大人の「成長」を考えてみた
column vol.920
昨日は、久しぶりに高熱を出してしまいました…(汗)
仕事は手短に終わらせ、noteもつぶやき投稿に留め、なるべく睡眠時間をとるようにしたのですが、寝ている間「修行、修行」と頭の中で唱えている自分に気付きます。
何で「修行」と唱えているのだろう…?
熱が下がり、改めてそのことについて考えてみると、子どもの頃の自分を思い出しました。
当時、熱を出す度に「この苦しみは修行の一環で、ここから脱すると自分はパワーアップするんだ」と自分に言い聞かせていたのです…(笑)
大人になってからあまり熱を出したことがなかったので忘れていたのですが、子どもの頃の自分は「苦しみの先に成長がある」と考えていたのでしょう。
しかし、成長にはもう1つ重要な要素が必要です。
それは「理想の自分」を描くことです。
「成長」と「上達」の違いを整理する
成長を考える上で、2人の賢者のお知恵を拝借することにいたします。
まずお一方は、東洋経済オンライン「市場が評価した経営者ランキング2019」第1位、フォーブス アジア「アジアの優良中小企業ベスト200」4度受賞の北の達人コーポレーション社長・木下勝寿さんです。
〈Diamond online / 2023年2月6日〉
木下さんは、人間の向上には「成長」と「上達」の2つがあると仰っています。
上達とは「他人から与えられた仕事」を何回もこなすうちに今のスキルが上がること。
そして、成長とは「理想の自分」に向かって自分で課題を発見し、自分なりに工夫して勉強や練習をして、それまで持ってなかったスキルを身につけること。
例えば、「英語がネイティブ並に話せます」という強みも、「親の都合で海外に住んでいたから話せるようになった」という理由と、「英語が話せるようになりたいと思い、環境を変えるのが一番だと考え、お金を貯めて自力で海外移住した」という理由では大きく違うわけです。
後者には「環境を自らコントロールする力」があります。
つまり、成長とは理想の自分を明確化し、今の自分とのギャップを埋めることにあります。
これはきっと「成功」も同じなのだと思います。
理想の自分と今の自分のギャップを埋められた状態が「成功」。
理想の自分とは千差万別です。
自分が幸せかどうかは人が決めるのではなく、自分が決める。
成長や成功は、理想の自分ありきで得られるものであることが分かるでしょう。
頭の「理想」と肉体の「現実」を埋める
もうお一方の賢者も同じような考えを示してくださっております。
そのお方とは、佛心宗大叢山福厳寺住職の大愚和尚です。
〈日経ビジネス / 2023年1月30日〉
大愚和尚といえば、チャンネル登録者数が57.1万人(2023年2月8日時点)もいらっしゃる「一問一答」で有名なYouTuberでもあります。
〈大愚和尚 / YouTubeチャンネル〉
大愚和尚も理想の自分を持つことの大切さを、「どう生きたいのか」への探求という言葉で表現されています。
仏教とは「煩悩(感情)の暴走を制御していく教え」。
つまり、脳で考えたことと、実際の体(現実)のギャップを解消していくことが幸福への道だと仰っています。
脳は欲深く、いくらでも暴走してしまう。
欲深くなればなるほど、実体(実態)とのギャップが生まれるので苦しくなる。
だから「欲を捨てて「あるがまま」を愛しなさい」という教えをよく聞くのは、そのためというわけですね。
欲を捨てるというのはあくまでも手段で、欲(理想)と現実のギャップを埋めるということが肝となります。
逆に言えば、想い描いた欲に実体が付いていける(ギャップを起こさない)なら、欲は向上のエネルギーになるというわけで持っておいた方が良い。
ただし、自分の理想に他人を巻き込んでいないかを考えないといけません。
自分の理想に「他人を巻き込まない」
子どもの頃の理想は自己完結で成り立つことが多いでしょう。
「こういう学校に行きたい」「こういう職業につきたい」など。
それは「夢」という言葉にも置き換えられるかと思いますし、夢は一人で見られるものでもあります。
ただ大人になると、自己完結する理想というものが少なくなっているような気がします。
特に管理職になると、その傾向は強くなる。
「理想の会社(チーム)」に変わり、自分の理想の実現には第三者の力が不可欠になります。
そうなると自分一人で完結できる領域が狭まり、上手くいかない時は他責の念も湧いてくるようになります。
「あの人がもっとしっかりしていれば」「この人がこれぐらいのことは簡単にできていれば」などなど…、誰もが思い当たる節はあるでしょう…
ただし、他責の念は「暴走している煩悩」であるかもしれないということは心に留めておきたいところです。
かつて「貞観政要」の話で触れましたが、中国の皇帝が「理想通りの人材なんていない。今いる人材で何とかすることが大事」と自分を諌めたという話がありました。
中国の皇帝ですら、そう思って自分を諌めたならば…と思うと、他人に理想を要求していることは「煩悩の暴走」である可能性は高い…
まずは、あるがままの仲間たちを受け入れることが賢明そうです。
他責の念を抱くことは、きっと理想と現実のギャップを埋められない一番の問題であることは誰もが思うところ。
だからこそ「他人は変えられない。自分が変われば世界が変わる!」という言葉があるのでしょう。
まずは「今自分ができること」を突き詰めていくことに集中した方が良さそうです。
ギャップを埋めるために「今自分ができること」
そもそもになりますが、自分の理想と周りの理想が合っているのかを擦り合わすことも必要でしょう。
でも、現実的にはチーム全員が全く同じ気持ちで、全く同じ理想に向かうことなんてないわけで、仮に周りが「同じです!」と言ってくれたとしても、「合わせてくれたのだな…。感謝!」ぐらいの冷静な気持ちが必要です。
つまり、「みんなが自分に共感してくれている!」と思うのは煩悩の暴走の可能性が高いというわけです…
その上で、メンバーの理想と現実を把握し、そのギャップを埋める作業に協力しながらも過度な期待はしない。
自分自身も上手くギャップを埋められないことは多々あるわけで、他者の、自分の弱き部分を受け入れる度量を持つことが肝要です。
何より大切なのが、メンバーの現実を冷静に把握した上で、改めて理想のチームを再策定し、その中で果たすべき自分(理想の自分)を明確にしていく。
そして、果たすべき自分に近づくために「今の自分にできること」にフォーカスし、積み上げていきます。
幸運にも理想と現実のギャップが埋まれば成長であり、成功になります。
達成すれば、脳が新しい煩悩(理想)を生み出してくれるはずなので、また理想と現実のギャップをどう埋めるかを思案し、成長・成功するように努力するれば幸福感を持ったまま向上していけるというわけです。
仮に大きすぎる理想を抱いてしまった場合は、そこに到達するまでの中間目標を設定していくことが肝要かと思います。
少なくても今の自分の実力を冷静に把握することが大切です。
そして欲張らずに今できることに集中する。
成功、成長までに精巧な地図を手に入れたとしても、正確な現在地を把握できていなければ、きっとゴールに到達することはできません。
そう考えると、現実の自分をいかに冷静かつポジティブに受け入れること以上に大切なことはない気がしてきました。
成長も、成功も、幸福も理想と現実を埋めることにあるならば、現実を間違って認識していたら、きっと埋めることはできないのですから…(汗)
