記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【映画感想文】『国宝』|茨の道を進んだ先には?

 先日、映画『国宝』を鑑賞してきました。
 記事を書くには少し時機を失した感はありますが、心に残る作品だったので自分の備忘も兼ねて印象的だったいくつかのシーンについて感想を残しておこうと思います。

※この記事はネタバレありの記事になります。鑑賞前の方はご注意ください。

▼公式サイト

● あらすじ(公式サイトより)

 話題作のためすでに鑑賞されたり、公式サイトやニュースをご覧になった方も多いと思います。この記事では、個人的な感想を中心に綴りたいと思いますが、念のためあらすじを公式サイトから引用させていただきます。

後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれた。
この世ならざる美しい顔をもつ喜久雄は、抗争によって父を亡くした後、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。
そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。
正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる二人。
ライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくのだが、多くの出会いと別れが、運命の歯車を大きく狂わせてゆく...。
誰も見たことのない禁断の「歌舞伎」の世界。
血筋と才能、歓喜と絶望、信頼と裏切り。
もがき苦しむ壮絶な人生の先にある“感涙”と“熱狂”。
何のために芸の世界にしがみつき、激動の時代を生きながら、世界でただ一人の存在“国宝”へと駆けあがるのか?
圧巻のクライマックスが、観る者全ての魂を震わせる―― 。

『国宝』公式サイトより https://kokuhou-movie.com/


● 全体として感じたこと

 鑑賞して真っ先に感じたことは〝随所に散りばめられた美〟
 舞台上の造形や演出による視覚的な美しさ、衣装の華やかさ、どれをとっても場面ごとに相応しい色合いや舞踊で袖が揺れ動く様まで、計算し尽くされている感じがしました。

 特に様々なメディアなどでも評価されていた「舞台上からの光景を映像作品として観る」という通常は体験できないことを得られることに私も感動しました。不思議なことに舞台袖や奈落が映し出されても決して〝裏側〟感がなく、それすらも登場人物の人間模様を描き出す装置に思えました。

 音響の緩急もとても印象的です。音が止むシーンでは観ているこちらも息を止めてしまいたくなるような張り詰めた感覚を覚え、より登場人物の内面に入り込んでいくことができました。


● 心に残ったシーンについて

 ここからはいくつか印象的だったシーンに触れていきたいと思います。

 序盤に、人間国宝である小野川万菊(演:田中泯さん)が、引き取られたばかりの喜久雄(演:少年期 黒川想矢さん → 吉沢亮さん)に「きれいなお顔だこと。でもそのお顔は邪魔。いつかそのお顔に食われるね」みたいな台詞を言うシーンがあるのですが、これ、私的には不吉な予言にしか思えずゾワっとしました。

 その後の喜久雄の人生は、歌舞伎の女形としての芸や美を追求すればするほど、そこに呑み込まれていくかのように茨の道を進むことになります。
 藤駒(演:三上愛さん)との間に授かった娘が参拝する喜久雄に対し「何をお願いしているのか」と訊ねると「日本一の役者になれるよう悪魔にお願いしていた」というような返事をするシーンがあります。
 作品のテーマのひとつとして〝血筋か才能か〟がありますが、血筋を持たない喜久雄は、悪魔と取引してその他一切のことを捨てても芸を極めたい。
 それは周囲をも巻き込む渦になります。

 幼馴染みでともに刺青を背負った春江(演:高畑充希さん)、半二郎の実の息子である御曹司の俊介(演:横浜流星さん)、花街で出会った芸妓の藤駒とその娘、後ろ盾を得るために近づいた彰子(演:森七菜さん)と、喜久雄と関わった人々は皆痛々しいほど何らかの痛みを負っています。
 当然、喜久雄自身も無傷なわけはなく、努力と才能そして様々な状況の末に、花井半二郎を襲名するものの、すぐに後ろ盾を失い転がり落ちていく。

 実際の世界を見ていても思うのですが、何か常人には持ち得ないような秀でた才能を持つ人は、人生そのものがドラマというか、成功の裏で到底常人は経験しないような悲劇や苦しみに見舞われることがあるように思います。

 それはいったい何なのか。芸という才能を得た代償なのだろうか……。

 歌舞伎界から追放され、迫害されているような状況の中でも芸の道に身を置く喜久雄。
 彰子すらも去った屋上で独り、剥げかかった白塗りの顔で舞う姿はまさに狂気そのものでした。

 その後、紆余曲折を経て国宝に登りつめた喜久雄は、インタビューで「景色を探している」と言います。
 茨の道を進みながら喜久雄はずっとある景色を求めていた。
 それは俊介が死の間際に舞台から一点を見つめて「きれいやな」呟くように言ったシーンとも通じている気がします。

 その景色とは死の間際、何かを極めた者にしか見ることのできないものなのか
 ラストシーンの鷺娘の舞台。
 喜久雄は何を見たのだろう。

 観ているこちらもその光の中へ吸い込まれるような心地がしました。


● さいごに

 主人公喜久雄と喜久雄の親友・ライバルである俊介を演じた吉沢亮さんと横浜流星さん。
 お二人の演技は素晴らしく、立ち振る舞いや舞台上での踊り、そして女形としての発声に至るまで全てが歌舞伎役者にしか見えなかったです。一年半の稽古でお二人が血のにじむ努力をされたのだろうな、と伝わってくる演技でした。
 特に喜久雄を演じた吉沢亮さんの取り憑かれたような演技は目を見張るものがありました。目に涙を溜めているシーンがあるのですが、観ているこちらが自然と息を詰めてしまうような迫真の演技でした。まさに、吉沢さんの演技はこの作品の見どころだと思います。
 また俊介を演じた横浜流星さんも、今年大河ドラマ「べらぼう」での演技も話題ですが、人間らしさを滲ませる役どころを見事に演じていらっしゃいました。

 私は実をいうと歌舞伎をあまり鑑賞した経験がなかったのですが、本作品を観たら歌舞伎を観に行きたくなりました。
 特にこの作品の中で重要な演目である「曽根崎心中」はぜひ鑑賞してみたいです!

 『国宝』に関わった全ての方々に、素晴らしい映画をこの世に生み出してくださったことへの感謝を申し上げてこの感想を終わります。

(おわり)

いいなと思ったら応援しよう!

慎野たつき 記事をお読みいただきありがとうございます。 主に創作小説を公開しています。お気に召したらフォロー・応援お願いします! Tales➡https://tales.note.com/tatsuki_shinno

この記事が参加している募集