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旅行記#11│姫路城│秋空に舞う白鷺

JR姫路駅から徒歩15分。
駅を出たときから、その城は姿を見せる。

姫路城である。

日本最初の世界文化遺産にして国宝。
そして現存12天守の1つでもある。
真っ白な外観から別名は『白鷺城』。

天守の大きさ、外観の美しさ、バランスの良さから、まさに日本の城郭における最高傑作であると感じる。

今回は姫路城の歴史と実際に訪れてみての感想を書いていこうと思う。


姫路城について

姫路城についてに書かれた文献も多い。
この記事ではそれらを参考にしながら、自らの勉強もかねて、簡潔にだけ紹介しようと思う。
姫路城の歴史について詳しく触れてみたい方は、公式サイトにアクセスしてみることをお勧めする。

城郭の形成は簡単に以下の通りらしい。
築城は、1300年代の南北朝時代にまでさかのぼる。
当時の播磨の国の守護であった赤松則村の子・貞範が姫山城を築城したことが始まりとされる。
1500年代には、黒田重隆が中世城郭へと拡張したとされる。
1580年には羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が大改修を行い、近世城郭へと拡張する。
関ヶ原の戦いの戦功により入城した池田輝政が、1601年から始まる大改修により姫山周辺の村も含めた広域にわたる城郭形成を行った。
今、皆さんが見たり登ったりできるあの天守閣は、幾多の修理を重ねたとはいえ、池田輝政が作った時代の天守閣である。
約400年の時を超え、当時のままの姿を今に伝えている。

400年前の姿をそのままに現代に伝えている
(途中の時代では度々大修理が行われている)

江戸時代に入ってからはめまぐるしく城主を迎え入れ、明治時代には国の予算も充てられた大修理が行われた。
昭和には大戦時の爆撃を奇跡的に免れ、その後国宝指定に至った。
1993年には法隆寺などと並び、日本初の世界遺産に登録されている。

実際に登ってみて

別格の外観

姫路城といえば、その白い姿が有名だろう。
JR姫路駅を降りた時点から、まっすぐに伸びる道路の先に、白く輝く天守閣がお出迎えする。
城内のいたるところから、この天守閣の写真を撮ることができる。以下は城内を歩きながら撮ったときの写真である。

この日は天候に恵まれ、空が晴れ渡っていた。白い外観と良いコントラストとなっていた。

天守閣に並ぶ行列

日本においても有名な城であることから、天守閣開城時刻の午前9時には長い行列ができる。日曜では約300人ほどの行列ができていた。
入城方法は2つ。事前に電子チケット(QRコード)を購入しておく方法と、当日に発券機で買う方法だ。
事前にチケットを購入しておくことをお勧めする。
ゲートが開くと同時に、スマホを専用の読み取り機でスキャンしてもらうだけでスムーズな入場が可能だ。

歴史的な重みを感じる天守閣内部

天守閣に入る前にまずは靴を脱ぐ。
あとはひたすらに階段と廊下を進んでいく。
やはり現存12天守なだけあり、柱や梁、床板が深く黒ずんでいる。
そして階段は急だ。
だが、犬山城や松山城ほどではない。
幅や手すりも十分に整備され、現存12天守の中では登りやすいほうであると言える。
いったいどれほどの人間たちがこの床板・階段を歩んできたのだろう。
一歩一歩踏むごとに床のきしむ音が鳴り響く。
戦国を乗り越え、江戸を250年にもわたり支え、明治・大正、そして昭和の戦争を耐え抜き、平成での大震災も経験した。
この城は外側は白く美しく輝いているが、内側はところどころに歴史を感じるほどに黒ずみ、確かにこの地に400年も間存在したのだという事実を訪れた人々に静かに伝えている。

天守閣内部

さいごに

今回は兵庫県にある姫路城を訪ねてみた。
有名な城だ。読んでいただいている方の多くも一度は行ったことがある城だろう。そして誰もが知っている城だろう。
外観は写真で見るよりはるかにきれいだった。漆黒の松本城、圧倒的な熊本城と比べても、美しさでいえばはるかに別格の城だった。(松本城も熊本城にもそれぞれ姫路城にはない魅力も多い)
だが、内部には確かに古い城なのだということをうかがわせる柱や梁、床、階段があった。
古民家や古い寺とはまた違う荘厳さのある空間を味わうことができる。
行ったことがない読者の方にも、ぜひ一度は足を運び、約400年の歴史を感じてほしい。


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