「顎だ」って何?
あの『Agoda:アゴダ』が「顎だ」になった日
仕事部屋には、いつも愛犬がいる。
もう老犬で、最近は一日の大半を寝て過ごしている。
だから仕事中は、彼が落ち着いて過ごせるように、YouTubeでドッグセラピー用の音楽を流している。「広告なしバージョン」と書かれた動画を選んで、そっと再生ボタンを押す。
それが、いつものルーティンだった。
……はずだったのだけど。
その日、私は動画を選び間違えた。
「広告なし」のつもりが、しっかり広告つきの動画を再生してしまっていたらしい。再生前に、ホテル予約サービス「アゴダ」のCMがすっと流れはじめた。
まあ、よくあることだ。
愛犬もCMごときで動じるタイプではないので、そのまま流していた。
なんとなく画面の下、自動字幕に目をやったときだった。
「……顎だ」
……え?
CM中に繰り返される社名、字幕にはやはり「顎だ」と表示される。
ホテル予約サービスの名前が、まさかの体の部位+断定の助動詞になっていた。
思わず声を出して笑ってしまった。愛犬が一瞬こっちを見た。
CMより私の笑い声に反応するあたり、正直それでいいのかとも思ったけれど。
自動字幕なのか、音声で認識してテキストにしているのか、その仕組みまでは私にはよく分からない。
ただ、耳で聞いた「アゴダ」という音を、AIなりに一番自然な日本語に変換しようとした結果が、「顎だ」だったんだろうな、というのは何となく想像がつく。
固有名詞って、こういうとき弱い。
聞いたことのない言葉は、聞いたことのある言葉に引っぱられる。
「アゴダ」を知らなければ、「顎だ」のほうがよっぽど自然な日本語だ。
文法的には、何ひとつ間違っていない。
もう一度その動画を見返して確認しようとしたのだけれど、これがまた見つからない。似たような「ドッグセラピー音楽」の動画は山のように出てくるのに、あの「顎だ」に出会った一本だけが、どうしても見当たらない。
今ごろどこかで、誰かをまた笑わせているのかもしれない。
考えてみれば、このての間違いは人間だってしょっちゅうやる。
知らない単語は、知っている単語に寄せて聞いてしまう。
子供のころ、歌の歌詞を全然違う言葉で覚えていたことが、私にもある。
音だけを頼りにすると、言葉はわりと簡単に迷子になる。
言葉って、音そのものに意味があるわけじゃないんだな、とふと思う。
「アゴダ」も「顎だ」も、耳に届く音はほとんど同じだ。
それが「予約サイトの名前」になるか、「体の一部」になるかは、その言葉が置かれている文脈のほうが決めている。
AIも人間も、そこは案外似たようなところで迷っている。
そんなことを考えながら、私はまた次の動画を選ぶ。
今度こそ、ちゃんと広告なしのやつを。
愛犬は、そんな私の隣で、何の疑いもなくすやすや眠っている。
アゴダが顎になっても、彼の日常には何の影響もないらしい。
AIも、面白いことをしてくれる。
