午前3時の交差点
「終電……なくなっちゃったね」
「いやほんとにな。どうすんだこれ」
時刻は午前3時。飲みすぎて頭のネジが飛んだツレに肩を貸しながら、私は盛大なため息をついた。と──
「も〜〜ほんと! 晴香が男ならよかったのに!」
「おーいいきなり暴れるなぁ!?」
ジタバタする彼女の名は、神崎涼子。私の高校時代からの友人で、昨日彼氏に振られた哀れな身の上だ。
なんでもそいつはバンドマンで、ライブ後にスタッフの女子と連れ立ってハコのトイレに入っていったのだとか。お盛んなこって。
そういうわけで、その元カレの愚痴とも惚気ともつかないエピソードを5時間ほど聞いていたらこのざまである。飲み過ぎだ。
「ほれ、きびきび歩け」
「へぁあい」
涼子は最早ふにゃふにゃだ。私と比べるとだいぶ背が低いので、肩を貸していると腰がめちゃくちゃ痛い。
「ふぁあ。お月さんが綺麗だなぁ」
「あん? ……ほんとだ。綺麗だな」
「えへへ。でしょー?」
涼子に言われて見上げた夜空には、ぽっかりと満月が浮かんでいた。と──
「ふぇ? 雨だ」
涼子が、声をあげた。
「ん? うお、冷て」
私の顔にも雨滴。しかし……空には月と星が浮かんでいる。
「なんだ? 天気雨──」
私が言いかけた、その時だった。
シャンッ。
錫杖の音が、響き渡る。
「……!?」
私は瞠目し、あたりを見回す。錫杖の音はシャン、シャンと鳴りながら、大きく……否、近づいてくる。そして──
虚空からずるりと、一人の男が現れた。
「わぁ! マジックかな!?」
「シッ! 静かに」
私は慌てて涼子の口を塞ぐ。明らかに普通ではない。
それは黒い平安装束を着た、狐面の怪人物だ。さらに、そいつが出てきた虚空から次々と、青白い鬼火が姿を現す。
ひとつやふたつではない。両手で足りないほどの鬼火が、狐面の男について列を成している。
「ほえぇ、綺麗だねぇ」
「……涼子、マジで静かにしてくれ」
シャン、シャン。
そいつらは私たちに気付いていないのか、淡々と交差点を横切っていく。
やがて狐面の男の姿が闇夜に消えて、鬼火の行列も見えなくなる。錫杖の音は徐々に遠ざかり──何事もなかったように、無音になった。
天気雨が、止む。
「あれ? おしまい?」
「……みたい、だな」
空には変わらずの満月。狐に化かされたような気分だ。
「……飲みすぎたかな」
「いっぱい飲んだもんねー」
「お前がな……」
言い合いながら、私たちも歩き出す。
──午前3時の交差点で、狐に化かされた。
そんな不思議な記憶はしかし、翌朝同じベッドに全裸の涼子が寝ていたりしたせいで、すっかり消えてしまったのだった。
(おわり/スペース抜き1040文字)
ちょっとしたホラーというか都市伝説というか、そんな風合いのものを目指してみました。
晴香さんは拙作『碧空戦士アマガサ』のヒロインで、錫杖を持った狐男もアマガサの敵怪人だったりしますが、わからなくても読めるはず。余談ですが、一応アマガサ時系列の5年ほど前のお話です。
なお二人の間になにかがあったかというと──まぁたぶんなんもなかった。はず。
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