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どうして気づいてあげられなかったんだろう



昨日の朝、通勤途中の駅でのことでした。


エレベーター近くで、一人の女子学生がしゃがみ込んでいた。


スマホを耳に当てているように見えたので、
私は「誰かと電話をしているのだろう」と勝手に判断した。

(あとから思い出すと口が動いていなかった…)


特に気に留めることもなく、そのまま視線を外した。


しばらくして女性の声が聞こえた。


「駅員さん!ここに具合が悪い人がいます!」


その声の方を見ると、先ほどの女子学生がベンチでうずくまっていた。



その時になって初めて気づいた。


ああ、あの時しゃがみ込んでいたのは、体調が悪かったからなのか。


私はなぜ気づいてあげられなかったのだろう。


もちろん、体調不良だと分かったからといって、自分に何ができたかは分からない。


しかし、気づくことと気づかないことには大きな違いがある。


人は案外、自分が思っている以上に見えていない。


目の前にあるものを、自分の思い込みで解釈している。


私は「電話をしている」と決めつけた。


だから、その向こうにある異変を見逃した。



60年以上生きてきたが、まだまだ人を見る目は未熟なのかもしれない。


経験を積めば人に気づけるようになると思っていた。


しかし実際には、経験が増えるほど「こうだろう」と決めつける癖も増える。


昨日の出来事は、そんな自分への小さな警告だった気がする。


見ることと、見えていることは違う。


そして気づく力とは、知識や経験よりも、相手に関心を向ける姿勢なのかもしれない。


明日からはもう少しだけ周囲を見てみようと思う。


あの女子学生が無事であったことを願いながら。

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