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三宅香帆の本全部読んでみた。


それはエレベーターの中でした。

夕方、駅から歩いてすぐのヨドバシカメラに所用で立ち寄り、用事を済ませて下りのエレべーターに乗っていたときのこと。人がぎゅうぎゅうに詰まった移動式の箱の中に、声が響き渡ります。

「GLAYなんてクソだよ、クソ。」
 
間髪入れずに別の声が聞こえます。

「お前そういうことここで言うなよ、みっともないから。」

声を発した二人は学生服を着ていて、高校生に見える。

私は、今でもその言葉をよく覚えています。 
ロックバンドのGLAYが人気だった、2000年ごろのことです。

なんでGLAYはそんな言い方をされなければいけなかったんだろう。
売れているミュージシャンが大衆からみくびられるのは世の常かもしれません。ひねた人間相手ならなおさらです。
でも、「クソ」はやはり言い過ぎではないだろうか。なにが高校生に罵詈雑言を吐かせたのだろう。


本当に死んだんだろうか?



ではここで。当事者に登場してもらいましょう。


 ・・・そう、人がぎゅうぎゅうに詰まったエレベーターでGLAYに愚弄の言葉を吐いた人間、それは他でもない私自身です

白状します。ほんと、今から考えると恥ずかしくて仕方ないエピソードです。カッコ悪すぎる。

おそらく、ポップなミュージシャンは資本主義的で、全部唾棄すべきだと当時思っていたのです。
じゃあなんでポップなものが資本主義的で駄目なのか。
説明できなかったはずです。
ただ、自分が読んだ雑誌や本でそういうことが書かれていたから、影響されていたにすぎない。

学校で周囲の人間とうまくいってなかったのも、ポップなものへの反感を加速させたでしょう。
多くの人は他人を平気で傷つけるし、気遣いやいたわりを持たない。そんな奴らが好む音楽なんて、クソに決まっている。そう思っていた。

今考えれば、エレベーターで罵倒語を発する奴こそ周りへの気遣いやいたわりがない。できていない。どう考えたってお前がおかしい。「資本主義は反人間的なシステムだ」なんてお前は思っているかもしれないが、人間らしい優しさを持ってないのはお前の方じゃないか。

当時から20年近く経った時空にいる私は、高校生だった私に冷徹な言葉を吐きかけます。そして、もう彼は死んだと、今の私は感じている。

でも、本当にその時の私は死んだんだろうか。
今でも、人のぎゅうぎゅうに詰まったエレベーターの中で、場所を選ばずに罵倒をはじめる、他人に影響されやすい、被害者意識と社会問題を混同している人間が、自分の中にいるのではないか。
そのような、普段自分が隠し通そうとしているぎゅうぎゅうに詰まった不安を、ある人の文章を読んでいると、思い出してしまうのです。

全部、読んでみた



三宅香帆さんをご存じの方は多いかと思います。
2017年の単著デビュー以来人気のある書き手として活躍してきましたが、2024年、『何故働いてると本が読めないのか』がベストセラーになりブレイク。
以降あらゆるメディアに登場する、今をときめく人になりました。

とはいえ、実際に三宅さんの本を全部読んだ人はどれくらいいるのでょうか。
三宅さんは単著デビュー以来、ハイペースで著書を出されている。
そのすべてに目を通して批評している人は、なかなかお目にかかれません。


というわけで、読んでみました。
三宅香帆の著作全部。単著全13作プラス共著の本1作。

何を隠そう、私が過去の自分に怯える自分を発見したのは、三宅さんの本の読書を通してなのです。
なぜそのような事態が発生したのか。
実はいまいちそのメカニズムが解明できていません。
でも、その読書体験を振り返っていけば、何かしらの手触りは掴めるかもしれない。

この文章は、三宅さんの本のガイドではありません。解説でも、批評でもないでしょう。
一人の人間がどのように三宅作品を読み、その中でどうやって自分を発見したのか。これから語られるのは、その体験談にすぎません。

ですので、レビューの順番は三宅さんの発表順ではありません。
私が読んだ順番で、語っていきます。

反発と共感のシーソーゲーム


『それを読むたび思い出す』
青土社(2022)

2022年に刊行された、 人生に刻まれる本との関わりあいを扱った、エッセイ的な色合いの強い一冊です。過去の記録を見ると、この本が最初に読んだ三宅香帆の本らしい。
2022年2月のことです。

