自己紹介
はじめまして。
たての はるみです。
私は、養育環境や人間関係の影響によって生まれる生きづらさに向き合い、心の負の連鎖を断ち切る支援を行っています。
私自身、幼少期の家庭環境や、その後の結婚生活、育児の中で、自分を抑え込みながら生きる苦しさを経験してきました。
表面的には問題がないように見えても、心の奥に虚しさや孤独を抱え続ける感覚は、今振り返ると幼い頃から身につけた心の癖と深く結びついていました。
その後、心理や愛着について学ぶ中で、生きづらさには理由があり、心の仕組みを理解することで少しずつ回復していけることを実感しました。
現在は、一人ひとりが自分の心の土台を整え、生きづらい生き方から少しずつ抜け出していけるよう伴走しています。
大人が自分を整えることは、自分自身のためだけでなく、子どもや次の世代の安心にもつながると考えています。
このあと、私がなぜこの活動をしているのかを、幼少期の家庭環境、結婚生活、育児の中での気づきとともに綴っています。
ここからは長文になり、読了目安は約6分です。
必要な方に届いたらうれしいです。
「なぜ、一生懸命生きているのに、心に穴が開いたような感覚が消えないんだろう?」
そんな問いを抱えながら、20年にわたり数多くの複雑な人間関係や、人には言えない心の葛藤に寄り添い続けてきました。
現在は、心理学を学びながら、これまでの膨大な洞察を掛け合わせ、「世代を越えて続く負の連鎖」を断ち切る支援をしています。
私自身の養育環境
私自身、養育環境に起因する生きづらさを抱えてきた一人です。
外から見れば“普通の家庭。
けれど家の中では、父の自分勝手な振る舞い、八つ当たり、自分の感情をコントロールできない未熟な父で、いつも不機嫌という嵐に備え、母と私はいつも緊張の膜が張りつめていました。
母はやさしい人でしたが、いつも父の顔色を伺いながら生きている人でした。
父の機嫌に合わせて言葉を選び、動きを選び、そんな生き方をしている母でした。
いつも自分のことを後回しにし、私には口癖のように父の愚痴を始め、
「お父さんが怒るから」
「お父さんに私が怒られるからやめてちょうだい」
「あなたが居なかったらこの家を飛び出ている」と、
母の目線の先にはいつも父がいて、私がちゃんと写っていないように感じる瞬間はたくさんありました。
そんな日々の中で大きな出来事が起きたのは、私が5歳の時です。
母が交通事故に遭い大きなケガを負ったことで、長い入院生活で家を離れることになりました。
母の不在の間、私は親戚の家に預けられ、慣れない環境で「帰りたい」とも言えず、ただ“待つ”ことしかできない日々を過ごしました。
母が退院して戻ってきた時、後遺症で以前のように片足が不自由になっている姿に、幼い胸がぎゅっと締めつけられたのを今でも覚えています。
不自由な足で家事も移動もゆっくりになり、痛みをかばいながら暮らす母。
そんな母を父は労わることもなく、事故によって得た多額の保険金で豪遊する父。
母の不自由さにふれるたび、私は自分よりも母のことを心配し、
「お母さんを困らせちゃいけない」
「お母さんに笑顔になって欲しい」と
自分の気持ちを置き去りにする生き方が、いつしか当たり前になっていきました。
こうして私は、感情を表に出すこと、助けを求めること、怒りや寂しさを感じることを、無意識のうちに“禁じる”ようになると同時に、心の奥では
『私は、母のような生き方だけはしたくない』という思いが、日に日に強くなっていきました。
私の結婚生活と育児
ですが、大人になり、結婚して子供を授かった私を待っていたのは、皮肉な現実でした。
「母のようにならない」と誓ったはずなのに、家事も育児も一人で背負う「ワンオペ」の日々。夫と一緒にいるのに、なぜか孤独。
ちゃんとした妻・ちゃんとしたお母さん・・・
特に子育てに関しては、自分が味わった寂しい思いを絶対にさせたくなくて、休日もすべて子供のために捧げました。
育児休暇を終えて職場に戻り、半年ほど経った頃。
ある夜、我が子の寝かしつけで絵本を読んでいるとき、突然、理由もなく涙がこぼれました。
感動する絵本でもない。悲しい場面でもない。
それなのに、涙が勝手に溢れてくる。
「あれ? 私、どうしちゃったんだろう」
その違和感を抱えたまま過ぎたある朝、
出勤前に子どもを保育園へ送る道で、また涙があふれました。
止めようとしても止まらない。
涙が頬を流れ続け、そのとき私は、我が子に心配をかけたくなくて、必死に笑顔を作るけど、心が限界に達していました。
その日を境に、私は鬱状態へと落ちていきました。
「こんなはずじゃないのに」
「ちゃんとしなきゃいけないのに」
そう思えば思うほど、自分に戻れなくなっていきました。
そんなある日のことです。
ふと視線を感じて顔を上げると、そこには元気のない私を、不安そうに、心配そうに見つめる我が子の姿がありました。
母のようになりたくなくて、子供には悲しい思いをさせたくなくて、必死に「いい母親」を完璧にこなそうとしてきた。
