ハプニングス/ボビー・ハッチャーソン
今回はヴィブラフォン奏者ボビー・ハッチャーソン1966年録音リーダー作『ハプニングス』を取り上げましょう。
録音:1966年2月8日
スタジオ:ヴァン・ゲルダー・スタジオ、イングルウッド・クリフス、ニュージャージー
エンジニア:ルディ・ヴァン・ゲルダー
プロデューサー:アルフレッド・ライオン
レーベル:ブルーノート BST84231
(vib, marimba)ボビー・ハッチャーソン (p)ハービー・ハンコック (b)ボブ・クランショウ (ds)ジョー・チェンバース
(1)アクエリアン・ムーン (2)ブーケ (3)ロホ (4)処女航海 (5)ヘッド・スタート (6)ホエン・ユー・アー・ニア (7)ジ・オーメン

/ボビー・ハッチャーソン
ボビー・ハッチャーソンのキャリア初期を代表する作品です。
ブルーノート・レーベル・プロデューサー、アルフレッド・ライオンの寵愛を受け、デビュー作65年4月録音『ダイアログ』から1年を経ず早々と第3作目『ハプニングス』の制作、レーベルゆかりのメンバーを擁してレコーディングされました。

/ボビー・ハッチャーソン
以降も間を空けずに頻繁にレコーディングが行われましたが、これは当時のブルーノートでは通常の対応です。
敢えて作品を作り続けたのは自転車操業的とも言え、これはマイナー・カンパニーゆえの特殊事情に起因するのですが、次第に発売が間に合わなくなりオクラ入りせざるを得ず、10年余りが経過してからリリースされる作品が目立つようになりました。中には四半世紀後に日の目を見る録音も存在します。
テープ保管庫には時間が経過し過ぎたために、詳細不明の録音テープが少なからず存在しているようにも推測しています。
本作は翌67年1月に発売され録音から1年弱、時期的に作品の鮮度が落ちないうちのリリースであると思います。
改めて本作のメンバーをご紹介しましょう。ヴィブラフォンボビー・ハッチャーソン、ピアノハービー・ハンコック、ベースボブ・クランショウ、ドラムスジョー・チェンバース。
クランショウとチェンバースはブルーノート御用達のミュージシャン、60年代中頃のブルーノートには多くのミュージシャンが登場し、様々な形態の音楽を演奏しており、彼らはプレイヤーの要求に的確に応えられるスタジオ・ミュージシャンとして重宝がられていました。
ハンコックは彼らと同様のシチュエーションにも位置していましたが、名門マイルス・デイヴィス・クインテットのレギュラー・ピアニストであり、またブルーノート・レーベルで自身のリーダー作を5枚リリース、直近では傑作『処女航海』を65年発表し、すでに名声を確立しており、アーティストとしての別格扱いを受けていました。

/ハービー・ハンコック
本作目玉のひとつである楽曲、「処女航海」のセレクションはハッチャーソン、ハンコックの提案、もしくはプロデューサー・サイドのリクエストがあったからでしょうか。そもそもハッチャーソンはこの録音以前に処女航海を耳にしたことがなっかたそうです。
ハンコックのオリジナル・テイクはトランペット、フレディ・ハバードとテナーサックス、ジョージ・コールマンの2管編成で演奏されました。
リズム隊が演奏する当時革新的であったリズム・キックの上に乗る魅力的なメロディ・ラインは、豊かなハーモニーと重厚なアンサンブルを以てプレイされます。
有する構造的でシステマチックなコード進行、メロディ、ハーモニー、アンサンブルはともするとメカニックで、無機的なサウンドに陥る危険性を孕んでいますが、作曲者ハンコックのセンスとマジックでしょう、バランス感に富んだ楽曲に仕上がっています。
モダンジャズに於ける黄金の組み合わせであるトランペット、テナーによるホーン・セクション、両者は1オクターヴ違いの楽器、金管と木管楽器の倍音成分が異なる2種類の音色が組み合わさる事で、互いに無い部分を補いつつ、新たな音色、ゴージャスな響きに昇華します。
シーンにはこのフォーメーションで実に多くの名演奏が存在します。

さて本作でメロディを演奏するのはヴィブラフォンです。多くのリスナーは先にハンコックのオリジナル演奏を耳にし、その音像が残っている感覚でヴィブラフォンのプレイを聴き、楽曲を捉える事になる筈です。
果たしてどのようになりますか、演奏紹介で触れて行きたいと思います。

