企業就職にしようと考えた夜
私が博士過程当時、進路をアカデミア→企業に変えたときの経緯について述べていきます。
0. はじめに
こんにちは。てぃーです。
博士課程からの進路はキャリアの転換点のひとつでもあり、悩む方も多いと思います。このブログで書くように自分の場合はその場その場で変わってしまったので、参考になるかは怪しいのですが、ひとつのリアルなキャリアとして綴っていきたいと思います。
1. 「教育のできる教授」になりたい
(1) 学部3年生時に感じた違和感
私は学部3年生時に
大学に入って、
友達や人生勉強の観点:良いものはたくさん得られた
勉強の観点:「この大学に入って良かった!」みたいな想いは抱けなかった
せっかく大学受験で一生懸命勉強して入ったのに勉強の観点で良い感想がないのは残念だなぁ
となんとなく思っていました。
ここで一つ補足しておきたいのですが、私は"良い"学生ではありませんでした。授業=単位を貰えれば良いと考え、講義を熱心に聞かず、テストのための勉強という日々だったので、私の姿勢にも問題はたくさんあったというのは強く主張しておきます。
(2) 3年続けたスポーツインストラクターで学んだ教える姿勢
私は学部生時のアルバイトでスポーツのインストラクターをやってました。その時にバイト先の先輩から
この仕事は、伝えたい自分の想いが必要
例: 生徒さんがそのスポーツを好きって欲しい。来てよかったと思ってほしい。
→そのために、わかりやすく教えたり、丁寧に教えたりする。
という一つの姿勢を教わり、私はその姿勢にとても共感しました。
(3) 学んだ教える姿勢を通して、大学の授業を振り返ったときに
その教わった姿勢の目線で大学の授業を見てみると「~が分かって欲しい!」「~を伝えたい!」という想いを感じられる授業がとても少ないと私は思いました。
※博士課程を経験して教授陣の仕事量の実態を見たら、それは仕方ない...となりましたが、当時はその実態は見えていなかったので...
繰り返しになりますが、私は"良い"学生ではありませんでした。
しかし、私のような「高校で何となく大学受験を意識して、得意科目+なんか良さそうという感覚から専攻を選び、大学は卒業できればいいや」という考えの学生は多いのではないか?と思っています。
(2)の伝えたい想いがあれば(より表現できれば)、勉強の観点で「この授業を受けてよかった」との感想に繋がり、大学に入って良かったと思える人を増やせるのではないか?
上記の考えをまとめると下記のようになり、そのためにはまずアカデミアに残り教壇に立てるようにならなければ!と考え博士課程への進学を決めた記憶があります。
問題意識:自分のような"良くない"学生は一定数おり、(恐らく)彼らは学問への興味や好奇心は持てない。それはなんか悲しい。
解決方針:教える姿勢に共感した自分が、大学の教壇に立てば今までとは異なった授業をして、勉強の観点で良かったと思える人を増やせるのではないか?
大学での授業への姿勢における意見は「大学にも入ったら自主的に学ぶもの!」「教え方がよくない!」等意見は様々な色々とありますが、あくまで個人の感想です。
2. 糸が切れた瞬間
「"教育に注力した大学教員"になる!」との想いを胸に、修士を修了し博士課程も日々頑張っていました。その中では、アカデミアへの対応や現在の置かれている状況もよく目の当たりにしました。
日本は大学や科学技術へのお金を減らし続けていることはよく話題になりますが、その逆風にも歯向かって「俺はいい先生になるんだ!」と自分に言い聞かせていました。
ですが、D2の5月くらいに下記のニュースを目にしました。内容は「大学院生は授業料無償の対象外」というものです。
「こんなのいつものこと」というレベルの内容ですが、これに対して私は
この国は本当に科学技術や将来を担う人にお金をかける気はないんだ
と"心から"思ってしまいました。ある意味心が折れた瞬間ですね。
それも考慮して、「自分はどんな未来を生きたい?何が幸せに感じる?」と問い直した結果、(アカデミアと比べたら安定している)企業に通って仕事してある程度定時で帰れて安定した仕事がいいと思いました。
空いた時間は家族や趣味のテニスに勤しむのが"自分の"幸せと思い直しました。
※「自分の幸せ」なので人によって価値観は違います。
こんな経緯で企業就職にしようと考えたのですが、この決断に至るまでの潜在的な理由もいくつかあったためそちらも紹介していきます。
3. 潜在的理由① 業績が少ない
当時の私は論文1本(+2本予定)で修了には充分な本数だったのですが、アカデミアで"確実"に生きていく為には、10本とか圧倒的な数が必要だと思っていました。
必須であるというよりは面接で経歴書見られて「君いいね!」って目を引くイメージですね。
研究室の環境や教育方針もありますが、沢山業績を出せた訳ではなかったので、将来自分が上手にアカデミアで生きていけるイメージが湧きませんでした。
4. 潜在的理由② お金を取ってくる実力がない
ここで「お金を取ってくる実力」=「通る申請書を書く文章力」です。
私の場合は、学振は全部C、加えて他の申請書も何本か書きましたが通りませんでした。
申請書は内容✕書き方なので、魅力的な内容を思いつく研究室や先生の通す手腕も大きく依存はするのは一つの意見としてありますが
とはいえ、自分の能力が占めるところも多く、成功体験ができなかった自分としてはやはり「お金を取ってくる実力」の無さを痛感しました。
5. 潜在的理由③ アカデミックのポストが不安定過ぎる
上記の2点の実力が無いことに加えて、数年毎にポストを更新しなければいけないという不安定性も私のキャリア選択に大きく影響しました。
私は、博士課程当時でさえ「論文が上手くいかなくて3年で卒業出来なかったら...」と考えて夜寝れなくなるくらい不安がちだったので、これがアカデミアになっても続くのはとても辛いと思ってしまいました。
また、賃金や福利厚生のお金の面も安いところが多く、今後生きていくのに不安を感じざるを得ませんでした。
これらの潜在的不安が溜まっていて、最後「大学院生は授業料無償の対象外」のニュースが転機となった感じですね。
6. 企業就職してみてどうなのか?
企業とひと括りにしても、色々な企業があり更に部署ガチャもあるので、そのバイアスはありますが、
私の感想としては
とっても良いです!!!
③のような不安が無いのが私にとっては大きいです。
(だからと言って慢心しているわけではなく、日々精進はしております。)
私は研究熱狂勢では無いので、仕事は研究職がいい!!という拘りもないので、その手の不満が無いのも満足感の高い要因の一つかもしれません。
この辺りは「博士卒業が企業で働いてみた」などのタイトルで今度書いていきたいと思います。
7. おわりに
今回の経験を通じて、
キャリアを選ぶ段階では「自分がどんな人生なら幸せか?」
という疑問がとても重要であると考えました。
博士課程で生活の割合を研究に重め振った経験をしたので、「私はこれじゃないな」という判断を納得がいく形でできました。
最後にメッセージとして、
アカデミアを選んでも企業を選んでも、自分のキャリアに対して世間では様々な評判があると思います。自分の人生は自分しか責任が取れないので、世間の評判には惑わされすぎず、決めていけることを願っています。
補足
今回の話は、私の価値観に基づいて、現状のシステムや私の能力を考慮してキャリアの選択をした一例なので、アカデミアの選択肢を批判している訳ではありません。
そこは誤解なきようお願いします。
