見出し画像

NHK仏壇返し: 専門性とサービス名の迷走

新NHKプラスアプリをタップした時、「NHK ONEアカウント登録のお願い」というレイオーバーされたメッセージが出る時と出ない時があります。何故でしょう。タイミングがよくわからない。この「NHK ONEアカウント」で何が出来るかよくわからない事も相まって、正体がわからない感が強くなります。

その名も「NHK ONE」。番組の同時配信や見逃し・聴き逃し配信、ニュース記事や動画といった情報を、スマホやパソコン、ネット対応のテレビなどみなさまの環境に合わせてお届けします。

と「NHK ONEのご案内」というページに書いてあるのですが、従来のNHKのインターネットサービスと比べて、新しいのは「番組の同時配信」だけです。

やっぱり、NHK ONEという言葉は、インターネットサービスの名前ではなく、概念の名前、または運動の名前でしかありません。中心というか、このサービスのメインは、放送と放送の同時配信、1週間の見逃し、それから付加的なサービスとして過去番組のオンデマンド配信。つまり、これがNHK ONEでしょう。

アプリ名が違うのです。名が体を表していない。

NHKプラスという名前を捨て、NHK ONEと名乗るべきです。

だって、そもそも9月30日の深夜に、650万もの利用者を捨てているのだから、今更、躊躇は必要ないはず。

さらにこれ。ヘルプセンターの
「11月中旬以降のお手続きのお知らせ」
https://www.nhk.or.jp/nhkone/help/article/H001-0031

インターネットサービスで、こんなメッセージと、その説明、見た事がありません。「手続きの予告」、しかも必要の無いアカウントにも表示されるようです。

インターネットサービスに於いて、NHKがスタンダードの地位に居た事は、残念ながらありません。そして、この「予告」は便乗詐欺の方々が手ぐすね引いて待っている状態を作りだしているとしか言いようがありません。

中の皆さま、誰も気づかないのでしょうか。

最近のNHK、よくわからない。

10月19日、NHKの第17代会長として“君臨”した海老沢勝二さんが鬼籍に入られました。このタイミングで、海老沢さんが会長として権力を欲しいがままにしていた絶頂期を思い出させる小説、「ガラスの巨塔」(2010年・幻冬舎)を読み返してみました。著者は今井彰さん。ワタシなどは足元にも及ばない、超大ディレクターです。そして、プロデューサーとして「プロジェクトX」という放送史に残る番組を生み出した方です。

この小説は、今井さんが諸々あってNHKを退職されてから書いたものです。なので、露悪的というか、恨み言がいっぱいです。

今井さんがこの小説の中でこき下ろしている方々が、ワタシのほぼ直属の上司でした。また、「プロジェクトX」(2000~2005年)番組廃止のきっかけになった取材先に関して、このおよそ10年前の1995年に番組を作ったのがワタシでした。

とにかく高校生レベルの筆致。なんでしょう、この醜態。また、自分の周囲にだけピュアな人間が存在していて、それ以外は汚れた人間だという人物造形、困ります。

人の能力として、番組制作と小説執筆は異なる、という事でしょうか。

NHKの中には「番組がよく出来る人(=良いと言われる番組を作る人)は立派な人」とするモードがあります。「あいつは番組が出来るから」という謎の褒め方があるのです。

この小説の著者の今井さんは番組制作プロデューサーとして、NHK全職員の中でも「選ばれたものしか上がれない」、さらにその「確率は200人に1人」(※「ガラスの巨塔」内の表現による)という特別職に遇されました。専門職の中の専門職という事です。

今はわかりませんが、NHKでは取材(記者職)やディレクター(制作職)という専門職の中で頭角を表した人を、それぞれの領域のゼネラリストとして引き上げていくような傾向があります。もちろん、一般社会の中でも当たり前の事だとは思うのですが、一方で、新しい分野の仕事には、なかなかフォーカスが当たりません。結局、縦割りの各専門領域に、新しい領域を取り込んでいくような事になりがちです。専門性が埋もれていく傾向にあります。