収録ナンバーは処女航海以外は全てハッチャーソンの書き下ろしオリジナルです。
1曲目アクエリアン・ムーンは水瓶座生まれの彼自身のルーツにちなんだ、ルバート、インテンポ、フェルマータを含む美しくもドラマチックなナンバー。
冒頭アカペラの短いヴィブラフォンソロが行われ、リズム隊と1拍ずつ大きく合わせるアンサンブルが2小節あり、フェルマータ、キューによる合奏、恐らくブレークの間にハッチャーソンのミュートされたカウントがあり、いきなりのアップテンポへ、インテンポが続きますがハーフに落ちる部分を内包しながらテンポが確定し、ヴィブラフォンのソロ開始へ。
特に明確なメロディラインは存在しませんが、緻密な曲構成とクラシック的器楽オーケストレーションを有し、作品オープニングに相応しい迫力とキャッチーさを持った佳曲です。
何よりもハッチャーソンのディレクションに従い、メンバー一丸となってプレイに集中する様に惹かれます。
クランショウとチェンバースの繰り出すアップテンポのグルーヴは申し分の無いスピード感と安定性を有しています。
チェンバースとはハッチャーソン初リーダー作からの付き合い、クランショウとも既演ですが、チェンバース〜クランショウのふたりは恐らく初共演、好取り組みと感じます。
そこにハンコックのリズミック、時にパーカッシヴに、独創的なハーモニー感を有するコードワーク、既成概念に捉われないバッキングが加わる事でひとつの世界が成り立ち、万全の態勢でハッチャーソンはインプロヴィゼーションに臨む事が出来ます。
彼は伝統的な2本マレットでのヴィブラフォン・プレイヤーです。ライオネル・ハンプトン、ミルト・ジャクソン、レム・ウィンチェスター、テリー・ギブス、デイヴ・パイク、ウォルト・ディッカーソンたちの流れを汲みながら、新しさと個性を表現しています。
モーダルなラインを繰り出しつつ、シャープなタイム感を発揮した表現や、オリジナル楽曲の斬新さが魅力です。
彼以降ゲイリー・バートンやマイク・マイニエリ、デイヴ・サミュエルズ、ジョー・ロック、スティーヴ・ネルソンたちに代表される、片手に2本ずつ合計4本のマレットを駆使してコードワークを表現するヴィブラフォン奏法がポピュラーになりますが、ハッチャーソンのプレイは2本マレットの最終進化形と言えそうです。
ハッチャーソンのソロはリズムのスイートスポットを確実に捉えながら進行します。ハンコックの問題提起を行うかのバッキングには殆ど左右されず、唯我独尊の態勢でストーリーを語り続けます。
クランショウもランダムにトリッキーな撥弦を行いますが、チェンバースはシンバル・レガートを中心に、タイムキープに徹しているかの打奏を行います。只管シャープに安定感を以てのプレイ、この時彼は未だ23歳でした。

ハンコックのソロに転じます。イメージを膨らませ、自身が訪れた事のない未知の音空間に到達させるべくプレイします。
一体自分でも何を弾くのか分からない、全てを音楽に委ねながらのプレイ、意外性を楽しみながらも冷徹に、リズミックにストーリーを語り続けます。
ソロが佳境に達し、クランショウがレスポンスし更なる高みに向かわせ、その後の事後処理的な、纏めのトレモロ・フレージングにも魅力を感じます。
ドラムスソロへ。短く纏められディミニュエンドし、ラストテーマに繋がります。楽曲冒頭の主題が演奏され、アップテンポのスイングはハンコックが主導権を握りながらフェードアウトしFineです。
2曲目ブーケはハッチャーソンが持つ柔らかさ、優しさが良く表れたナンバー。
85年2月22日ニューヨーク、タウンホールにて行われたブルーノート・レーベル所縁のオール・スターズを擁したコンサート『ワンナイト・ウイズ・ブルーノート』、ハンコック、ロン・カーターを擁して再演しています。

彼の作風でゆっくりしたナンバーやワルツには高い美意識が反映されています。
65年6月録音前作『コンポーネンツ』収録「リトル・ビーズ・ポエム」がその好例、多くのミュージシャンによって取り上げられています。

/ボビー・ハッチャーソン
タイトルのリトル・ビーとはハッチャーソン当時の幼い息子であるバリーの愛称、息子に捧げる詩(ポエム)として作曲されました。
幼子への愛情を感じる叙情性を持ったメロディが、ハッチャーソンならではの洗練されたモダンなコード進行とワルツのリズムによって、名曲に仕上げられています。
因みにバリーは現在ジャズドラマーとして、サンフランシスコ・ベイエリアを中心に活躍しています。