けれど私の姿は、かつて私が一番見ていて辛かった「あの頃の母」そのものだったのです。
「あんなに嫌だったはずの母と同じ、自分を後回しにする生き方を、私もしている……」
「母が自分を犠牲にし続ければ、子供もまた、自分の気持ちを閉じ込めることを覚えてしまう」
「私が自分を幸せにしない限り、この子が心から笑える日は来ない」
その痛烈な気づきが、私の「心の負の連鎖を断ち切る」本当のスタートラインになりました。
心の負の連鎖を断ち切りたくても・・・
しかし、そう気づいたものの、現実は残酷でした。
長年積み上げてきた「心の癖」は根深く、すぐに自分を変えることはできません。
「我が子のためにも早く治さなきゃ」
焦る一心で病院に通い、自己啓発やスピリチュアル、あらゆる情報をむさぼるように学びました。
けれど、どれだけ知識を詰め込んでも、ぽっかり空いた虚無感は消えず、同じ苦しみのループから抜け出せなかったのです。
なぜ、これほどまでにもがいても変われなかったのか。
大人になっても、幼い頃に抱えた感覚が形を変え、私の心の深いところで静かに影響を残していたのです。
立ち止まって自分の半生を振り返ったとき、幼い頃に身につけた「生き方のクセ」が、私の足枷(あしかせ)になっていることに気づきました。
・感情がわかりにくい、伝えられない
怒りや悲しさを感じても、どこにあるのかわからない。
我慢しているつもりはないのに、気づくと胸に重さだけが残っている。
感情の輪郭がぼやけてしまうような生きづらさが続きました。
・人との距離がつかみにくい
近づくと苦しくなるのに、離れると寂しくなる。
心がふたつの方向に引っ張られるような恋愛や人間関係に、自分でも理由がわからず苦しんだ時期がありました。
・“いい人”を続けてしまう疲れ
嫌われないように、迷惑をかけないように。
子どもの頃の生き方のクセは、大人になっても抜けず、頼まれごとを断れなかったり、気持ちを飲み込んでしまったり。
私の“やさしさ”は、時に私自身をすり減らしていきました。
・ “幸せなのに苦しい”という矛盾
表面的には何も問題がないはずの生活。
それなのに、胸の奥にはずっと言葉にならない寂しさがあった。
その矛盾を誰にも話せず、ひとりで抱えていた時間が長く続きました。
これらはすべて、私が「母を助けるため」「父から身を守るため」に、幼い私が必死に作り上げた防衛本能だったのです。
私の生きづらさの原因
私はようやく、心理・愛着の学びの中で、私の生きづらさには理由があること。
幼い頃に身につけた“我慢の癖”や“いい人の役割”が、今の苦しさを作っていること。
心の仕組みを知ることで、私は自分の内側を責めることを少しずつやめられるようになりました。
自分を理解し自分の中の「もう一人の自分」と仲良くなることで、あんなに消えなかった虚無感が、少しずつ温かな安心感に変わっていきました。
なぜ、大人である私たちが心を整える必要があるのか
私がこれまでの道のりを経て、今、目指したい未来。
それは、「すべての子どもが安心して生きられる社会」をつくることです。
子どもたちが罪を犯したり、自分や誰かを傷つけてしまう悲しいニュースを見るたび、私は胸が痛みます。
その姿に、幼少期に「安心・安全と思える心の土台」を育む機会が得られなかった私自身と重なるのです。
私は罪を犯すことはありませんでしたが、行き場のない生きづらさ、心の孤独の苦しみを抱え、声なきSOSを発していた「グレーゾーン」の子どもだったのだと思います。
人間には「器(身体)」と「水(心)」があり、その調和が崩れ、溢れ出てしまったSOSの形が、時に過ちとなって現れてしまう。
そして、子どもが心の土台を育めない理由は、往々にして育てる大人自身もまた、その土台を持てずに生きてきたからです。
自分の中にないものを、誰かに与えることはできません。
自分を犠牲にし、心を擦り減らしている大人が、子どもに本当の安心を与えることはできないのです。
だからこそ、まずは大人である私たち自身が自分を整え、心の土台を育むことが不可欠だと確信しています。
もちろん、大人になる前の青少年であっても同じです。
自分の「器」と「水」を整えることに、早すぎることも、遅すぎることもありません。
私があなたに届けたいこと
私は、カウンセラー・伴走者として、
「一人ひとりが自分の心の土台を整え、誰もが安心の基盤を自らで育めるよう導く」 ことを使命として活動しています。
世間の「こうあるべき」「親として・妻として・社会人としてちゃんとしなきゃ」という重圧を脱ぎ捨てて、自分自身の人生を取り戻していい。
あなたが自分を愛し、心の土台を整えることは、あなた自身を救うだけでなく、次の世代や子どもたちの未来を守り、社会を温かく変えていく一歩になります。
私と一緒に、あなたの心地よい「器」と「水」のバランスを見つけ、自分を育てる旅を始めてみませんか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
いただいたチップは、より良い情報を皆様にお届けする為の活動費に使わせていただきます! 