見出し画像

この人生においていつまでも忘れられないでいる「スカパー!」のあるチャンネルのこと

「ただひたすら、青空に浮かぶ雲の様子が映し出されていて、そこにBGMが流れ続けるテレビ番組」
というのを、小学生ぐらいの頃によく妄想していたのである。
そんなものは絶対に存在しないだろう、と思いつつも。

 そして夜更かしができるようになった高校生ぐらいの頃、NHKでは深夜の放送が終わると「映像散歩」というタイトルで外国の街並みをBGMとともにじっくり流す時間帯があることに気づき、自分はこうした「ひたすら風景が楽しめて、音楽が流れ続ける映像コンテンツ」が好きなのかもしれないというぼんやりした自覚を持つに至った。

 やがて学生時代の終わり頃に(サッカー観たさに父を説き伏せ)スカパーを視聴することとなったのだが、当時たまたま契約したチャンネルのひとつによって、その嗜好が決定的なものになるのであった。そのチャンネルとは「エコミュージックTV」という名称で、もとはカラオケで知られる第一興商が手がけていた。

 このチャンネルではCMもなく、外国の風景や優美な自然の映像が音楽とともに流れる番組がずっと続いていた。本当に、ずっと流れていた。番組としての区切りはあっても、基本的には同じコンセプトで、朝も昼も夜も我々は海外の街や大自然の様子を心地よいサウンドとともにボヤ~ンとした気分で眺め続けることができたのである。

 子どものときから空想のなかで思い描いていた「究極のテレビチャンネル」が、現実のものとして存在していたのであった。

 私は家にいるとき、何もないときはずっとテレビとスカパーのチューナーの電源をつけたまま、ひたすらエコミュージックTVを流すようになった。今思えば電力消費量という観点で考えると、これはまったく「エコ」ではない生活をしていた気もするが、それほどまでにこのチャンネルは私にとって(付け加えると、私につられてスカパーを好んで観るようになった父にとっても)日々の生活における最重要チャンネルとなっていったのである。

 しかしそういう沼生活も数年で終焉を迎えるのであった。エコミュージックTVは2012年に放送終了となってしまうのである。

 たしかに存在意義すら問われかねない、地味なチャンネルだったかもしれない。広告も入るスキマがなく(もしCMが途中に入り出したとしても、私なんかは抗議していたと思う)、むしろこのようなチャンネルを運営し続けてくれていただけでも奇跡的なことだったのかもしれない。

 とはいえ私のようにこのチャンネルを、ある種の「心のよすが」として、穏やかに生活を送るための必須アイテムとしていたような同志たち(別の表現でいえば、ジャンキーともいえる)は少なからずいたのではないかと、一人で勝手にその人たちのことを憂慮さえしていた。そして途方もない喪失感に苛まれていた私はことあるごとにスカパーの各種キャンペーンなどで「ご意見」を書く機会があれば、頼まれてもないのに「いかにエコミュージックTVが素晴らしく、私の生活において不可欠な、かけがえのない存在だったか」を書きまくった(そして今回のnoteの企画もその延長線にあるといっていい)。

 ちなみに、いろんなジャンルの面白いプレゼンテーションが楽しめる「TED」において、2014年にノルウェーの公共放送の番組制作者が『世界で一番退屈なテレビ番組がやみつきになる理由』というユーモラスなプレゼンテーションを行った。ただひたすらノルウェーの船旅や電車の旅をノーカットで放送したり、おばあちゃんたちがニットを編む様子をひたすら流したり・・・という「スローTV」なるコンセプトの番組づくりを実験的にやってみたら、やたらとノルウェー国民にヒットして受け入れられていったということで、私に言わせたら「そんなもん、『エコミュージックTV』はとっくにスローTVを実現していたっちゅうねん!」と言いたくもなった。このコンセプトはもっと多くの潜在的ニーズがあったのかもしれないと思うと、やはりエコミュージックTVは希有な存在だったのだ。

 そんなわけでエコミュージックTVのおかげで「異国の風景を眺めながら音楽を聴き続けること」という趣向の沼にハマった私は、その一方で20代の半ばからロンドンに魅了され、時間とお金があればまずはロンドンに行くことを考えるほどになっていった。で、この地での楽しみのひとつとして、ロンドンにたくさんある様々な公園を歩き回っては、適当なベンチに座り、携帯プレーヤーで音楽を聴いて何もせずボーッと過ごすという「リアル・エコミュージックTVごっこ」を行うようになっていった。ちなみに歩きながら音楽を聴いてもいいのだが、最低限の防犯意識を持っておいたほうがいいので、あくまで「ベンチをみつけて座ってから周囲の安全を確認しつつ音楽を聴く」ということを心がけている。

 そしてこの「イギリスの公園に置いてあるベンチ」というのもまた味わいがあって、かなりの割合で木製のベンチに金属製のプレートが埋め込まれているものに出くわす。その小さいプレートをよく見ると、個人名に添えて「両親の想い出に捧ぐ」みたいなことが刻まれていて、あぁきっとこのベンチを寄贈した人のご家庭ではここから見える景色を心から愛して暮らしていたんだろうなぁと想像するわけである。そうして同じ光景をしみじみ眺めながら過ごすことで、目の前の世界が、好きな音楽とセットになってより美しく、かつ親しみを感じられるようになっていき、なんとも言えない至福の瞬間がまたひとつ生まれていく。そして渡航前からこのときに聴く音楽を何にしようかあれこれ考えながらせっせと「リアル・エコミュージックTVごっこ用プレイリスト」を作るのも、旅行準備のなかでひときわ楽しい作業となっている。

▲そうしたプレートをたまたま撮っていた1枚が出てきた。この場合は、早くに息子さんを亡くされたご両親による寄贈なんだろうかと思われる。「彼が愛する人々と共有していたこの大好きな場所」への想い。

 しばしば周囲の人からは「そんなに何度も一人でロンドンに行って何をするのか」と尋ねられてしまう。まぁ美術館の特別展とかサッカー観戦とかそれなりに毎回用事があるんですよ~と外面的には取り繕ってみるものの、心のウチでは「そんなの『リアル・エコミュージックTVごっこ』をするために決まっているやんか」という思いもあるのだが、このことはあまりにパーソナルな部分に直結しているような愉しみであるため、いまいち人に説明しにくい。

 そんなわけで、自分にとっての贅沢な旅の過ごしかたを追い求めることができるようになったのも、エコミュージックTVのおかげなのであった。「人生とは旅である」と言われることがあるが、そういう旅の探求が、自分自身の生きるスタンスみたいなものを試行錯誤しながら作り上げていくことに通じるのであれば、エコミュージックTVが私の人生に与えた影響はこれからも続いていくことになるのだろう。

 いまこの場を借りてあらためて伝えたい。この素敵すぎたチャンネルに関わったすべての方々に、心からホントーに感謝をし続けていることを。

いいなと思ったら応援しよう!