「スカートめくり」裁判
昭和51年のある日、京都市内の某小学校5年1組の4時限目に、学級委員の男女2名が司会を務める、週に一度の学級会が開かれていた。
そこで、女子のリーダー格の直子が、顔を真っ赤にして熱弁をふるっている。
「ここ最近、男子たちのあいだでスカートめくりがはやっていて、私たち女子はとっても困っています。休み時間に廊下のすれ違う時に、悪ふざけでめくってくるんです。何とかしてほしいです」
続いて、直子と同じ女子グループに属する恵美も続けて発言した。
「私も一日に3回ぐらいスカートをめくられています。びっくりして泣く子もいます。それに、男子は女子にいろいろとちょっかいをかけてきて、嫌な言葉をかけてくることもあります」
学級委員の大森君は、無表情に恵美に尋ねた。
「例えば、どんな嫌な言葉をかけてくるのですか?」
「そんな言葉、この学級会で言いたくありません」と恵美。
「じゃあ、スカートめくりとか嫌なことを言ってる人は誰なんですか」と、学級委員の木下幸恵さんが訊いた。彼女は典型的な優等生で、直美や恵美の女子グループとは普段接することのない生真面目タイプの女子だ。
「そんなのいろんな人にきまってるじゃないの」と女子が口々に話す。男子も「そんなん、気にすんなや」「お前らなんかに、オレ眼中にないから」と口々に騒ぎだした。
やれやれいつものことだ、と僕はため息をついた。
「みんな、静かしてください!」
大森君と木下幸恵さんが教壇の上から、声をあわせてクラスメートをなだめるように言った。担任の中年男性教師・石田先生は、教壇脇の窓際にパイプ椅子を置いて座り、トロリとして目でクラス全体をみて黙っている。きっと、昨日のPTAとの飲み会で派手に飲んでた、と僕の親父が言っていたので、まだ二日酔いが残っているのかもしれない、と思った。
石田先生はボソッと
「そうや、女子の嫌がることを、男子の誰がしたのか、みんな黒板に名前を書いてみたらどうや」といった。
わが意を得たりと微笑んだ直美は、「はい、先生の言う通りだと思います。スカートめくりとか意地悪をした男子を黒板に書きましょうよ」と言った。
大半の女子は「いいわね、そうよ」と女子最大派閥の首領・直美に賛同した。
「じゅあ、男子の名前を黒板に全部書きますので、意地悪をした人に一票づつ入れるのはどうでしょう」
と、学級委員の木下幸恵さんがクールに提案する。
男子は全員ドン引き状態だったが、会議の主導権を女子たちに奪われて、集団で思考停止状態となって黙りこみ、特に反対をする者はいなかった。
僕は石田先生の表情をみたが、その妙な投票をとがめる様子はなかった。
木下幸恵さんは、黒板に男子全員20名の苗字を書き出した。当然、僕の名前も入っている。
「じゃあ、名前の下に票を入れていきましょうよ」と直美はクラスの女子に呼びかけた。
「私は一票じゃすまないから三票いれるわね」「私は5人からスカートめくられたから五票よ」と20人の女子たちは話しながら、むしろ楽しそうに黒板に群がって、次々の男子の苗字の下に「正」の字を書いていった。
5分後、黒板には20名の男子の苗字と、正の字が並ぶ文字が残された。
ひどい男子は、苗字の下に正の字が三個、つまり15人の女子の告発の線が引かれていた。あの、学級委員の大森君すら2票入っている。
苗字の下に一本も線が引かれていない人間は、おとなしい男子が2名。日野君と・・・そして僕の二人だけだった。
そう、僕は女子に悪さをすることはなかった。スカートめくりも可哀想でできなかった。別に、心優しいというわけではないが、なんか女子にちょっかいをかける行為が、いいようもなく「嫌な感じ」と思っていた。
僕は自分の身の潔白が証明されたその黒板の統計に、独り満足していた。そうだよ、僕はクラスの女子には何の悪いこともしていない男なんだと。
ところで、もう一人の非暴力の男、日野君はどうなんだろうと、彼の顔をみたら、少し寂しげには見えたがしっかりと微笑んでいた。女子からの攻撃を受けなかったことにホッとしてるのかもしれない。
女子たちは、口々に結果を見ながら話しをしている。
「大森君も意外とやるわね」
「佐藤君や木村君からもスカートはめくられたけと、後でゴメンねと謝ってくれたし、意外と優しいのよ」
「戸田君からは、いやらしい言葉をかけられたけど、きっと本気じゃなかったのよ」
「でも、こう見ると、元気でいい男子ほど、女子にちょっかいを出しているのかもね」
おやおや、なんだか、風向きが変わってきている。
石田先生は、仕方がないなという表情をしながら教壇に上がり、クラス全員に話しかけた。
「こんなに、多くの男子が女子たちにちょっかいをかけていたことは、問題だと思う。スカートめくりなどは非常に幼稚な行為だ。すぐにでもやめてほしい。女子を追っかけたり、ちょっかいをかけたり、ちょっとぶったりするのも幼稚なことだ。そんなアホなことは早く卒業することだ。君たち男子ももうすぐ6年生だ。2年後には中学生なんだぞ」
・・・だがな、と先生は続けた。
「ちょっと女子にちょっかいをかけたくなる男子の気持ちはよくわかる。先生も、君たちの年齢のころはそうだった。特に好意を持っている女子ほど、ちょっかいをかけたくなるもんだよな」
「いやいやそんなわけないやん」「おれ、べつに山田のこと好きじゃないし」・・・と男子は口々に恥ずかしそうな声を出した。
「問題なのは、むしろそういったことをしていない人間の方だ。日野と竹内(僕の名前じゃん)の二人だ。こちらの方が先生には、今一つ理解ができない」
僕は、あまりの話の展開に呆然となった。大人しい日野も顔面蒼白だ。
「確かにそうよね」「ちょっとやんちゃな男子の方がまともなのかもね」「竹内なんて、私がスカートめくりでめくられている様子をじっと見ていたし」「変態はあの二人かも」
と、女子たちの囁き声。
「そうや、あいつらこそ変態やし」「まともな男子はやんちゃで女子にちょっかいだすもんやし」と男子たちの勝ち誇った声。
「あ~、めんどくせ~、なんか狂ってる」と独り言ちる僕。
早く教室を出て、家に帰りたかった。
以上、昭和のお話でした。
令和時代に次々と登場するセクハラ・パワハラの勘違いおじさん・おばさんたちの源泉というのは、こんなところにあるのかもね。