ちなみに、イギリスの哲学者、経済学者アダム・スミスさんは、その有名な著書「国富論」で、分業と専門特化が進めば、生産性が高まると言ったそうです。(※筆者注:「国富論」、題名は存じ上げておりますが読んだ事はありません。)

番組制作はインターネットコンテンツを作る事には似ています。でもインターネットサービスとは大きく異なります。生理的かつ根本的に異なるのです。放送はどうしても番組を放送した時点をゴールにします。でも、インターネット・サービスという領域の仕事は、公開してからが勝負なのです。

今の状況、インターネットサービスという領域の経験者がNHK内で大事にされていないのでは、と思わざるを得ないのです。

さて、今井さんの小説で「全日本テレビ会長・藤堂竜太」として登場する海老沢さんはNHK在職中から横綱審議会委員をお務めになっており、NHK会長職を手放した後、2007年からは11代目の委員長に就任されました。

これまた偶然なのですが、最近、ドイツ文学者の高橋義孝さんの随筆集「蝶ネクタイとオムレツ」(1978年・文化出版局)を読んでいました。高橋さんは4代目の横綱審議会委員長でいらっしゃいました。1981年から1990年の9年間です。

好角家という言葉があります。相撲=角力(※筆者注:どちらも「すもう」と読みます)の好きな人という意味です。高橋さんは基本的に好角家として知られていましたが、海老沢さんも、相撲、お好きだったのでしょうか。

高橋さんの本には、今では忘れられた相撲界の習慣が言及されています。例えば、稽古中のお相撲さんが汗を拭うには竹ベラを使っていた事なんて、全く知りませんでした。専用の竹のヘラで掻き落としていたのです。タオルなどでは拭いても拭いても、キリがないからでしょう。また、地方巡業や外国巡業によって稽古不足になっているのでは、当時から疑念を表明していらっしゃるのも興味深い。

「怖い横綱」という代名詞で第45代横綱、初代・若乃花さんに言及しています。初代・若乃花。ふるさと納税サイトのCMで奇矯なふるまいをお見せになっている貴乃花のお兄様の事ではありません。

この若乃花さんが時として繰り出した大技「仏壇返し」。この名前、とても惹かれます。お線香の灰を撒き散らしながら飛ぶ香炉や、邪気を祓い、空間を清浄にするという音を響かせながら転がる御鈴。仏壇をひっくり返してしまったら、どんなに大変な事になってしまうのか、映像を思い浮かべると、恐ろしくなります。この技の別名は「呼び戻し」。最も豪快な技の一つで、力も技も相当なものを必要とし、滅多に決まらないため幻の決まり手とも呼ばれているのだとか。

2020年にNHKの第23代NHK会長に就任した前田晃伸さんの施策は殆ど全て、仕切り直しというか、現状復帰というか、それ以前に回帰するような社内だとか。とにかく、ここしばらくは前田体制の衣鉢を捨て去る事に注力されていたようです。

そして、今は、その脱・前田から2024年12月に起きた“政変”までに進められてきた事をひっくり返す事に熱心なようです。NHK ONEに向かって進んでいた中で、指南をしていた人が疎まれ、放逐されたかのように見えます。ここのところのNHKの「仏壇返し」のレベルの態度は、その為でしょうか。

前述の高橋義孝さんの本の中に、「虫の知らせ」という一編があります。相撲場、本場所が開かれる国技館の事ですね、この相撲場で何度か隣り合わせになったお知り合いのお話です。その中で、高橋さんはゲーテの戯曲「ファウスト」の中のセリフを引用しています。主人公の魂を死後に手に入れる契約を結んだ悪魔メフィストーフェレスは、こう言います。
「自分の手でつかまえないものは、ないも同然だというのですか」

今の複雑な世の中、1人の人間が全てを、その手でつかむ事は不可能です。だからこそ、「自分の手でつかまえないもの」をつかまえる人、その道の専門家を大事にしていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

仏壇がひっくり返ってしまった光景、その惨劇を思うに、誰がそれを片付けるのか、勝手な心配の種は尽きません。    了

いいなと思ったら応援しよう!