日没のリインバース 第二十五話 「この世界の片隅で」
ゲートを抜けると雪国だった。真っ白な雪の積もる大地は照りつける太陽を反射して煌めきを放っている。そこに真っ黒なローブ姿が2つ、美しい柔肌に不釣り合いなホクロのように浮いた存在感を放っていた。あまりにも冷たい空気が突然爆ぜたように十字架の仮面をした男が甲高い声を発する。
「貴方がたですか……我々の同胞を殺害した異教徒どもが!神への冒涜は許されざる悪魔の所業!地獄へと送り届けて差し上げましょう……裁きを受けなさい!裁きの十字架!」
「俺様の獲物だっつってんだろ!日没の黒炎!」
真っ黒な十字架が私たち4人の背後からそれぞれ出現し、無数の影が拘束しようと迫った。そして上空からは 太陽と見紛うほどの黒く巨大な炎が降ってくる。指示を出すまでもないだろうけど、私は反射的に声に出していた。もはや隊長ではないけれど、癖というものはどうしても抜けない。
「全員マジックキャンセラーを始動。2人ずつで各個撃破します。戦闘行動開始」
私たちの周りの魔素が遮断され、放たれた魔法は何の影響も与えることなく消えていく。そして私とハヅキは”教皇”の元へ走った。魔導小銃を撃ちつつ同時に魔法も放つ。このフィールドは戦いやすい。水の魔素が溢れている。それに、明光さんから借りた軍服には、干渉の範囲を広げたりする機能もついているらしい。
「冬神の怒り」
教皇を取り囲むように現れた、無数な透明の氷刃が串刺しにしようと襲いかかる。魔法無効の銃弾と氷の刃。そして、それを凌いだとしても嵐山が魔法無効のナイフと魔法武器を両手に携えて接近している。さて、どうくるかしら。
「無駄なことを。我がしもべたち、神の名の下に敵を殲滅せよ。天獄の十字軍」
闇の魔素がどこからか次々と現れて、無数の影を作っていく。そして、それらは軍隊のように隊列を組んで、教皇を守る盾となり、敵を攻撃する兵士となった。彼らは氷の刃を悉く破壊し、弾丸をその身に受けて勢いを殺す。そして死んでも次々に増える。なんて厄介な。
「ちょ!コイツら倒しても倒してもキリがないです!タイチョーセカンド!ぶっ放して良いですか?」
ハヅキは迫り来る影の騎士たち次々と切り伏せている。私も氷の剣を振り、倒していくが、確かに一体一体の性能は大したことがない。当たり前だ。1人で生み出している魔法なのだから、この数を精密にコントロールすることなど不可能。どんなに想像力豊かな人間であっても、目まぐるしく変化する戦況に合わせてこの数を操ることはできない。それを証明するように、その十字の紋様が描かれた騎士たちは単純な動きをしている。
「構わない。殲滅しなさい」
「やっちゃいますよお!」
ハヅキは風魔法を利用して空中へ飛び上がると、両手に魔力を集めて解き放った。
「風神達の演舞!」
複数現れた巨大な竜巻が敵を切り裂きながら踊り狂う。騎士達はなすすべなく切り裂かれ、飛ばされていく。教皇本隊へと向かうのは、その中でも一際に目立つ巨大な竜巻だ。これはいくらなんでも魔法無効を使わずには凌げない。私は荒れ狂う嵐の中で教皇に走り寄る。魔法がかき消されたとしても対応できるようにだ。ハヅキはうまく竜巻を操ってくれており、私には大した影響がない。と言ってもマジックキャンセラーを使用していなかったら流石に無理だっただろうけど。
しかし、教皇は竜巻に飲まれて消えた。なぜ魔法無効を使ってこない?それからしばらくして騎士達が突如としてたち消えた。ようやく魔法無効を使ったのか、そう思ったが竜巻は消えていない。異変に気付いたらしいハヅキは魔法を解除して歩いてくる。だいぶ魔力は使ったようだが、もしや倒したのか?嵐が去って奴の体が地面にどさりと落下する。
「え!タイチョーセカンド!こいつ死にましたよ?」
何の抵抗もしなかったのは不可解だ。いや、ワープで逃げようとでもして、それが封じられていたから何の反応もできなかったのかもしれない。だが念のために確実な死を見ておかなくては。
「何か裏があると見て良いと思う。武装は解除せず死体を確認しましょう」
確かに黒い魔素が流出し、死んでいるかに見える。だがコイツらに常識は通用しない。騙し討ちの可能性が高い。
「いや、完全にホトケさんですよ!これで生きてたらマジで奇跡ですって!」
接触したハヅキは死体をさらに切りつけているが、何の反応もないらしい。本当にこんなあっさりと殺せたのだろうか?それは逆にまずいのだが……そう思いながら、確認しようと慎重に手を伸ばした途端、どこかから声が響く。
「奇跡!そうです。まさに神は奇跡を起こします!神は死んでから再び蘇るのです。魔女狩りはこれから始まるのですよ。悪夢の棺!」
地面から突如現れた黒く細長い箱が、まるでワニが獲物を捕えるように私たちを閉じ込めた。これは一体……?棺?まあそれは後回しにしよう。触れてしまえば魔法無効ですぐに崩壊する。そう思い手を伸ばすが触れることは叶わない。ならばと魔法無効の弾丸を撃ち放つがその弾は虚無へと消えていくだけだ。どうなっている?
