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ナイト/ジョン・アバークロンビー

 ギタリスト、ジョン・アバークロンビー1984年4月録音リーダー作『ナイト』を取り上げましょう。

録音:1984年4月2, 3日
スタジオ:パワー・ステーション、ニューヨーク
エンジニア:ヤン・エリック・コングスハウク
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー
レーベル:ECM

(g)ジョン・アバークロンビー  (ts)マイケル・ブレッカー  (key)ヤン・ハマー  (ds)ジャック・ディジョネット

(1)エザレゲエ  (2)ナイト  (3)3 イースト  (4)ルック・アラウンド  (5)ビリーヴ・ユー・ミー  (6)フォア・オン・ワン 

ナイト
/ジョン・アバークロンビー

 アバクロンビー11作目のリーダー作に該当します。
ギター、テナーサックス、キーボード、ドラムスのカルテット編成、ベーシストは参加せずオルガン奏者がフットペダルでベーシスト兼任となります。
  彼の初リーダー作1974年6月録音『タイムレス』のメンバーであるヤン・ハマージャック・ディジョネット(JDJ)のトリオにマイケル・ブレッカーが加わった形です。

タイムレス
/ジョン・アバクロンビー

 以降ラルフ・タウナーとのデュオ、自身のソロギター、バークリー音楽大学時代の学友であるリッチー・バイラーク、ジョージ・ムラーツ、ピーター・ドナルドらとのカルテット諸作、様々なメンバー、フォーマットによりリーダー作を発表し続けたアバクロンビーです。
 処女作から丁度10年を経たモニュメント的な意味合いがあったのかも知れません、原点に帰りつつ更なる展開を目指した、マイケルを招いてのレコーディングとなりました。

マイケル・ブレッカー

 マイケルとは両者の活動最初期、70年前後に活動していたランディ・ブレッカー、ウィル・リー、ドン・グロルニック、ビリー・コブハム達から成る幻のジャズ・ロック・バンド、ドリームスからの付き合いになりますが、アバクロンビー自身が彼を作品に招くのは初めてになります。

ドリームス

 アバクロンビーは以降もカリスマ・コンテンポラリー・ギタリストとしてシーンに君臨し、数多くの作品を制作し続けました。
レーベルも多岐に渡りますが、本作と同じ古巣のECMでのリーダー作が圧倒的に多く、総じて同レーベルを代表するギタリストと言えます。

 同レーベルに於ける彼のリーダー・アルバムは総数20作に上り、参加作ではデイヴ・ホランド、JDJから成るバンド、ゲイトウェイで4作、JDJのリーダー作で5作、チャールス・ロイド4作、ケニー・ホイーラー3作、デイヴ・リーブマン2作、エンリコ・ラヴァ2作、コリン・ウォルコット2作など、総数50セッション以上に及び、同レーベル最多登場ギタリストです。
 彼がプロデューサー、マンフレート・アイヒャーのお気に入りであったのは勿論でしょうが、知的且つ音楽的な危なさを有した浮遊感溢れるサウンドが、レーベル・カラーに合致したためのハウス・ギタリスト・ノミネートなのでしょう。

ジョン・アバクロンビー

 個性的なレーベルであるECMとアルバムの関係性について考察してみたいと思います。
 そもそもジャズアルバムをリリースするレーベルは昔から数多く存在しました。
ジャズはご存知の通り米国で産まれ育った音楽、母国では優れた作品、魅力的なアルバムを制作し世にアピールしたいとする制作者、プロデューサーを多数確認出来ます。彼らはレーベルを立ち上げレコード会社を興し制作に勤しみます。

 具体的なレーベル名を挙げればブルーノート、ヴァーヴ、アトランティック、インパルス、リヴァーサイド、CTI、プレスティッジ、コロムビア、コンテンポラリー、キャンディド、パシフィック…
数作のみを制作して泡沫のように消えて行ったレーベルは枚挙に遑がありません。

 50年〜60年代はレコードを制作すればそれなりの売れ行きと利益があり、ビジネスとしても魅力的な分野でした。レーベル・オーナーの殆どがユダヤ人であったのも頷けます。
 各々のジャズレーベルはいずれもレーベルなりの個性があり、ミュージシャンのそれと相俟って時代とも合わさり、世に送り出され内容毎の評価を受け、決定的なクオリティの作品となればエヴァーグリーンとしてジャズシーンに燦然と輝き、大きなヒットを収める事になります。

