【創作大賞ビジネス部門応募作品】廃業からの再起|多忙な医療従事者のための「労働を資産」に変えるシン・キャリア戦略
「創作大賞ビジネス部門応募にあたり」
まずこの記事を書くにあたって、私の背中を優しく押してくださった皆様へ、心からの感謝しています。ありがとうございます。
皆様からいただいた温かいメッセージや切実な想いに誠意を持ってお答えするためにも、まずは私が「理学療法士」という仕事に注いできた情熱について、少しだけお話しさせてください。
私は、理学療法士という仕事を「天職」だと思っています。
私たちの仕事は、薬を処方したり手術を行ったりするわけではありません。自らの「手」と「知識」を尽くして患者様の身体に触れ、痛みを和らげ、その人が本来持っている可能性を引き出す仕事です。
そして、日常生活や社会生活、スポーツへの復帰(リハビリテーション)までを、一番近くで支えることのできる素晴らしい「伴走者」だと思っています。
だからこそ私は、17年間、毎日熱意と愛情を持って、目の前のクライアントと真っ直ぐに向き合ってきました。
しかしその一方で、過酷な現場で努力を重ねながらも、
「それに見合った対価が得られない…」
「将来が見えない…」
と不安を抱えている仲間たちの姿も、たくさん見てきました。
「こんなに素晴らしい専門職なのだから、もっと評価されてもいいはずなのに・・・・・・」
そんな現状を変えたいともがく皆様の声が、私の背中を押してくれました。
かつて私自身が経験した「廃業」という大きな挫折、そしてそこからの「再起」のプロセスのすべてを隠さずにお伝えしようと決意できたのは、皆様のおかげです。
この記事を通して、理学療法士や医療従事者の皆様の社会的価値が今よりもっと高まり、それが実際の「収入のゆとり」へ繋がっていくことを、私は願っています。
単なる投資のテクニックではなく、毎日を一生懸命に生きるあなた人生が、少しでも豊かになるようなヒントを詰め込みました。
優しく、丁寧に、私の想いのすべてを言葉に込めました。
ぜひ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
はじめに
はじめまして。
理学療法士17年目、個人投資家のPheue(ふ~)と申します。
現在は都内の整形外科クリニックで働きながら、日本株への投資を中心に資産形成を行っています。
私の専門は、筋肉や骨、関節といった「運動器疾患」の治療です。
これまでオリンピック候補選手のサポートや国体帯同トレーナー、国際協力活動、在宅医療まで、じつに多様な現場で数多くの「身体」と向き合ってきました。
薬や手術に頼らず、自らの「手」で患者さんの可能性を引き出す理学療法士という仕事は、私の天職であり、心から愛しています。
しかし、この業界には「ある残酷な現実」があります。
過酷な臨床を終えて帰宅しても、待っているのは翌日の予習。
休日は研修会や学会、技術講習に追われ、時間と自己投資を惜しみなく注ぎ込む日々。
それほど努力を重ねても、一向に上がらない「給与(労働価値)」の壁。
「これほどの専門職が、なぜ正当に評価されないのか?」
そんな違和感を拭いきれず、私はひとつの決断をしました。
それが「独立・起業」です。
創業6年での廃業、そして「人生のどん底」へ
結果からお伝えすると、私の挑戦は無惨な失敗に終わりました。
創業から6年、力及ばず廃業。
手元に残ったのは、多額の借金と深い絶望だけでした。
「人生のどん底」とは、まさにあの時のことです。
このnoteを読んでくださっているあなたには、私と同じ過ちを犯してほしくありません。
あの廃業から2年半――。
必死にビジネスと社会の仕組みを学び直した私は、現在、年収1,000万円を超え、毎月20〜30万円を投資に回せるまでになりました。
どん底から私を救い、人生のステージを大きく変えてくれたもの。それこそが、「日本株の個別銘柄分析」でした。
なぜ「銘柄分析」が、医療従事者の武器になるのか?