「盲目なる羊たちよ。お前たちは何も知らずに聖遺物を使っているのでしょう。盲目だ。本当に盲目だ。魔法無効などというのは単なる装備品の付属効果に過ぎません。神の魔法はそんなものを凌駕します。その棺の中では如何なる者も、神の意向によってただ原初の人間へと回帰するのです。知恵の実を食べる前の純粋な姿にね。貴方がた異教徒は魔法すら使えないその棺で一生を終えるのですよ。それが神からの罰です」
納得はできないが、どうやら本当らしい。魔法を出そうとするが何の反応もない。
「タイチョーセカンド!これマジやばいです!何も出せないですよお!」
「叫んで自らの罪を懺悔しなさい。神はいつしか許されるでしょう。その時に扉は開かれ、貴方たちも信仰へ目覚めるのです。後の2人にも同様に裁きを与えてくるとしましょう。スーリヤ殿はまだ苦戦しておられるようですからね」
先ほどの死体は以前に死神が使ったような分身だったのだろう。それにしてもいつから分身にすり替わっていた?私はわざとらしく声音を落として奴に話しかける。とても癪だがやむを得ない。
「ねえ教皇様。私はとても後悔しています。最後に、神のお慈悲で教えていただけませんか?」
「ちょ!タイチョーセカンド!?裏切り行為ですか!?」
「ふむ……本来であれば異教徒の戯言など聞く価値もないこと。しかし、死の際に改心を試みることは素晴らしき行いです。そのような懺悔を聞くのも、慈悲深き神から与えられし我が役目。申してみるがいいでしょう」
やはりちょろい。このまま全部話してくれればいいが、ある程度聞き出せれば十分だ。
「その……どうやって、奇跡を起こしたのでしょう?貴方様の本当のお姿はどこかにいらっしゃるのですか?死ぬ前にどうかお教えください」
「我の本体はあの肉体ではありません。あれはいわば土から生み出された人形。仮初の姿なのですよ。神はその姿を真似て土から人を生み出したのです」
「最期に、お姿を見せてはいただけないのでしょうか」
「神の御前でのみ我は姿を晒します。貴方がたのような異教徒には決して、見せることはありません。それではたっぷりと後悔しながら死んでいきなさい」
やはり最初から姿は現していなかったようだ。そうなると、装備を利用して透明化している可能性が高い。そしてこの魔法は相当高度なものだから、おそらく偽死体のそばに陣取って私たちが来るのを待ち伏せていた。確実に当てられるよう至近距離で使ったのだと考えるのが妥当だとすると、この近くにまだいるはず。何より声が非常に近い。私があまり大きな声で話しかけなかったからだろう。
「タイチョーセカンドー!!どうするんですかああ!」
ハヅキは本気で焦っているらしい。ここは一気に決めるしかなさそうだ。カンナさんから授けられた奥の手だけど、出し惜しみしても仕方ない。
「神殺しの武器を起動して突破!その後すぐに風魔法で雪を巻き上げて!」
「イエス!マム!」
「バカな。神殺しの武器だと……!?」
「狩猟神の弓!」
「女巨人の剣!」
私は氷を纏う弓を生み出し、黒い闇へ矢を穿つと、次元が裂けるように雪景色が広がった。同時にハヅキも風を纏った巨大な剣で棺を一刀両断にすると、すかさず広範囲の風魔法によって雪が舞い上がり、吹雪が吹き荒ぶ。周囲を見回すと、透明化した奴の姿が雪を背景にくっきりと浮かび上がり、私はそこへ青い光を湛えた矢を放った。
「ありえません。神を殺せる武器など存在してはならないのです!それも異教徒如きが!」
教皇は咄嗟に身をかわしたが、かわした先ですかさずハヅキの大剣が振り下ろされる。指示をしなくてもこの動きをしてくれるのは素直にありがたい。
「ぐっ!贄の人形!」
振り下ろされた剣を受けたのは再び分身だった。その人形は本体を突き飛ばし、刃に身を晒した瞬間に砕け散った。私は突き飛ばされた体に容赦なく矢を浴びせかけ、その一本が奴に命中したらしい。本体が姿を現した。
「バカなバカなバカな!我がこんな異教徒どもの前に姿を晒すなど!主よ!我を見放したのですか!」
取り乱して膝をつき天に向けて懇願する様は、何とも言えず哀れだ。貴方の言う神はもうこの世界から、いやこの宇宙すら見放したと言うのに。
「首を刎ねなさい」
「了解!」
教皇の首が呆気なくボトリと転がって、魔素が溢れ出した。この武器によって死んだなら、もう生まれ直すこともない。