 その後もジャズレーベルの勃興は米国内に留まらず世界中に広がります。
ジャズ・ミュージック自体がそれぞれの国の文化や風土に影響を受けながら、全世界に拡散し定着して行ったのと同じように。

 ヨーロッパ、そして日本でも信念を持ったプロデューサーが独自のジャズレーベルを打ち立てます。まず日本ではタクト、スリー・ブラインド・マイス、欧州ではスティープル・チェイス、ストリーヴィル、エンヤ、ホロ、レッド、取り分けドイツ・ミュンヘンに本拠地を置くECM(エディション・オブ・コンテンポラリー・ミュージック)は特徴的なレーベル・カラーを有しています。
 ECMはその透明感あふれる独特のサウンドと、ドイツ人プロデューサーであるマンフレート・アイヒャーの一貫した音楽感、人選、選曲から録音に至るまでの拘り抜いたポリシー、美意識を有しています。
レーベルのスローガンは『沈黙の次に最も美しい音』です。

 レコーディングにはレーベルを代表するエンジニア、ヤン・エリック・コングスハウクらを起用し、残響成分の多い録音状態、クラシック的なアンビエントを聴かせています。
エッジーでジャズ的なアタックの強い、例えばルディ・ヴァン・ゲルダーの音造りとは全く異なる方向性を示していると言えます。

 またECMの特徴的であるアルバム・ジャケットの透徹なアート・ワークもレーベルを彩る特徴の一つ、印象派の如く視覚に訴えるシンプルさを生かし、美的感覚はアルバム鑑賞と一体化しておリ、ここにもアイヒャーの美学が反映されています。
 ECMに於けるアート・ワーク、デザインや写真家にはバーバラ・ヴォユルシュ、クリスチャン・シュミットほか複数のアーティストを起用しています。
 50〜60年代のブルーノート・レーベル、辣腕プロデューサーであるユダヤ系ドイツ移民アルフレッド・ライオンと、秀逸なジャケットを数多く手掛けたデザイナー、リード・マイルズは、ジャズ作品の内容とジャケット・アートの関係性に初めて意味を持たせたと考えています。因みにマイルズ自身はジャズに然程興味が無く、主にクラシック音楽を鑑賞していたそうです。

 ECMレーベルは今までに1,800作以上の作品を発表しています。現在進行形のレーベルゆえに今後も優れた作品がリリースされる筈ですが、ECMのアルバムにはそのクオリティ、内容の間違いの無さが付加価値として存在し、購入者へのギャランティ(保証)に成り得ると捉えています。
早い話ECMのアルバムには駄作がありません。

 因みにECMの名前にはマンフレート・アイヒャー、Manfred Eicher、EiCher Manfredの頭文字を取ったアナグラムに由来するという説があります。

マンフレート・アイヒャー

 それでは作品内容について触れて行きたいと思います。
 1曲目エザレゲエはハマーのオリジナル、プログレッシヴ・ロックを想わせるかのイントロで始まります。シンセサイザーとギターによるサウンドでしょうか、楽曲のムード作りに大いに貢献しています。
 JDJの繰り出すレゲエのリズムにハマーのベース音が絡みます。以降本作に於ける両者の関係がグルーヴを決定付けています。

 テーマ奏開始です。美しくキャッチーなテイストを併せ持ったメロディラインですが、ギターとキーボードがとてもラフにユニゾンを奏でているのが分かります。これはメロディの揺らぎを敢えて表現すべきのアプローチと理解しています。
 二人は勿論タイトなリズムを伴ってテーマを演奏する事も可能でしょうが、このファジーなプレイが楽曲を異なる世界に誘っていると推測出来、加えて作品冒頭に配しているのでアルバムのムードを決定付けています。

 タイトルのエザレゲエとは造語ですが、思うに仮想物質エーテル=etherとreggaeを掛け合わせたもの、仮想のレゲエですからメロディラインは明確である必要は無く、不揃いが相応しいのでしょう。

 テーマ奏後はビートの弱拍にアクセントを置くレゲエのリズムが本格的に始動し、ハマーのキーボードソロが行われます。JDJが随所にアクセントを施し、音空間の密度が高まりつつ展開し、マイケルの登場です。
 テイストとしてフュージョン色が強いテナーの音色、アプローチからスタートします。
レコーディング84年4月はマイケルの使用マウスピースがボビー・デュコフかデイヴ・ガーデラか微妙なところですが(同年からガーデラに変えたと言われています)、音色から判断するとデュコフではないかと思います。
テナー本体はいつもの米セルマー、マークⅥ、シリアル・ナンバー86,000番台です。

