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laprasdrum
現代用語の友すぎる
「友すぎる」とは、どんな状態なのか。
千葉ロッテの友杉選手が試合に出てきたのを見て、ふとそんな疑問が湧いてでた。出来杉という名前から、出来すぎるのを想像するのと同じである。何ということだ、この一瞬、私の思考は藤子不二雄先生に追いついた。
さて、ムスコはしょっちゅう同じ友だちとゲームをして、カミさんから恋人か、などと言われているが、これが友すぎる状態だろうか。
仲が良すぎる、と同じなのかもしれない。しかし違う言葉である以上、noteの末席で言葉を楽しむ者としては、そこにニュアンスの違いを見出すべきだろう。
まず感じるのは、これは一対一の関係を指す、ということだ。友は、強敵に通ずる。強敵との関係が語られるのは、一対一の場面が基本だろう。故に友すぎも、一対一の関係を指すのだ。一方の仲良すぎは、複数人を対象にしても成立する。
次に、男女の関係に当てはめられるかどうかを見てみよう。仲良すぎは、2人は恋愛関係なのではないか、と疑いながら用いられることもある。
友すぎはどうだろう。こちらにはそんな、疑うニュアンスはない。ただただ友がすぎるのだ。よって男性どうし、女性どうしの2人について用いられるのが基本の表現だろう。
ただしプラトニックな男女関係を支持する方が、男女の関係に使うことは妨げない。また男性同士、女性同士が好きな皆さまには、友すぎを使うこと自体をお控えいただけると幸いである。
だんだん見えてきた。友すぎは、恋愛感情は抜きにただただ2人の仲が良い状態を指す言葉だ。
現代用語の基礎知識には、いつごろ収録されるだろうか。友杉選手の名前とともに、私の名前も記されることを願って筆を置く。