高知と京都と東京。この三つの場所が出てくることが大事だと、読んで思いました。高知は出身地、京都は大学の所在地。東京は会社の出勤地。この三つの場所を知ることで初めて、高知のイオンモールも、京都の先を急がない気配も、喜びに感じられる。そのように読んで思ったのです、
三宅さんが描く人生経験は、決して大げさではないし、大きな苦難も戦いも描かれない。こういってよければ、イオンのようにありふれた青春です。
そのファッションモールのようにありふれた体験の中で、自らの怒りを肯定できるようになる過程や、京都の学生の典型像といった、細部の固有性を高める書き方をしている。

京都の大学では、議論を好んで抽象的な言葉に飲まれる学生が多かったという話をよく覚えています。東京で育った自分の周りには、むしろ少ないタイプだったからです。
高校から大学にかけて抽象的な言葉に飲まれていたのは、ほとんど私くらいのものでした。孤独だったなー。

『〈読んだふりしたけど〉ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』 笠間書院(2020)

次に読んだのがこちらの本。
名作小説どう楽しむか/読み解くか、という読み手のためのガイドです。
悩みを描いている点では小説と自己啓発本は同じ(解決がないかあるかが違う)と冒頭から言い放つ。このぶっちゃけ感と、まるでアニメーションのキャラクターを想起させる語りかけの文体の融合が、本著の引力を成しています。
小説にまとまりついた鬱陶しく重苦しいイメージを抜きながら、よくここまでドストエフスキーやサリンジャーや漱石の魅力を語りえるものだと思いまいした。メタファーの説明とかわかりやすいし、小説を敬遠している人が「だからなに?」とならずに「面白そう!」と思わせる力がある。
ただ、正直いうと、ここでの三宅さんの語りかけの文体が、当時はかなりむず痒かった。それは告白しなければなりません。

メタファー。聞いたことがあるかしら。国語の教科書で出てきたかもしれない。「比喩」と呼ばれる手法だ。直喩、隠喩、って習いますよね。あれだよ。

ここから先は私の解釈だけど。金閣は、現代でいうところの、彼にとっての「アイドル」だったのではないか・・・と思う。
今っぽい言い方でいうと、「推しメン」。あるいは、もう少し普遍化すると「信仰相手」。「尊い」ってやつですね。

ここでの、「聞いたことがあるかしら」や「「尊い」ってやつですね」のような語りかけの語調や、「あれだよ。」や「ではないか・・・」といった言葉の使い方に、当時の私は「アニメーションのキャラクター」を感じていた。
しかも、この文体の必然がわからなかった。
ガチャガチャした、余計な響きを感じ取っていた。
全てを流行り言葉の典型的な感じにまとめすぎではないかとも感じました。
扱っている作品への興味は近く、文体は自分から遠い。
この遠近差が、自分にはむずがゆかったのだと思います
もしかしたら苦手な書き手かもしれない・・・当時はそう感じていました。



『妄想とツッコミでよむ万葉集』 大和書房(2019) 

 古典「万葉集」を、妄想(想像)とツッコミ(批評・解釈)を交えつつ親しみやすく読む一冊。古典が苦手な人にもアプローチしやすいよう、大学院で万葉集を学んだ三宅さんがポイントを解説していきます。

これはとても面白かった。当時、kindleに入れている折口信夫訳・解説の万葉集をちょくちょく読んでいるのだが、なかなか内容が入ってこない。先にこちらを読んでおけばよかったと思いました。
歌の関西語訳のノリの良さ、柿本人麻呂や大伴旅人など詠み手のキャラクター性、現在まで未確定な解釈の拡がりなど、本人曰く「インターネット文体」で書かれた解説は人懐っこく、万葉集の楽しみ方と現代との接続点をつかんだ気になれる。
特に、全て漢字で記されている原文においてダジャレのような当て字が頻出している話から、キラキラネームの歴史性を指摘する論などは新鮮だと思いました。
これを読んで、三宅さんのことが少しわかった気がしました。
そうか、三宅さんは何より古典の人なのだなと思った。

こちらは2025年に亜紀書房から『言葉にできない想いは、どうしたら伝えられるだろう。——悩める大人に贈る万葉集』 というタイトルの改訂版が出版されています。



『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』サンクチュアリ出版(2019)

