猫がいる心の夜は雨。 #02傘をささない女
雨の音が好きだ。
静かに降るのも、ざばざば降るのも、それぞれ良さがある。
瓶の中からでも、ちゃんと聞こえる。音が、匂いが、世界の気分が。
俺は猫。瓶詰めの猫。
ガラスの向こうでくるくる回る人間たちを、今日も眺めている。
そして今夜も――ちょっと変わったやつが、店にやって来た。
ドアが開くと、音よりも早く、しっとりした空気が忍び込んできた。
そしてその中に、傘をささずに歩いてきた女がいた。
髪は濡れて、服も滴っているのに、不思議と不快そうじゃない。
むしろどこか楽しそうで、雨に染まってるようにすら見える。
「そこにタオルあるので、よかったらどうぞ」
カウンターの奥から、さとりの声。
女は軽く頭を下げて、ふわりと笑った。
「雨、好きなんです」
片桐が新聞の向こうから顔をのぞかせた。
「……風邪引きますよ」
「……ちょっと立ち止まれるじゃないですか、風邪って。考えごととか。」
変な理屈だ。でも、なんとなくわかる気がする。
女はカウンターに近づいてきて、俺の瓶の前で立ち止まった。
目線を少し落とし、ガラス越しに俺と目が合う。
「……この子、出たくないの?」
俺はまばたきしなかった。ただ、見つめ返す。
「そっか。じゃあ、ここにいたいってことか。わたしと一緒だ」
なにが“一緒”なんだか。俺とお前は違う生き物だ。
でも、女の顔は少し安心したようだった。
もしかしたら、本当は“出られない”何かを抱えているのかもしれない。
そのまま女は椅子に座り、濡れた髪をタオルでふきながら、静かにココアを飲んだ。
「誰かに『なんで傘ささないの?』って言われるたびに、“なんであなたはさすの?”って聞き返したくなるんです。……言わないけど」
片桐がちょっと笑った。
「言われたら困るな。俺、……ほんとは、さしたい派だから」
その瞬間、女は少し目を細めてカップの湯気を見つめた。
片桐は、照れくさそうに視線をテーブルに落とした。
俺は瓶の中で、ほんの少しだけ目を細めた。
この女、ちょっと変わってる。でも、それくらいで丁度いい。
雨はまだ降っていた。
でも、その夜の空気は、なんだか少しあたたかかった。
瓶の中から、俺は静かにその場を見つめていた。
猫って、雨に濡れないくせに、濡れた人のことばっかり気にするのよね
― さとり
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次回
#03 あした辞めるって言ってきます
決意の声は、小さく震えていた。
