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ミステリー小説『誤認逮捕状』第三章 十九

十九
「話をまとめると……」
 気を取り直すように、一人残された藤村が尋ねる。
「美崎さんとは一年ほど、真剣なお付き合いをしている。普段のやり取りはシンボルを使っており、ラインは使っていなかった。しかも、履歴は会話ボックスごと常に消去していたと?」
「そうです」
「寄居さん」
 姿勢を正して、藤村が言う。
「我々は、遠山さんが事故死ではない可能性を探っています」
「……」
「改めてお伝えすると、きっかけとなったのは遺体に見られた低酸素症です。原因が窒素吸引である前提で捜査を開始し、あなたを窃盗の罪で逮捕しました」
 藤村は、視線を逸らさずに続ける。
「そんなあなたは、美崎さんとお付き合いしているという。美崎さんはというと、夫の遠山さんとは長く別居中にもかかわらず、離婚できていない。その理由を聞くと……」
 言いづらそうに、若い刑事が吐き出す。
「リベンジポルノを恐れているそうですね。つまり遠山に脅されて、離婚させてもらえなかった」
「……そうです」
 元哉はそれを、本人から聞いた。
 結婚後、遠山はまるで別人になったかのように豹変したという。
 酒癖は悪く、金遣いも荒くなった。
 ギャンブルが日常化し、定職に就かなくなった。
 我慢の限界を迎えた妻は、離婚を切り出した。
 そこで遠山から示されたのは、結婚前の交際時代も含めての、二人の夜の営みを記録した数えきれないほどの動画、画像、そして音声だったという。
 遠山は妻に隠れて、部屋やベッドにカメラやレコーダーを設置して、撮りためていたのだ。
 しかも、卑猥な発言や痴態を強要していた。
 当初、妻は夫となった男の性癖なのだろう、くらいにしか考えていなかった。
 だが、すべて計算づくだったのだ。
 離婚するなら、ネット上にばら撒く。
 知り合いにも送る。
 遠山は、そう脅したのだった。
「こうして美崎さんは、離婚を催促できなくなった。でも、もう一緒には住めないと、別居することになった」
 藤村が説明を続ける。
「ただ別居しても、遠山は金がなくなるたびに美崎さんに無心していた。いつしか美崎さんは、リベンジポルノをさせないために、定期的に遠山に仕送りをするようになっていた。美崎家は大富豪ではないものの、一般人からすれば十分に金持ちといえます」
 同じ内容を打ち明けられたときの、泣き腫らした顔が元哉の頭に浮かんだ。
「そんな時だったんですね、美崎さんが、あなたと出会ったのは」
 転職で朝比奈工業に入社し、初めての群馬出張で出会った。
「あなた自身も離婚して、関西から埼玉に来ていた。同じ会社の、しかも同じ部署になった二人は次第に惹かれあい、真剣交際を始めた」
「……まあ、そんなとことです」
「ただ、どうでしょう。二人に再婚願望があったとしたら。遠山さんの存在は、邪魔でしかない。そうじゃありませんか?」
「だから、私が殺したと言いたいんですか?」
「ひとつの可能性として、お話しています」
「でも、今の話しぶりでは、まるで私が殺したようじゃないですか」
「では聞きます。あれは事故死であって、殺人ではない。断言できますか?」
 若い刑事をにらみつけて、元哉は答える。
「できます。だって、私が目の前で見ていたんですから」
「あなたの証言は記録されています。それでも、絶対に殺していないと言い切れますか?」
「……言い切れます」
 腕時計に目をやった藤村が、席を立った。
「一旦、終わります」
 藤村に呼ばれた警官が、姿を現す。
「弁護士をお願いします」
 元哉は留置場に戻された。
 ついに藤村は、遠山に対する殺人に言及した。
 深い追及こそなかったものの、明らかに勾留決定の前と後で、取り調べの性質が変わったことを元哉は察知していた。
 すぐに、池守に伝えねば。
 昼食を食べ終わった後、池守が面会にやってきた。
「今朝、取り調べがありました。警察は、私が遠山を殺したと疑っています」
