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買って着た服批評①JW Andersonのロングシャツ(2019ss)



生活とアートの狭間で


たびたび、「服の話をしてほしい」とリクエストをいただきます。

私が参加している集団「LOCUST」のnoteにファッションの批評を書いていたのですが、LOCUSTでのnoteの更新を止めたため、ファッション批評もおざなりになっていました。

ファッションってどうにも言葉にしづらいところがある。
「語るのは野暮」という集団意識が働いているし、語る当人のファッション・センスも問われてしまう。
恥じらいを受け入れない限り書けない。
しかし、生活と文化の接触面という点でいえば、ファッションはかなり重要なテーマです。

ライフスタイルとカルチャーがどう関係するかを、私はずっと考えています。
カルチャーがなくても多くの人の生活や経済にとっては困らないようにも思える。
だけど、やっぱり誰にとってもカルチャーは必要なのではないかという感覚も拭えない。
もし、必要だとしたら、具体的にどのように必要なのか。
文化の中で、本当に必要な要素とはなんなのか。
そういう問いにおいて、生活には欠かせない、同時にアートやカルチャーとしても成立している服装について考えることは、なんらかの手がかりになるように思います。

私が書く対象は、自分で買った服についてです。
ファッションにとって最も身近で普遍的な体験は、服を買って着ることです。
しかし、買って着た服について語る言葉は、ことのほか少ない。
であれば、私が試してみようというわけです。

著者プロフィール:伏見瞬
批評家・音楽系YouTuber。東京生まれ。
音楽・映画・文学など、表現文化全般に関する執筆を様々なメディアでおこなう。2017~18年「第三期ゲンロン批評再生塾」で東浩紀審査賞を受賞。2018年から旅行誌を擬態する批評誌『LOCUST』編集長。2022年からトークイベント「歌舞伎町のフランクフルト学派」を批評家・西村紗知とともに主宰。会社勤めの兼業作家。
著書に『スピッツ論 「分裂」するポップ・ミュージック』(2021年、イースト・プレス)。2023年末からはYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」を運営(2025年2月末時点でチャンネル登録者数約5万人)。


ジョナサン・アンダーソンのDior


先日、英国出身のデザイナー、ジョナサン・アンダーソンがディオールのアーティスティック・ディレクターに就任したことが発表され、2026年春夏のメンズコレクション・ショーが行われました。

非常に新鮮なショーであり、これについては別の機会にも書きたいと思っています。
ひとまず、このショーに感銘を受けた私は、ジョナサンの立ち上げたブランド、JW ANDERSONのロングシャツに袖を通したくなりました。

2019年の春夏コレクションで出された、黄色地にピンクと黒の線がストライプ状に入ったロングシャツ。
襟周りだけが横縞になっていて、真ん中には犬を連れた少年の写真が大きくプリントされています。


私はこの服を、2019年に新宿の伊勢丹のセール商品として購入したはずです。
半額になっていたのと、インパクトがあって他に見ないデザインなのが気に入り、購入しました。

ただ、最初はしっくりくるパンツがなかった。
細身のジーンズもワイドパンツも、どうもハマってる感じがしない。
上の記事で紹介しているMARNIのパンツと合わせたのも悪くなかったのですが、最適解には思えなかった。
上下ともにビッグサイズなのは、自分に合わない気がしたのです。

細身でも、ワイドでもない。だとしたら、何が合うんだろう。
JW Andersonのコレクションではデニムのショーツを合わせていますが、私はデニムのショーツを持っていない。
(ついでに言うと、実はコレクションの写真は今日初めて見ました)
何に合わせるのが正解なのか。考えあぐねて、しばらくこの服を着ていませんでした。

プリントの妖しさ、シャツの明朗さ

JW Anderson2019春夏のコレクションは、英国出身のアーティストデュオ、ギルバート&ジョージ(Gilbert & George)とのコラボレーションとなっています。
二人が金粉を塗ってスーツを着て歌を歌う1969年のパフォーマンス《The Singing Sculpture》が有名で、彼らは私生活でもスーツを着続けるアーティストとして知られています。


《The Singing Sculpture》

私が買ったロングシャツにプリントされている写真は、ギルバート&ジョージが1980年に発表した作品、「DOG BOY」です。

犬を連れて革ジャンを着る少年を写したモノクローム写真の左右に、六つの花の写真が黄色い背景の上に並んでいる。
少年と犬の主従関係、見る人と見られる少年の主従関係。二つの主従を意識させます。
さらに、少年と、周りを取り囲む花は、見ている対象と、見ている者の中で浮かび上がる意識の関係を表しているようです。
複数の花は、欲望の具現化のようにも感じられる。
そうやって考えていくと少年愛の萌芽を表した作品のように見えますが、そうした解釈に確たる客観的証拠はなく、恣意的なものに留まらざるを得ない。
解釈の不確かさも含めて、秘密を抱えた者の妖しさが、その全体から立ち現れるかのようです。

しかし、この服から見えてくるのは、妖しさだけではありません。

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YouTube「てけしゅん音楽情報」を運営し、音楽などのカルチャー系ライター/編集者である照沼健太と…

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