世界の面白い言語集 32 世界の切り分け方が「女性、火、そして危険なもの」~ディルバル語(Dyirbal)
今回は、言語学や認知科学の教科書には必ずと言っていいほど登場する伝説的な言語、オーストラリアの「ディルバル語(Dyirbal)」の世界へお連れします。
この言語を知ると、「私たちが普段当たり前だと思っている世界の切り分け方」が、いかに主観的なものか。その事実に脳が震えるはずです。
「女性、火、そして危険なもの」はなぜ同じ仲間? 認知科学を揺るがしたオーストラリアの秘宝:ディルバル語
オーストラリア北東部、クイーンズランド州の熱帯雨林。この地に住む先住民ディルバル族の言葉は、1980年代に認知科学者ジョージ・レイコフが発表した名著『女・火・危険なもの』の由来になったことで世界的に知られています。

なぜ、全く無関係に見える「女性」と「火」が、彼らの頭の中では同じグループに分類されるのでしょうか?

1. 4つの「性(クラス)」が映し出す独自の宇宙
ディルバル語には、あらゆる名詞を4つのカテゴリー(性)に分けるという厳格なルールがあります。全ての文章は、その単語がどのグループに属しているかを示す標識(冠詞のようなもの)から始まります。
第1クラス(Bayi): 男、ほとんどの動物。
第2クラス(Balan): 女性、火、水、戦い、そして「危険なもの」。
第3クラス(Balam): 食べられる果物、野菜(バナナ、ヤム芋など)。
第4クラス(Bala): その他すべて(石、音、体の部位など)。

ここで面白いのが、第2クラスの「連想の鎖」です。彼らの神話では「太陽は女性」であり、太陽は「火」と結びつきます。また、火は「戦い」や「危険」を連想させます。この神話的なネットワークが、一見バラバラなものを一つの文法グループに束ねているのです。
2. 義理の母とは「別の言葉」で話せ。回避言語「ジャルグイ」
ディルバル語には、日常会話(グワル)とは別に、「ジャルグイ(Dyalŋuy)」と呼ばれる非常に特殊な「回避言語」が存在しました。

義理の母親や義理の息子など、特定の親族の前では日常語を使ってはいけないという厳格な社会ルールがありました。
驚くべきことに、文法は同じまま、すべての単語を「ジャルグイ専用」の単語に置き換えて話さなければなりません。
「歩く」も「食べる」も日常語とは違う音にする。言葉のセットを丸ごと二つ持つことで、人間関係の適切な距離感を保っていたのです。
3. 密林が育んだ「身体的」な表現。右・左よりも「上流・下流」
熱帯雨林の中で暮らす彼らにとって、自分を中心とした「右」や「左」という概念はあまり役に立ちません。

彼らは空間を把握する際、常に近くを流れる「川の上流(南方向)」か「下流(北方向)」かという基準を使います。
具体例: 「君の右側に皿があるよ」と言う代わりに、「君の下流側に皿があるよ」と言います。
常に大きな自然の摂理(川の流れ)を意識しながら生きる。言語が、彼らの脳を「天然のGPS」に作り変えているのです。
4. 最後の歌が消える前に。絶滅の淵に立たされた魂
残念ながら、19世紀末からの入植や強制的な居住地移転により、ディルバル語は急激に失われました。
かつては数千人の話者がいましたが、現在は流暢に話せる人は数名、あるいはそれ以下と言われています。

言葉が消えることは、そのユニークな「世界の切り分け方」そのものがこの世から消えることを意味します。現在、懸命な復興活動が行われていますが、まさに時間との戦いです。
5. 言葉は「世界の切り分け方」そのもの
「女性」と「火」を同じ仲間だと感じるディルバル語の視点は、私たちに「カテゴリーは絶対ではない」という真理を突きつけます。私たちが当たり前だと思っている「生物と無機物」や「男性と女性」という区別も、所詮は一つの文化的なフィルターに過ぎないのかもしれません。
ディルバル語が教えてくれる多様性の深淵。それは、世界にはまだ私たちが気づいていない「繋がりの形」があるという驚きに満ちています。
いかがだったでしょうか?
このブログでは他にも世界の面白い言語を紹介しているので、ぜひご覧ください。