「バズる(人に伝わる/広がる)」文章を書くためのノウハウ。表現・言葉選び・伝え方など、実践的な文章術の指南書。多くの文筆家の特徴と特技を伝えていきます。
文章テクニックの観点で、林真理子と村上春樹と橋本治と紫原明子が並ぶ。時代もスタイルも違う書き手が連なっていて面白い。ただ、好きだと思えなかったり、ピンとこない文章も紹介されていて、参考にできない文章が多いなとも思いました。
いいと思ったりむず痒いと思ったり、三宅さんと自分との距離感がいまいち掴めん。そのような往復が、ひっきりなしに頭の中で起こります。


三宅さんのやりたいことがわかってきたのは、最初に著書に出会ってから2年後、2024年のことです。

やりたいことが見えた?


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 集英社新書 (2024)

働くことによって読書時間が取れなくなる現代人の問題を、歴史的視点(明治以降)から整理・論じたベストセラー新書。
この本から、三宅香帆のプロップスはエスカレーター式、いやエレベーター式に急上昇していきます。

こちらについては、私は以前に書評を書いています。

この本で、私はようやく三宅さんのやりたいことを理解しました。
いや、なんとなく掴めてはいたけど、まだ忌避感があった。
それが、すんなり入ってくるようになった。

三宅さんは、自己啓発っぽいパッケージングの中で、歴史を伝えている。
普通では多くの人が知り得ない話を、大勢に伝える
そこでは、多少の強引さや矛盾も、厭わない。
むしろ強引さまで魅力に変える。
そのような力強さ、タフネスを、この本から感じとりました。

谷崎潤一郎のような神格化された文豪を、読書と労働の社会状況から相対化する視点も、面白かった。
売れただけでなく、三宅さんの本で特に面白い一冊だと思います。

『娘が母を殺すには?』 PLANETS(2024)

父子問題は文芸批評の題材になってるのに母子問題はなってない、でも母子を扱った話はたくさんあるし社会的にも重要な問題ですよね、という観点から、母子問題を扱った作品を歴史的に並べていく。今までで一番「批評」らしい本。最後に結論めいたことは出されるものの、重要なのは歴史を示す過程全般だと思えます。その点は『なぜ働』と一緒ですね。
しかし、私はこの本が一番苦手でした。物語内における展開だけを取り出して論じているから、作品批評としては物足りない。漫画をたくさん批評しているのに、漫画の絵柄やコマ割り、つまりマンガを描く/読む時の大事な部分への記述が見当たらない。
なんだか、作品を疎かにされているような気がしてしまい、世の中の母娘問題を論じるのに使われた作品が可哀想だと思ってしまったのです。
ここでも、三宅さんの本は共感と反発が交互にくるな。
そんなことを思った読書でした。


『「好き」を言語化する技術』ディスカヴァー・トゥエンティワン(2024)

2023年に出た『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』の改訂版。

この本も十万部以上売り上げている、非常に評判の良い一冊です。
「推しを語る」欲望が世間で大きかったことの表れでしょうか。
文章術と会話術を兼ねた本で、細分化や結論から語る、という点は自分も文章書くときに考えていると同意しました。
「他人の感想を見ない」を何度か強調しているのが特徴的。あとがきでも語られるように「ソーシャルメディアの他人の言葉からいかに自分を守るか」が三宅さんの書く動機となっており、それが他人の言葉への警戒につながっている。
ネガティブな認識を書かないまま、ポジティブな印象の文章のまま問題を浮かび上がらせようとしていると感じました。

『女の子の謎を解く』 笠間書院(2021)

ターゲットを「女の子」の視点に据えた批評集。『娘が母を殺すには?』のプロトタイプ的な論考も入っています。
不満も、『娘が母を殺すには?』と一緒でした。漫画論において、絵やコマ割りの話が出てこないのが引っかかると言えば引っかかる。

「ヒロインの活躍する物語が好きだった」の冒頭一行が印象的。宮崎駿と萩尾望都の異性への仮託、坂道グループとネオリベラリズム、戦うヒロインとケアの関係など、あらゆるテーマを駆け回る。この駆け回りっぷりが「ヒロインの活躍する物語」という印象を与えます。つまり、三宅さんがヒロインを実演する本ではないか。