 JDJの連打がマイケルのジャズ魂を揺さぶり、熱いフレージングを引き出し、丁々発止とコール&レスポンスを行います。
その後イントロのパターンを踏襲したキーボードのバッキングを得て、アバクロンビーのソロが始まります。JDJの猛攻を受けて激しさを伴った撥弦を聴かせ、ハイパーギター状態となり、そこにマイケルが割り入ります。
アバクロンビーのプレイを踏まえてサポートする形でテナーソロが炸裂し、フリークトーンも交えながらのプレイ、JDJのドラミングが火に油を注ぐかの凄まじい煽りを聴かせながら、Fade outとなります。

 2曲目タイトル・チューンのナイト、この曲以降は全てアバクロンビーのオリジナルになります。
 ギターの物悲しいメロディを交えたアルペジオによるイントロから始まりまりますが、前曲から一転しての哀感漂う楽曲には多くの含みを感じさせ、テンポを一定させず、リズムの揺らぎを聴かせるコンセプトで演奏が進行します。

 イントロ後テナーのメロディ奏、JDJがシンバル系でカラーリングを施します。この時点で未だハマーの伴奏は聴かれませんが、テーマ後クリアーなタッチでソロを取り始めます。
ギターのアルペジオを中心とした伴奏がコード進行を提示し、ベース不在の隙間ある音空間を彩ります。
続いてのテナーソロ、メロディに準じたラインを提示しながら展開して行きます。音量の大小、豊富なニュアンス付けに入魂振りを感じます。
 ギターソロではピアノのバッキングが楽曲のフォームに基づいて打鍵され、支配的に響き、程なくラストテーマを迎えますが、ギターはソロが継続しているが如く撥弦、マイケルのメロディ奏は冒頭とは異なる、よりダイナミクスを聴かせる吹奏に変わります。

 エンディングはたっぷりとリタルダンドを効かせながらFineとなります。
短い演奏ですが様々な要素を組み込んだ、夜の深遠さを語るかの演奏に仕上がりました。

 3曲目3 イースト、その名の通りの3拍子、テイスティなメロディと構成を持ったナンバーです。
 イントロはハマーの奏るハモンド・オルガンによるリズミック・パターンが、JDJのエルヴィン・ジョーンズ・ライクなビートを刻むドラミングと合致しながら進行します。
 テナーとギターのメロディ奏開始に伴い、オルガンのリズミック・パターンは音色を変えながら弱音化し伴奏感を強めます。
当然メロディラインが際立ちますが、アバクロンビーがリピートを失念していたため、そのミスが明確に表れると言う副産物が生じました。
 この曲に於いてもテナーサックスとギターのテーマ・アンサンブルにラフなものを感じますが、1曲目ほどの確信犯とは言えず、単にアバクロンビーのケアレスミスが続いた事に起因するのではないかと睨んでいます。
とは言え楽曲は展開部に魅力的なテイストが織り込まれ、作曲に於けるアバクロンビーの音楽性の豊かさを表現しています。

 ソロの先発はギター、JDJ、ハマーを従えてスピード感溢れる刺激的ラインを構築します。ハマーはベースとコードの両方を担当しますが、ドラムスとのグルーヴ、アバクロンビーのソロへのレスポンスに確実なものを聴かせる、マルチプルさを発揮しています。
 うねるが如く撥弦されるギターラインに対するJDJのドラミングは、スポンテニアスにしてクリエイティヴ、天から舞い降りるインスピレーションに身を託しています。

ジャック・ディジョネット

 イントロのパターンが提示されその後ラストテーマへ、アウトロでテナーのソロが始まります。マイケルとJDJの組んず解れつ状態が続き、いきなりマイケルからエンディングに向かうメロディ・フラグメントの提示があり、一瞬の空白があって伴奏が追従します。
 その際に珍しくマイケルがメロディを1音間違えているのは「皆んな出なかったけど、エンディングはこのやり方で良かったのかな?」と言う省察があったからと感じました。

 4曲目ルック・アラウンドは作品中最長の演奏時間を有するナンバー。
沈痛な面持ちのスロー・パートをメインとし、ヴァンプ部分では一転してシャッフル風の快活なグルーヴにチェンジします。この繰り返しにより演奏される、メリハリのある構成を有します。