リズム隊によるイントロから始まります。ヴィブラフォンのよく伸びる音がメロディに相応しく、夢見心地を感じさせながら、時折意外な場面展開を含めながら淡々と進行します。
ハッチャーソンのソロからスタートします。音量のダイナミクスが半端なく付けられ、ヴィブラフォンの鳴らし方を熟知しているとも感じます。
ハンコックのソロはピアニッシモから始まり、ムーディかつ抒情的に、脱力感を伴いながら打鍵されます。
ラストテーマにはそのまま自然に入ります。クランショウとチェンバースの伴奏がテーマ奏、ソロイストの美学を彩りながら終始堅実に行われます。

3曲目ロホはスペイン語で赤の意味、ピアニスト、シダー・ウォルトンのオリジナルで同じくラテンの名曲オホス・デ・ロホ(赤い目)が存在します。
ラテン音楽と赤色は、情熱、エネルギー、そして強い生命力を象徴する組み合わせとして、視覚的にも心理的にも非常に相性が良いと思います。
濃いピンク(マゼンタ)〜赤系統の背景に大胆且つ優美さを感じさせるタイポグラフィを配した印象的でミニマルな本作のジャケット・デザインは、この曲名が由来とも感じます。
ピアノトリオによるイントロから始まります。楽曲やメンバーのリズムはラテン・グルーヴを感じさせます。ただチェンバースのドラミングはどちらかと言えばボサノヴァのリズムに近いように聴こえます。
60年代のブルーノート系ミュージシャンの演奏するラテンは、未だ本場中米のエッセンスを吸収し切れてはいませんでした。
シンコペーションを伴った快活なメロディがヴィブラフォンによってプレイされ、そのままソロに突入します。微かにハッチャーソンでしょうか、唸り声が聴こえます。
スムーズさを感じさせるソロラインが続き、ハンコックに交代します。
この頃録音された一連のサウンドに共通するものが存在するためか、ピアノ奏にアンドリュー・ヒルのタッチを感じます。アヴァンギャルドの要素も交えながら、リズム隊を巻き込み、ハンコック・ワールドを展開します。
その後短くクランショウのソロ、ラストテーマに入ります。
4曲目処女航海、両者を比較しながら話を進めて行きましょう。
まずオリジナル・テイク♩=125より幾分テンポが速く、♩=130に設定されています。
本テイクのイントロはCm7/Fのワンコードで8小節演奏されており、オリジナルの方はAm7/Dが4小節、Cm7/Fが同じく4小節の計8小節、微妙にマイナー・チェンジが行われています。
ピアノの打鍵にはオリジナルよりも力強さを感じますが、その後に登場するヴィブラフォン・メロディとの対比を促したと解釈出来ます。
テーマに入ります。音量をグッと落としヴィブラフォンによるテーマ奏が始まります。楽器の特性からでしょう、無機的でクールかつ透明な音色ですが、全く違和感なく耳に入ります。
トランペット、テナーサックス2管のアンサンブルとは全く別物で、尚且つ物足りなさは感じません。
楽曲の魅力とヴィブラフォンの音色との融合が的確に成されたと判断しています。
サビでのリズム隊はイントロと同様の音量で力強さを表現しています。この部分はオリジナルと同じですが、本テイクのダイナミクスの方がより顕著です。
ソロはピアノから、音量設定はテーマと同程度のメゾピアノに設定されています。ピアノがソロに専念すべく楽曲のパターンを演奏しないため、ヴィブラフォンが代役を務めています。
大海原を漂うが如きの大きくフローティングな打鍵、間を生かしたプレイは先発に相応しいと感じます。
とは言えフレージングには意外性を伴った様々なフラグメントを認める事が出来、ハンコックが持つイマジネーションの奥深さを知らされます。
これらフラグメントを抽出して集め、膨らませれば、何曲もオリジナル曲が出来上がりそうな勢いとも感じました。多作家ハンコックの原点に触れられたように思います。
続くヴィブラフォン奏に花を持たせたのでしょう、1コーラスで終えてソロを収束させます。
ハッチャーソンのソロが始まります。流麗でリズミカルなプレイですが、ハンコックと比してのスケールライクな演奏、メロディのフラグメントをさほど感じないメカニカルなアプローチです。
ヴィブラフォンと言う楽器の特性なのかも知れませんし、ハッチャーソンのパーソナリティに由来するのかも知れません。
構造的にヴィブラフォンは、演奏者自身に自分の音が最も良く聴こえる楽器です。より感情移入が出来そうなのですが。
