人生の転機⑧|僕はあの日、適応障害になった
立ち止まることも選択肢──初めて「頑張らない」を選んだ日

「起きなきゃ…」頭では分かっているのに、身体が一切動かない。
社会人2年目となった2024年4月22日の朝。
まるで重りをのせられたように、手足がベッドに貼りついていた。
呼吸は浅く、心臓だけがやけに早く打っている。
ベッド脇のデジタル時計の数字が無情にも進んでいくのを見つめながら、
会社に行かなきゃという焦りだけが募っていった。
このまま出社してもまともに働けない…そう思い、急遽その日の午前休を有給で申請した。
午前中に心療内科を受診して、午後から会社へ行くつもりだった。
人生初の心療内科へ

初めて訪れた心療内科の待合室は、静かすぎて落ち着かない。
自分がここにいること自体が信じられなかった。
診察室で状況を話すと、医師から告げられた。
「適応障害ですね。会社、休みませんか。今日から行くのやめませんか。」
頭が真っ白になった。
適応障害?自分が?
いや、今スーツ着てますけど?
このあと午後から出社する予定なんですけど?
「今日から行かなくていい」ってどういう意味?
頭の中でよぎった葛藤

診察室を出ると、強烈に思った。
「今、人生の大きな岐路に立たされている。」
ここで「行きます」と言えば出世ルートには残れるかもしれない。
でもこのまま働き続けたら確実に壊れる。
努力してやっとつかんだ未来が、指の間からこぼれ落ちそうだった。
会社ではいつも明るく、社交的。
「メンタルが一番強い」「営業に向いてるよね」と言われることも多かった。
だからこそ、こんな形で休むなんて想像もしていなかった。
ふと、入社して間もない頃の同期の言葉を思い出した。
「なんやかんや、ももが一番最初に消えそう、心やられそう。」
その時は笑って流したけれど、図星だったのか、心臓がドキッとして冷や汗をかいたのを覚えている。
そして今、現実になってしまった。
今まではいつも、自分の課題や壁が現れたら全力でぶつかってきた。
サッカー、高校受験、大学受験……迷ったときはいつも岡本太郎の
「迷ったら、困難な道を選べ」
という言葉を胸に、困難な方を選んできた。
だから、努力で越えられない壁はないと信じていた。
最初に結果が出ない、合わない、苦しい──それは想定内だった。
要領のいい人に初速で負けても、最後は追い抜いてきた経験がある。
「今ここを踏ん張れば花開く、環境にもそのうち慣れる」
そう思って耐えてきた。
ある意味、ストレス耐性が高すぎたのだと思う。
自分の心の声を無視して、根性だけで走り続けてしまった。
負ける事はないと自負していたからこそ、立ち止まるという選択肢はなかった。
「…分かりました、休みます。」
そう告げた瞬間、何かがぷつんと切れたような感覚があった。
初めて「頑張らない」という道を選んだのだ。
父への電話と、これからの行動

診断書を受け取り、病院を出た瞬間、世界が変わった。
周囲の音が一気に遠ざかり、まるでノイズキャンセリングイヤホンをしているかのようだった。
人混みの動きはスローモーションのようにゆっくりに見え、
まるで走馬灯を見ているような、スポーツ選手がゾーンに入った時のような感覚。
そして不思議なことに、モノクロだった自分の世界に少しだけ色が戻り、
日差しが差し込んだように感じた。
「ああ、もう頑張らなくていいんだ」と、心の奥でほっとした。
行き場が分からず、とりあえず満喫に入った。
そして迷わず父に電話をかける。
僕は昔から、何かあれば父に連絡することにしていた。
しかも父は人事関係の仕事をしており、こういう時にどう動けばいいのか必ず教えてくれると思ったからだ。
「俺、適応障害って診断された。」
声が震えていた。
父は落ち着いた声で、次にやるべきことを一つずつ教えてくれた。
その後、上司に連絡し、その瞬間から出勤停止が決定。
すべての連絡を終え、個室で深呼吸した。
そして心の中で、静かに自分に言った。
「お疲れ様。よく頑張ってきたよな、ここまで。」
それから満喫を出た。
午前休のつもりが、その日を境に長い休職生活が始まった。
学んだこと

この日を境に、僕の人生は大きく変わった。
「適応障害」は、終わりではなくサインだった。
これまで僕は、問題があれば「もっと頑張る」ことで解決してきた。
けれど今回は、そのやり方ではもう乗り越えられないことを体感した。
休むことは、負けることでも、逃げることでもない。
これは「次に進むための充電期間」であり、
心と身体をもう一度リセットするための時間なのだと知った。
そして何よりも、
自分ひとりで立ち向かう必要はない、ということ。
父の存在、医師の言葉、上司や会社の対応──
支えてくれる人たちがいたから、僕はここで止まる決断ができた。
まとめ

会社に行けなかったあの日は、僕にとって人生の大きな転機だった。
あの日を境に、僕は「戦うだけの人生」から、
「立ち止まることも選択できる人生」へとシフトした。
あの日の自分に声をかけるなら、こう言いたい。
「よくここまで頑張ったね。
ここからは、自分を大切にしながら進んでいいんだよ。」
もし同じように苦しんでいる人がいたら、
どうか勇気を出して声をあげてほしい。
それは弱さではなく、次の一歩を踏み出すための強さだと、今なら言える。
👉 あなたは、心や身体の声を聞いていますか?
次回予告

次回は、突然始まった休職の生活について。
解放感から寝込んで過ごした日々、
医師から言われた「朝散歩」という小さな課題、
そして少しずつ心身が回復していくプロセスをお話しします。
「何もできない自分」と向き合いながら、
生活習慣を整え、再び前を向くための第一歩を踏み出した記録です。