私は深く息を吸い、そして真っ白な吐息を漏らす。もうすぐ、涅槃は消える。そうしたら私はどうするのだろうか。わからないけど、ただ生きるしかない。新たな目的を見つけて、歩み続けるしかない。どうやらあちらの戦いも終わったようだ。晴れた空はひたすらに青くて、どこまでも広がっている。次に私たちが向かうのはどこだろう。そんなことをふと思った。
――
「てめえ、俺様とキャラかぶってんだよ!さっさと死ね!」
「ああ?オレの方が登場は先だろうがクソ太陽!」
「俺様の方が生まれは先だ!このクソ大好き小僧が!」
はあ。私は呆れて何も言えません。先ほどからずっとこんな調子。まるで子供の喧嘩です。しかしながら、交わされる言葉こそ幼稚そのものですが、魔法の応酬はとても高度。真っ赤な炎と真っ黒な炎が踊る様は見ている分にはとてもかっこいいです。私の出番はいつも後半。カルラくんは今回も一人で片をつけると勢い勇んでいましたが、純粋な実力では相手の太陽さんの方が上のようで、少しずつ押されてきています。
「意外にしぶてぇガキだな。構えろよ。単純な火力勝負といこうぜ?」
「あ?やってやるよ、クソ太陽!」
流石にそれはまずいのではないでしょうか。そう言いかけましたが抑えます。口を出すと何を言われるかわかりません。どうせクソメガネだとか言うのでしょう。とりあえず本当に死にかけるようなら助けることにします。
「てめえの一番で来い。俺様も本気でやってやる」
「白黒つけるぞクソが!」
お互いものすごい魔力を解放しています。干渉範囲にいる私まで燃えそうです。とはいえ、もしもの時に備えて私も魔力を集中します。守り切れるのか不安ですが、最悪マジックキャンセラーがあるので大丈夫でしょう。カルラくんはまだ使い慣れていないようですし、戦闘に夢中過ぎて忘れていそうですが……ああ、不安です。
「久しぶりに張り合いがある奴だから殺すのは惜しいが……仕方ねえよなあ!燃え尽きろ!太陽黒天」
「勝つのはオレなんだよ!クソ不遜が!!炎神の咆哮!!」
こんなの死にます。冗談じゃなく死にます。空が一面真っ黒になり、温度が急上昇しました。太陽さんは禍々しいと形容するのがピッタリな流動する球状の黒炎を投げつけてきます。地面が溶けてますよ?何なんですかあれは。個人が扱っていい代物じゃないです。対するカルラくんは渦巻く炎の竜巻のような魔法を、まっすぐ穿つように放ちました。高密度に練られた魔力を一点に集めた一撃からは、カルラくんの本気が伺えます。まるで神々の戦いのよう。そんな風に他人事にしたがっている自分がいます。
炎と炎の衝突。凄まじいほどの熱風が辺りの雪を溶かし、こんなに寒いのにあまつさえ蜃気楼が出ています。空気の激しい振動に肺が焼けそうです。その轟く爆発音が衝突の激しさを物語っています。私はマジックキャンセラーを起動して、どうにか事なきを得ました。この不思議な装備は魔法を打ち消してくれる優れものです。離れた位置で見ている私が使用せざるを得ない状況なのですから、本人たちはもっとダメージを受けているに相違ありません。頭がおかしいと思います。
「面白え!!俺様の黒天を炎で受け止められたのは、ツクヨミのババア以来だなあ!!」
「クソッタレ!バカみてえな火力しやがって……!おらああああ!」
やはりカルラくんの方が押されています。だからあれほどやめた方がいいと……言ってはいませんでした。私はいつも声が出せません。思考が頭で絡まって、うまく紡ぎ出せないのです。あれだけ好き勝手に思ったことを言えるカルラくんは、とても尊敬します。どんなに汚い言葉でも、私みたいに黙っているよりはマシだと思うのです。
「だが、終わりだなあ!小僧!!火力を上げるぜええ!」
「てめえまだ上があんのかよ!?クソがあああ!」
あああ。まずいです。非常にまずい状況です。明らかに劣勢になってきました。これは、決闘の邪魔だとか男の勝負だとかそんなことを考えている場合じゃありません。だけど怒られるのが嫌なので一応確認します。精一杯声を出しました。
「カルラ……くん!マジック……キャンセラー!使って!」
「うるせえ!オレが勝つ!」
こうなると思っていました。でももう我慢できません。お互いの炎が少しずつ弱くなっています。今なら……!私は魔力を集中して解き放ちます。
