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しず丘の旅 後編

風呂にゆっくり入る

東京での疲れと、久々の山道の疲れが相まって、もう飲む気も起こらない。

テレビ番組表を見ると、面白そうな番組が二つあった。

一つは、もう始まっている、午後9時からのNHKスペシャルで、熊について。

もう一つは、午後11時間からの情熱大陸で、木村多江さん。

午後10時台は見るものがないと思っていたら、俳優北川景子さんのロングインタビューをやっていて、それも見入ってしまった。

俳優として生きることの大変さ、結婚を期に役どころが変われたことなども語られていた。

そして、情熱大陸へ。

私は映画「ぐるりのこと」を、何度もDVD等で観ていて、それが木村多江さんの初主演だったはず。

木村多江さんというと、その他に「美の壺」のナレーションや、阿佐ヶ谷姉妹の物語を思い出す。

考えてみると、ぐるりのことも、阿佐ヶ谷姉妹のドラマも、木村多江さんと安藤玉恵さんは「姉妹」だ。不思議な縁だ。

そんな木村多江さんは、小学5年生の時に見た演劇部の芝居で救われたそう。

そこから俳優を目指し、自分が何かを演じている時だけ、自分になれる、と言っていた。

さまざまな泥くさい役を望み、日々いくつものドラマを並行して演じる。オフの日にはセリフを覚えなくていいことに、ほっとするそうだ。

彼女曰く、歳をとるほど、演技以外に自分の体のメンテナンスにも時間をかけなければいけない人生は大変だが、自分が演劇や演技に救われたように、自分のやっていることが誰かのためになることも願って続けているそうだ。

この番組の中で「いきなり本読み」という活動にも参加した時の映像が流れてきた。

「いきなり本読み」とは、俳優さん四人位に参加してもらい、舞台の上でいきなり本を渡し、役を決めて、読み始めるというもので、自分も興味があった。そして、その一部を見ることができた。

ただ読み合うだけではなく、演出家の方が、読んている途中で、俳優に注文をする。

木村多江さんには、「おとなしい範囲内で読んでいる。その壁を越えて読み進めてください」というと、本当に一気に壁を越えて、涙を流しながら読み始めた。その声は読んでいるとは思えない、心を打つものだった。

凄いものを見た。

今日、ここで見たことは必然な気がした。

テレビを消すと、深い眠りに落ちた。

 ◇ ◇ ◇

翌朝、9時半にホテルを出る。

静岡市方面に歩いて20分程の所に、知る人ぞ知る「杉錦」という昔ながらの酒造りに特化した小さな蔵があり、そこで日本酒を一升瓶4本をめどに買うことにしていた。

ちょうど開店の10時に着いて、事務所のような所に入る。

手間暇のかかる作り方の様々なタイプの杉錦がウルトラの兄弟のように並んでいる。

値段は見ずに、作り方で4本を選び、酒粕もお願いして、配送してもらうことにした。

対応してくださったのは社長さんだった。


 ◇ ◇ ◇

今回の旅の一つのピークが終わった。

あとはメインイベント、観劇だけだ。

無事にここまで終わった、と肩から力が抜ける。

藤枝から一つ静岡寄りの西焼津駅まで歩き、電車に乗って東静岡駅へ。

今日の舞台は、ここだ。SPAC。

駅からすぐの劇場に着くと、建物の向こうに富士山が見える素晴らしいロケーションだ。

上演1時間前からチケットの引き換え開始。

静岡県は県立の劇団があって、ここを拠点として彼らは演劇をする。そして一般人だけでなく県内の中高生にも授業として観劇できるプログラムがあるようだ。そんな事を劇場の人が高校生たちに言っているのを小耳に挟んだ。

この日は浜松の、ある高校の生徒たちの為の上演で一般販売はされていないが、つてで購入、観劇することができた。

開始は1時半からなのに、1時10分には席に着くようにスタッフの人が高校生たちに言っている。

なんでだろう、と思いながらも自分も時間を合わせて席に着くと、席は明るく舞台の上はまだ暗い中で、みんながざわついていた時、ふと気がつくと、一人の俳優が暗い舞台の端からいつの間にか現れて、静かにゆるやかに舞っている。

それに気づいた生徒たちから次第におしゃべりがなくなり、最後には無言になり、席は暗くなり舞台が明るくなり、始まる。

いきなり、ハムレットのストーリーを、一人の俳優が数分で言ってしまう所から始まる。

最初はゆっくりと遠回りのストーリー展開で高校生との壁を崩していって、少しずつその遠回りの円周が小さくなりスピードを上げるかのように核心部分に近づき、物語は進んでいく。

生と死、名誉と下層、親と子、憎しみと愛、ハムレットで語られる要素が、どんどん動き出す。

観ている高校生にも、もうそれらのさまざまな感情が、日常の中で芽生えているだろう。

それらを、舞台の上の人生の先輩たちが表現して、彼らに突きつけていく。

全部は分からなくても、一つでも刺さるものがあるだろう。一つも刺さらなくても、大人になって「あっ、あの時の舞台で言っていたことは、これだったんだ」と気づく人もいるだろう。

演出家の上田久美子さんも、高校生時代、多感で自分自身の価値観をしっかり持っていた人だったと想像する。

高校生時代の上田さんが、この生徒の中にいて、上田さんはその彼女に向けて演出していたんじゃないか、そんな物語をふと私の頭の中で考えた。

木村多江さんが演劇に救われたように、今日見た高校生の中に、救われ、新しい自分の可能性を感じた人がいるかも知れない。

舞台上の俳優さん達は、ハムレットの中の役を演じるかと思えば、役を終えると、ふと虫のような、あるいは早送りの植物の動きのような動きのパフォーマンスに戻る。

これは、「壮大な」人間の営みや悲劇も自我も泡沫うたかたであり有限で、自我を持たない自然界の無限性と対比したものなのかも知れない。

そしてフィナーレへ。

みんな土の中へ。そして再び土の外へ。

再生だ。

観劇を終え、ホールを出る。2階から1階に降りる階段の大きな窓から、真っ直ぐに富士山が見えた。

富士山が一瞬、私の中の自我をみてニヤリと笑った気がした。

 ◇ ◇ ◇

さぁ、土の中に帰るまでに、家に帰ってもう一仕事だ。人間界のすべてを飲み込んで、生きよう。

しず丘の旅 終わり