ピアノによるパターンが聴かれますが、ソロの展開に伴い次第に形が変わって行きます。クランショウは安定感を伴ってパターンを順守し続けます。
演奏はメンバーの一体化が顕著になり、チェンバースの打奏が激しくなります。例えばここでのドラマーがオリジナルと同じトニーであれば、間違いの無い盛り上がりを提供してくれたでしょうが、チェンバースのステイしながらの寄り添い感にも魅力を感じます。
2コーラス演奏しラストテーマに入ります。カームダウンしてのメロディ奏にメリハリを覚えますが、サビは冒頭テーマほどに音量の大きさはありません。ハンコックの打鍵のダイナミクスに一任されているのですが。
エンディングはパターンが継続し、冒頭イントロのワンコードとは異なり、ソロフォーム8小節間と同様に2つのコードがループします。
ヴィブラフォンがパターンを演奏し、ハンコックがフィルイン的にソロを取り、再度のフローティングな打鍵を聴かせますが、ここでのまた異なったアプローチにも表現力の深さを感じます。演奏は比較的早くFade outします。
5曲目ヘッド・スタートはアップテンポのスイング、アクティヴなナンバーなので本作中ハイライトの一曲です。
A-A-B-A 32小節のフォームから成り、大きく捉えればジョン・コルトレーンのインプレッションズと同構造と言えます。
先発はハッチャーソン、ここでもスピード感が半端無いプレイを聴かせます。機械的な構造楽器とハッチャーソンの個性が合わさり、どうしてもサウンド的にモノトーンに陥りがちですが、ここはハンコックのバッキングに注目すべきなのかも知れません、実に多彩なアプローチが施され、ハイパーな音空間を、ともするとシリアスになりがちなところを、ジャズの本質を捉えながら何処か楽しげに、同時にある種のユーモアを交えながらカラーリングし続けます。
ここでの勢いそのままにハンコックのソロに繋がります。アイデア、サウンド、コードの魔術師は、自己のセッション、そしてマイルスとの共演で培ったセンスを遺憾なく発揮します。
この頃のハンコックのピアノ奏、タイムが転びがちなのはご愛嬌かも知れません、入魂から来る多少のラッシュは若さ故です。
その後ハッチャーソン再登場、ピアノソロに刺激されたのか、ソロ・パート・ツーは唸り声を上げながら、より緻密な内容を、リズム的にタイトに表現しています。
そのままラストテーマへ、ハンコックのバッキングはサウンド的により深く打鍵され、テーマの輪唱を交えながら打鍵します。ラストは大きくリタルダンドし、曲中とは別のコードを以ってFineとなります。
6曲目ホエン・ユー・アー・ニア、ヴィブラフォン共鳴管のファンの回転が速くなり、音色に深いヴィブラートがかけられているが如しです。
哀愁を感じさるメロディ、コード進行はハッチャーソンならではのもの、美の世界を表現すべくリズム隊は極小の音量で対応します。
ヴィブラフォン奏だけをフィーチャーし、短く演奏されます。
7曲目ジ・オーメンは本作中異色のナンバー、オーメンとは前兆の意味です。
冒頭ハッチャーソンがヴィブラフォンでインパクトあるサウンドを発し、次第にチェンバースのフリーソロがプレイされます。
終息後再びヴィブラフォンのパーカッシヴなアクセント、今度はピアノソロが行われます。イマジネイティヴな打奏が行われ、再度ヴィブラフォンのプレイがありハッチャーソンはマリンバを用いてソロを行い始めます。
チェンバース、ハンコックが加わり、パーカッションの音も聴こえます。
突然ドラムスソロが始まりマリンバ、ピアノがランダムに参加し空間を埋めますが、何かの前兆が提示され次に続くと言う構図を感じます。
ラストは全員の音がクラスターとなりサウンドの壁となって聳え立ち、Fineとなります。
ベースの参加は確認出来ず、打楽器的な要素を表現出来るヴィブラフオン、ピアノ、ドラムスのトリオによるコレクティヴ・インプロヴィゼーションとなりました。ひょっとしたらクランショウはパーカッションで加わったのかも知れません。

最後に、ハッチャーソンのオリジナル・ナンバーを中心に演奏した本作、処女航海のセレクションと演奏が大きなポイントとなり、メンバーの好演奏と相俟って彼の代表作のひとつとなりました。
様々な要素が絡み合って作品が出来上がる、本作はその配合の妙を確認する事が出来る格好のアルバムです。
