テレワークゆり物語 (26)永遠の上司
その人は、おしゃれなトレンチコートを来て、工場内の機材や書類に囲まれた狭い通路を、さっそうと歩いて出社していた。
新卒でシャープに就職し、奈良の情報システム事業本部のコンピュータ事業部で働き始めて2年ほど経った頃だったと思う。天理にある研究所の所長が、コンピュータ事業部長として着任されたのだ。
研究所の所長は、やっぱり違うよね。女性社員の間でも評判だった。
そんなある日の朝礼。事業部長の声が響き渡った。
「君たちが、ここでタバコを吸うことで、吸わない人の寿命を縮めている!」
今なら「当たり前でしょう」という話だが、当時は、衝撃的な発言だった。
愛煙家の管理職と、研究所から来たばかりの事業部長とのバトルが始まった。ペーペーの私は、ただただ驚いて、見ているばかり。でも、そこにいたすべての女性社員が、心の中で「事業部長、イケー、イケー!」と叫んでいたはずだ。
実は、その頃の女性社員の毎朝ルーティーン業務は、「男性社員が使った灰皿を洗う」ことだった。吸い殻が入ったままなので、手にタバコのにおいが染みつく。今だと「ありえない」が、当時は、オフィスでたばこを吸うのは普通のこと。これが女性の仕事と言われたら、割り切るしかなかったのだ。
メーカーの事業部という旧態依然とした場に、新風を吹き込んだ事業部長は、西岡郁夫氏。戦略的商品の開発・販売、女性活躍の推進、オフィスの環境改善など、西岡事業部長のもと、事業部は大きく変わった。
西岡事業部長のもと、私が直接部下だったのは、数年だったが、世界最小最薄ノートパソコンの緊プロに参加させていただいたり、当時のシャープ辻社長へのプレゼンの場に同席させていただいたり、西岡流の『仕事の哲学』をみっちりご指導いただいた。
その後、シャーブを退職された西岡氏は、インテル(株)の代表取締役社長として活躍された。今は西岡塾で、次の世代のビジネスリーダーの育成に尽力されている。
今でも、「田澤さん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
と言われると、内容を聞く前に「はい、承知しました」と答える。
私にとっては、30年の月日が流れた今も「永遠の上司」なのだ。
※写真は、西岡郁夫さんの著書『一流マネジャーの仕事の哲学』の表紙。シャープでの事業部長時代の話もたくさん登場している。