歴史をおさらいしながら、次のあるべき理想像を自分で実演して見せる。それが三宅さんのやりたいことのように思えてきました。


単純なパワー


『ずっと幸せなら本なんて読まなかった 人生の悩み・苦しみに効く名作33』
幻冬社(2024)

2019年に出版された『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』の改訂版。
悩みや不幸せが読書のきっかけになると常々思っているので、この書評集が読まれる必然ってあるよな〜と納得しました。
ちなみに「お風呂に入るのがめんどいと思ったことがない人なんていないみたいに、さくらももこが面白くない人なんていない」と書かれているのを読んで、「どちらも当てはまらん」と思ったのですが、この頃には三宅さんの断言に当てはまらないことが多いのも慣れてきました。
「そうだそうだ!」と「私は違う」。この両方の反応を引き出すために、「〜なんていない」という断定を入れているのかも。読者が反応する仕掛けを、三宅さんは文章のなかに用意しているのではないか。



『実はおもしろい古典のはなし: 「古典の授業?寝てたよ!」というあなたに読んでほしい』笠間書院(2025)

谷頭和希さんとの共著。対話で語る古典の入り口。
これは非常に面白かった。現代と比較すれば『竹取物語』は「大喜利」の構造であり、『伊勢物語』は「少女漫画」のルーツであり、『紫式部日記』は「SNSの鍵アカ」である。国文古典を読む時のヒント集として、非常に役立つ。
やはり、三宅さんの本の中では日本古典を扱った本が好きだなと思う。


『人生を狂わす名著50』 ライツ社(2017)

デビュー作。
タイトルから予想される通り書評集で、メインの50冊、プラス一冊ごとにおすすめ本が3冊ずつ紹介されている。合計200冊のガイドが書かれています。
23歳で200冊を噛み砕いて解説できる早熟な知識量と整理力に単純に驚きました。古典文学や現代日本文学やアニメ・漫画だけでなく、海外文学もしっかり読んでいる。頭が下がります。
「『クォ・ヴァディス』は岩波文庫で5本の指に入る面白さ」が一番の共感ポイントです。



『30日 de 源氏物語』 亜紀書房(2024)

『源氏物語』を30日間で読む(あるいは読み通す・味わう)ための案内本。
やっぱりやっぱり。三宅さんは古典解説が面白いと思う。
それぞれの場面の読みどころを伝えながら、全体における「好きな人の代理と結ばれる」反復の構造や、光源氏が罪悪感を覚えるまでを語った物語の特徴など、全体についても言葉を費やす。与謝野晶子訳が意味不明すぎて途中脱落した源氏をまた読みたくなりました。



「『話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』 新潮新書 2025

最新作。ハウツー本に見せかけた批評集。
本の読み方を5つの段階に分け、それぞれの段階の事例を自らの批評で示す。一冊を作る際の見事な構成とタイトル付けだと思う。「面白い話をするのにまず大事なのは比較」は実感としてよくわかります。



『名場面でわかる 刺さる小説の技術』 中央公論新社(2023)

小説の技術を「場面」から考える。名場面に必要なのは「予想外の展開」と「盛り上げ演出」の二つであり、それをあらゆる日本の小説から解明していく。改悪案を自分で書いているところが面白い。
一つのテーマに対して、事例を並べていく。この羅列性が、三宅さんの本のキャラクターになっています。

『〈萌えすぎて〉絶対忘れない! 妄想古文』 河出書房新社(14歳の世渡り術シリーズ)(2022)

古典・古文を、現代の「萌え」センスや妄想を交えて、楽しく・記憶に残る形で読もうという試み。若い読者に古典への興味を持ってもらうための一冊。
古文の魅力は関係性にあり、それはオタク的(BL的)想像力に通ずる。女性オタクの一面を明るく切り取り、それを枕草子における身分違い・年齢違いの女性カップリングの楽しみなどに適用する。古文を現代的に紹介するにあたり、「オタク的」なものを持ってくるのが三宅さんの特徴。
現代が「オタク」の時代であることを、三宅さんほど証明している人はいない気がします。



語りかけ、実演し、読む


というわけで、全部読んでみました。
三宅さんの本を13冊(プラス共著1冊)を読んで見えてきたのは、主に三つの特徴です。

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