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僕らは文豪


僕は残念だけど小説が書けない。だからエッセイスト気分に浸ることにするよ。小説を書いているキミは、文豪気分を味わってみたらいいと思うんだ。

もし間違った点があったらごめんよ。真面目なカオした変なお話さ。すべてが間違っていると言ったって間違いじゃない。ともかく、楽しんでもらえたら嬉しい。




noteはクリエイターのためのプラットフォーム。そして同時にSNSでもある。交流が活発だ。


ひと記事で長編小説も出せるが、あまり長いと読み手もびっくりだ。書き手としても、せっかくの長編がつぶやきに混じって埋もれてしまう問題がある。


なので、話を分割しての投稿がよくなされる。ただ、しおり機能もないので中断すると、続きを見に行くのにひと手間かかる。ということで、小説の媒体としては難しい点を抱えていると思うのだ。



なのだが見方を変えると、noteは歴史の転換点を作り出したという気もしてきた。私たちは文豪の仲間入りをしたのかもしれない。


小説は往々にして、まず先にタイトルがある。そのタイトルを書いたのが著者のこの人ですよと。名前が語られるのは、あの作品を書いた◯◯さん、という形だ。作品名に触れずに名前が語られるのは、一部の有名な著者だろう。


そこでnoteだ。クリエイターのページに行ってみよう。名前があって作品がある。分かるかい?作品に名前がついているんじゃなくて、名前が先にあるんだ。


どんな作品をどれだけ書いても、全ては書いたキミが主、作品が従に見えるんだ。これはこれで議論がありそうだけど、今日の話とは関係ないから一旦置いておくよ。


言いたいことはまだある。キミの書いた作品はすべて、日々の思考のかけらも含めて、すべて収録されているんだ。このスゴさが分かるかい?すべての作品が収録されるなんて、まるで文豪の全集のようじゃないか。


僕の言ったことがこれで伝わっただろうか。もう一度いうよ。僕たちの作品は、一人一人のクリエイターの名の下に、すべて収録されている。僕たちは、noteに全集を作ってもらっているんだ。これはもう、文豪の仲間入りをした気分になっていいはずさ。


いつかみんなで、文豪ごっこができる日を楽しみにしているよ。それじゃあまた!



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