもの。マキタ氏いわく、哀しい能力とは「人の話が聞けないこと」。どん兵衛のパッケージに書かれた、「お湯を入れて5分」という人の話を聞けなかったことにより、10分間どん兵衛という斬新な食べ方にたどり着いたそう。
人の話が聞けないと、スタンダードから外れてしまい疎外感を覚えることもあるとマキタ氏は語っている。大勢がいいと思っているものをいいと思えない時がわたしにはある。同時にマキタ氏の言う疎外感も味わっていると思う。そして、わたしは哀しい能力を呪う。
『グルメ外道』の哀しい能力の話の中にこんな一節がある。
「多くの人が納得する合理的なストーリーをそのまま受け入れることが苦手な一方で、別の部分を凝視していたり、ぼんやりと全体を俯瞰したりする。(中略)それで案外本質を掴めてしまうこともあるのだ。」
僭越ながら、これってわたしなのでは?と思った。おそらくわたしの本質は「それってあなただけの本質ですよね。」とか言われそうな脆弱なものかもしれない。だけど、自分の本質に辿り着くことで満たされる。
アップルパイを食べて果樹園に旅立つことは、周囲の人間に利益をもたらさないが、わたしの過ごしている時間は満ち足りている。アップルパイを作ってくれた人のおもてなしを存分に享受して、楽しみつくしている。
そして気づいた。哀しい能力とは、お金を払って「お金以上のものを受け取れる能力」とも言えるのではないか。
わたしはマキタ氏の哀しい能力で書いた本を1,056円で購入した。電車の中で読んで、声を出して笑ったりした。その時間、わたしはとても満ち足りていて1,056円以上のものを受け取っている。
「哀しい」という字をみると、眉を下げないといけないようなネガティヴさをまとっているように見える。しかし、マキタ氏の文章によって別の意味を付与された気がした。
哀しかったら、その能力を使って別の場所に飛べる。哀しみは、昇華すると翼を授かるのかもしれない。
その翼を使って障害物を越えて行ける。時に、資本主義をも。
哀しい能力を使って描いた、絵や文章たちを掲載している本を作りました。どうぞよろしくお願い致します。
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