 ギターソロが先発、JDJのカラーリングはアバクロンビーの饒舌なウネウネ・ラインの間隙を縫うように、パーカッシヴに繰り出されます。
ギターソロが佳境に達する少し前から、ヴァンプにナチュラルに移行出来るようJDJがフィルインを開始、その際にアバクロンビーはシンセギターを用いて場面を活性化させます。
 ドラムスの連打が全く相応しくカラーリングを行うのは、ドラムスを演奏するのは単に打面を叩いてリズムを繰り出す行為ではなく、音楽を奏る手段としての打奏なのだと、納得させられます。

 ギターソロ終了後場はクールダウンし、マイケルがスネークインしながらソロを開始します。
間を聴かせるべくスペースを多く取りながら、次第に熱を帯び、アウトしたハイパーなフレージング、オーヴァートーンから派生したフリーキーなライン、リズミック・アプローチ、引き出しの多さを提示しながらソロを展開します。
ただ幾分普段の演奏よりも硬さを感じるのですが、プレイ上で何か気になる事があったからでしょうか。
 ハマーの寄り添いを伴いながらJDJはマイケルに確実に対応し、そしてヴァンプに必然性を持たせながらフィルインを連打し移行させます。JDJの常にブレのないプレイを再確認しました。
ラストテーマではJDJ、取り分けヘヴィーでレイドバックしたプレイを聴かせながらFineとなります。

 5曲目ビリーヴ・ユー・ミーはアップテンポのワルツ、リズム隊のイントロからスタート、程なくマイケルとアバクロンビーによるスピード感溢れるメロディがプレイされます。
この部分がリピートし、その後展開部に入ります。メロディはギター一人が担当し主題部分に戻ると言うフォームです。

 ソロはアバクロンビーから、ハマーが奏るベースライン、コード・プレイはJDJと一体化し、恰も複数のラテン・パーカッション奏者が織りなすグルーヴの極みの如きを提供します。
 その後猛烈な勢いでマイケルのソロが始まります。当然JDJの猛攻も付随し、テナーのフレージング、表現すべきヴィジョン、ソロのストーリー等全てを俯瞰しながらの伴奏ですが、ここまでの寄り添いは他ドラマー誰も行う事は出来ません。
 続いてハマーのソロではアバクロンビーの奏るパターンが支配的ですが、ある種の制約を伴う事で演奏に一貫性が生じると見ています。

 その後ラストテーマに入り、JDJのドラミングは更なる展開を示し、パターンとハマーの打鍵を伴ってのドラムソロ、マイケルもオフマイク気味に効果音を用いてプレイし、ドラムの打奏をバックアップします。
ラストはFade outにてFineです。

 6曲目フォア・オン・ワンはアルバム中最速のナンバー。作品は曲数を重ねる毎にエキサイトして行きます。
ウェス・モンゴメリーのオリジナルに類似タイトルであるフォア・オン・シックスがあるのは偶然ではないでしょう。

 ユニークな構成のナンバー、冒頭テナーとギターの摩訶不思議なラインの提示があり、ドラムスのアクセント、ハマーとのベースライン、打鍵との合致具合、グルーヴに耳が奪われます。
 その後ギターとドラムスのデュエットで演奏が行われます。アバクロンビーのうねりにJDJが寄り添いながら展開し、テーマ奏が行われハマーのベースがカムバックし、マイケルのソロになります。
超アップテンポの演奏、メンバー一丸となってマイケルをサポートしますが、この頃の彼は未だオントップにプレイしていたのでタイムに些か余裕がありません。
イーヴン8thに於いては申し分ありませんが、スイング・ビートの際のレイドバック、音符の長さ、リズムのノリには、マイケル本人も気になる所であったでしょう、硬さを感じさせる部分はここに起因しているのかも知れません。

 ドラムスソロです。ここでも決して定型的なフレーズを叩かず、創造性を感じさせるプレイに徹しています。
その後エンディングは突然やって来ました。ハマーが主導しマイケル、アバクロンビーと順次テーマ奏をプレイしFineです。

 最後に、アバクロンビーのアルバム・デビューから10年を経たアニヴァーサリーとしての本作品、スリリングにして豊かなプレイを提供してくれました。
フュージョン全盛時代にジャズ色の強い作品を仕上げた訳ですが、1曲目に比較的ポップなナンバーを配した事で、時流に配慮した様に感じます。
 JDJはジョン・スコフィールド、ラリー・ゴールディングス達と04年11月にオルガン・トリオ、トリオ・ビヨンドを結成して、傑作ライヴアルバム『サウダージス』を録音します。
本作『ナイト』のコンビネーションから、オルガン奏者にゴールディングスかハマーかの人選を迷ったかも知れないと、想像しています。

サウダージス
/トリオ・ビヨンド



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