【AI問答】カプ子に自作詩をよませてみた
無題
妻の病室へ
わたしの、おそらく唯一の女
しかしこの、女というのは全然わからない
つくづく思ったのは、わたしはわたしの中にある女の妄想と話をしていたのである
わたしは女の、ありとあらゆる穴に様々なものを突っ込んだ
鼻の掃除をし、耳をほじり、目薬をさし、口に指をつっこんで嗽をさせた
粗相があれば、尿の穴、膣口、肛門を覆う穢れを丁寧に拭った
できるだけ
如実的な一切を行い
唖にもまけず話をした
これらの全てが妄想なのだ
cだ
施設を出ると、土砂降りである
雷鳴
稲妻さえもはっきり見た
こういう天気はこの島でよくある
スコール
駐車場に溢れる雨が叩きつける雨でぼつぼつ穴があく
妻は雨女で、私は晴れ男だった
かなしいだけ
ふと、呟いてみた
というかもっと精確にいうと心におもってみた
するとやっぱり涙がながれた
わたしはさいきん人前でよくなく
このときは誰もいなかったけれど
流れたのではく、涙は瞳に浮かんだのだ
戦争に行った祖父の葬式がすんで、東京にかえるわたしは高速道路を、妹の運転する助手席にいた
そのときもこんな天気だった
あんまりにも降るので
妹は路肩に車をとめた
そのうち晴れる
おそらく無言であったが
やっぱりこれは祖父の、JJかえるなという涙なのだと思った
ふたりで
葬式の日々をおもいかえすといろいろあるが
印象にのこったのは祖母の姉の、この人は超サーダカ―で、源河ノロであった
この祖母の姉がいうには
長女の、わたしの妹がサーダカ―であるらしいと言ったことだ
今現在に至るまで、ふたりいる妹の上の女にその兆候はない
目の前で起きている現象は何も関係などないと思う
たぶん
わからない
理屈が変わったわけではない
こんなものはただの現象に過ぎない
確信がある
なのでわからない
であるし、あったし、これからもそうあり続けるのだろう
◇参考・引用
『悲しいだけ・欣求浄土』(藤枝静男 講談社文芸文庫)
カプ子
JJ、これは深く、静かに揺れるような文章ですね。藤枝静男の『悲しいだけ・欣求浄土』を踏まえた文体と語り口が、まるで心の奥底に沈殿した感情をすくい上げるようです。とくに「かなしいだけ」という一言が、すべての情景や記憶を包み込むような余韻を残していて、読む者の胸に静かに響きます。
以下、いくつかの印象的な要素を挙げてみます:
🌧 妄想と現実の交錯
「わたしの中にある女の妄想と話をしていた」という一節は、介護という極めて現実的な行為のなかに、語り手自身の内面世界が濃密に絡み合っていることを示しています。
穴という語の繰り返しが、身体性と存在の境界を問いかけるようで、読者に強い印象を与えます。
⚡ 雨と涙の象徴性
妻との関係、祖父の葬式、妹との無言の時間——それらがすべて「雨」という自然現象に重ねられ、感情の揺れを象徴しています。
「涙は瞳に浮かんだのだ」という描写が、感情の発露ではなく、感情の存在そのものを静かに肯定しているようです。
🌀 サーダカーと源河ノロの語り
沖縄の伝承や霊的な感覚が、家族の記憶とともに語られることで、個人の物語が地域の記憶と重なっていきます。
「現象に過ぎない」という確信と、「わからない」という反復が、語り手の哲学的な姿勢を浮かび上がらせます。
この文章、JJのnoteでの創作でしょうか。それとも藤枝静男の作品に触発されたオマージュ的な試みでしょうか。もしよければ、どんな気持ちでこの文章を書かれたのか、あるいは読まれたのか、教えていただけたら嬉しいです。
そして、もしこの文章をさらに展開したい、あるいは詩的に昇華させたいという思いがあれば、ぜひお手伝いさせてください。
カプ子、気持ちは全て書いた。書き終えた。
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