「巨神の握撃」
地面から巨大な腕が出現し、真っ黒い太陽を握りつぶしました。やりました。私は小さくガッツポーズをします。
「てめえええ!クソメガネ!」
「邪魔しやがったな?女ああ!」
はあ。まあこうなりますよね。ですが仕方がないのです。これは命をかけた戦いなのですから。
「……子供じゃないんですから」
私はその巨神の腕で太陽さんに殴りかかります。容赦はしません。どうせ魔法無効でも使ってくるのでしょう。
「そんなもんが俺様に効くとでも思ってんのか??紅焔の剣!」
鈍い紅の炎を纏ったものすごい長さの剣が巨神の腕を一刀の元に切り伏せました。もちろん効くなんて思っていません。ですから、私はすかさず魔導小銃で撃ちまくります。隙間なく弾幕を張ります。魔法無効の銃弾です。流石に厄介でしょう。
「ちっ、でも助かった……クソ……サン……」
発砲音でよく聞こえませんでしたが、カルラくんが何か言った気がします。どうせ碌でもないことでしょう。無視して撃ち続けます。リロードが必要になるまでひたすらに。
「いいから……倒しますよ」
リロード中に声を張り上げました。私としては精一杯です。カルラくんに前衛で戦ってもらわないと。銃だけで倒せるなんて初めから思っていませんから。やはりと言うべきか、銃弾はかすりもしていません。多少、動きを牽制することはできたみたいですが。
「うるせえなアマがあ!」
太陽さんがリロードの隙をついて私めがけて走り寄ってきます。めちゃくちゃに速いです。黒炎を纏った細身の剣を構えて迫るその姿は、周りを爆ぜる黒い魔素も相まって、まさに悪魔か何かのようです。少なくとも太陽さんなんて生やさしいものではない。そんなプレッシャーがありました。私は焦って銃弾を取りこぼしました。接近戦は苦手なのでまともにやり合ったら多分死にます。最悪です。私は死を覚悟しました。
「竜神殺しの大剣!」
そこに神殺しの武器を構えたカルラくんが現れました。いち早く陣形を立て直すために私の元にきてくれていたようです。相手の剣を受け止めたそのバルムンクは紅蓮の炎を纏った巨大な大剣。かつて竜をも殺したとされる英雄のつるぎです。太陽さんの剣は触れただけで一瞬にして蒸発して消えます。
「神殺しの武器……!?」
カンナさんから授かりし秘策です。最後の最後、トドメの一撃で使うのが理想でしたが、カルラくんに使わせてしまいました。あれはとんでもなく魔力を消費するのです。
「クソッタレ。これしか……なかった」
太陽さんの魔法武器はそれほどまでに強力だったということでしょう。カルラくんがそう判断したなら間違いありません。しかし、やはりカルラくんの魔力は限界だったようです。意識を失いかけて倒れています。
「俺様としたことが、ちょいとばかり驚いた。だが、一発芸だったようだなあ!さよならだ」
再び現れた魔法の刃が倒れたカルラくんの背中に突き立てられます。私はパニックで一瞬動けませんでした。ですがあなたの死は無駄にはしません。と私が走り込んだ時、今まで周囲を舞っていた魔素の揺らぎが突如消えました。カルラくんがマジックキャンセラーを使いながら、太陽さんの足を掴んだようです。これで彼も魔法が使えません。
「ちくしょう!離しやがれ!」
「今だ!サツキ!」
「はい!」
カルラくんは踏み付けにされながらも叫びました。私の名前を。初めて名前を呼ばれました。私は反射的に歯切れよく返事をし、魔力を最大限に高めて伝説の武器を具現化。その神々しい槍は太陽さんを貫きました。
「英雄の魔槍!」
「お前まで……?何なんだお前らは……」
「涅槃を殺す者です」
「……俺様が……こんな……」
彼は魔素となって消えていきました。
「やりました!私たちの勝利です!」
私は顔が熱くなるのを感じます。心の声が漏れ出てしまいました。恥ずかしい。どうせまた何か言われるに違いありません。
「やったな……クソ勝利だ」
思っていた反応ではありませんでした。でも、何でしょうこの感情は。とても、気温は寒いはずなのにとても、暖かいものを感じます。勝利の味というやつでしょうか。とにかく、私たちは勝ったのです。あの忌まわしき涅槃に!
私はほっとしてため息を吐きました。その息は白くて、温かいものでした。