「それが、勾留請求の要因ですね」
 驚くしぐさは見せず、静かに応じてから池守が尋ねる。
「取り調べの中で、どういう質問をされましたか?」
「そりゃもう、はっきりと、ですよ。事故死じゃなくて殺人じゃないと言い切れるかって」
「寄居さんは、なんと回答を?」
「……言い切れます、と」
 うつむき加減になって沈黙する池守に、元哉は冷静に伝える。
「殺人はあくまで可能性のひとつだ、みたいなことも、刑事は言っていましたけど」
「警察が寄居さんの殺人を疑っているとして、動機については触れませんでしたか?」
「それは……」
 弁護士がじっと見つめる。
「……それは、ですね」
「はい?」
「……私が、遠山の奥さんとお付き合いしているからです」
 さすがに、この回答には池守も驚きを隠さなかった。
「どういうことですか?」
 これまでに石橋、そして刑事にも話した内容を伝える。
「いつから、お付き合いを?」
「一年前からです」
 遠山が離婚させなかったことも、併せて告げた。
「だから警察は、私が美崎さんと再婚したくて、邪魔者である遠山を殺したのではないかと疑っているみたいです」
「寄居さんの殺人を証明するような証拠を見つけた、というような発言は、警察からはありましたか?」
「いいえ」
「わかりました。いずれにしろ、疑っているのは警察のほうなので、向こうが証拠を探し出す必要があります。寄居さんがやっていないのであれば、決定的な証拠も見つからないでしょう」
 眼鏡の位置を直して、池守が続ける。
「ただ、はっきりさせておきたいことがあります」
「なんでしょう?」
「私はあくまで安田さんとの契約において、窃盗事件に関する弁護をしています。勾留が延長されたのも、窃盗の罪に関する更なる捜査ということであれば業務の範囲内です。しかし窃盗以外となると、それは別事案となります」
「……でも、別件を持ち出してきたのは警察のほうですよ」
「だとしても、窃盗以外の事案を含めた弁護活動をご希望される場合は、新たな契約書を結ぶ必要が生じます」
 こんな状況下で、新たな契約の話をするなんて。
 腹が立ったが、平静を装う。
「つまり、契約書の内容を改定する必要があるということですか?」
「はい。あくまで、寄居さんが窃盗以外の事案についても、私を弁護人として選ぶのであればということです」
「……あ、そうだ」
「どうしましたか?」
「今は、安田が契約者になっているんですよね?」
「そうです」
「じゃ、こういうのはどうですか?」
 契約者の名義を安田から元哉に変える。
 なおかつ、弁護の範囲を窃盗だけに限定せず、元哉の必要に応じて広げる。
 元哉の提案に、弁護士は何やら考えつつ答えた。
「できることはできます。ただし必要に応じてという部分については、弁護士として私がお受けできないと判断するものについては、非対応となります」
 あくまで実務的な回答姿勢を崩さない池守に、元哉は口調を強める。
「要するに、私は助けてほしいんですよ。警察が今後、どんな取り調べをしてくるかわからない。すごく不安なんです。私には、先生しか相談できる相手がいないんですよ」
「もちろん、可能な限り全力でサポートします」
 温和な笑顔で、池守が答えた。
「費用はすべて私が負担します。安田が支払うとしていた現行の契約も、支払い者を私にしてください。すでに支払っている分については、後日、私と安田の間で個人的に清算します」
「わかりました。では、今の内容を反映させた、新しい契約書を作成します。安田さんにも、寄居さんの意思でそのように変更する、ということをお伝えします」
「お願いします。あ、でも、私はご覧の通りの身です。新しい契約書には、どうやってサインすればいいのでしょうか?」
「その点は問題ありません。差し入れという形で、寄居さんに届けることができます」
 そんなシステムがあることも、当然ながら初めて知った。
「わかりました」
「それでは、早速手配しますね」

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