「医療従事者が投資なんて」と思われるかもしれません。
しかし、これこそが多忙を極める私たちに最も適した「労働時間を資産に変える戦略」なのです。
企業のビジネスモデルや財務状況をインプットする「銘柄分析」を始めてから、私には驚くべき変化が起きました。
それは、臨床現場で「患者さんの心を掴む会話」ができるようになったことです。
クリニックに足を運ばれる高所得者層や経営者、ビジネスパーソンの患者さんと、経済や業界の動向をベースにした深い会話ができる。これによって信頼関係の構築スピードが劇的に上がり、理学療法士としての私の市場価値(評価)も跳ね上がりました。
投資は単なるマネーゲームではありません。社会の仕組みを知り、本業のパフォーマンスを最大化するための「人生の勉強」なのです。
この記事は、以下のような方に読んでいただきたいです。
医療国家資格に見合った収入が得られず、現状に不満がある
「このままでいいのか」と、将来に漠然とした不安を抱えている
独立・開業に興味があるが、失敗するリスクが怖い
投資を始めたいけれど、何から手をつければいいか分からない
かつてどん底にいた私だからこそ、リアルな言葉で伝えられるストーリーとノウハウがあります。
多忙な医療従事者の「労働時間」を、いかにして「未来の資産」へと繋げていくか。私の体験が、あなたの現状を打破するささやかなヒントになれば幸いです。
それでは、本編へどうぞ。
第1章:すべては「1本のテレビ番組」から始まった
1-1. 柔道に明け暮れていた少年が、世界で傷ついた子供たちにであうまで
幼い頃の私は、身体が弱く、気が優しくて、いつも物静かな子どもでした。そんな私を心配した父の勧めで小学生から柔道を始め、気がつけば小・中・高校と、嫌々ながらも講道館弐段、県大会3位という成績を残すまでになっていました。今振り返れば、あの虚弱だった私が本当によく頑張ったな、と思います。
高校3年の夏、私は自分の進路について深く悩んでいました。 柔道の推薦で大学に進む道もありましたが、そのまま体育大学へ行って体育の先生になるという未来が、どうしても自分のやりたいこととは思えず、心がカチッと噛み合わなかったのです。
そんなある日、偶然目にしたテレビ番組が私の運命を大きく変えました。
それは、紛争によって傷ついた子どもたちを支援する、あるNGO(非政府組織)活動のドキュメンタリーでした。
空爆や地雷によって傷つき、現地の破壊された医療機関では治療が難しい子どもたちを、設備が整った拠点病院へ受け入れて治療し、ふたたび歩めるようにリハビリテーションを行う。そんな活動でした。
画面の向こうには、骨髄炎や激しい火傷、地雷による四肢の切断など、凄惨な傷を負った150〜200人もの子どもたちが懸命に治療を受けていました。そして日本からも、多くのボランティアや研修生が現地に飛び、汗を流していたのです。
「いつか、私もこの場所で働きたい」
胸が痛むと同時に、雷に打たれたような憧れを抱き、私はその場で「理学療法士」になることを誓いました。
世界から紛争がなくならない限り終わらない、切なくも尊い活動。
そのなかで最も私の心を打ち抜いたのは、リハビリを担当していたドイツ人の理学療法士の言葉でした。
「私たちは、子どもたちの身体のケアだけをしているのではありません。彼らが母国に帰ったとき、元の生活に心から戻れるように、心のケアもしているのです」
この言葉に深く感銘を受け、私の目標は定まりました。
ところが、志は立派だったものの、それまで柔道一筋で生きてきた私の頭の中はいわゆる「筋肉一色」の状態です。
勉強の「べ」の字も知らない不出来な学生でした。
当時、私の地元には理学療法士の養成校がなく、他県の大学を目指すしかありませんでしたが、第一志望の大学の偏差値は「63」。 高校の先生からも親からも、「お前が入学できるわけがない」「諦めて柔道推薦で進んだ方が楽だぞ」「警察官という道もある」と何度も説得されました。
それでも、どうしても諦めることができませんでした。 大学の推薦入試は11月。部活を引退してから、わずか3ヶ月しか猶予はありません。
焦りに焦った私は、高校の先生方に泣きついて頭を下げ、毎日朝、昼、晩と個別に特別講義をしてもらいました。幸いにも、高校のレベルに対して日頃の評定(成績)だけは平均4.7と高かったため、推薦入試の切符を掴むことができたのです。
試験内容は小論文。
私の必死な熱意に応え、先生方は小論文の書き方を一から丁寧に指導してくださいました。その温かいサポートのおかげで、私は奇跡的に大学への合格を果たすことができたのです。
1-2. 知的好奇心に火がついた、激動の学生生活
念願の大学に入学したものの、待っていたのは厳しい現実でした。1年次は英語、化学、物理などの基礎科目で赤点の嵐。追試ばかりの日々で、正直に言ってしんどい時期でした。
しかし、3年次になって専門科目や病院実習が始まると、勉強が楽しくなってきたのです。この頃から、私は念願だった国際協力活動にのめり込み、 医療学生団体の結成、NPO活動、海外視察、学会への参加――。今の私の人生を支える大切な基盤の多くは、この大学3年次からの行動によって作られました。
当時の私の行動力を表す、ちょっとしたエピソードがあります。
どうしても参加したかった理学療法士の全国学会があったのですが、お金がなかった私は、スーツ姿のまま寝袋を抱えて会場に向かいました。そして、会場の駐車場で野宿をしながら連日参加し、日本の理学療法界を牽引してこられた伝説的な先生方の講演を、目を輝かせながら最前列で聴いていたのです。
また、県の国際貢献事業の助成金をいただき、実際に途上国の紛争地へ赴いて、犠牲となった患者様のリハビリ現場を視察することもできました。
4年次には、私が理学療法士を志すきっかけとなったあの、NGOを実際に訪問し、医療機関の視察やリハビリ助手の経験をさせていただいたのです。
大学を卒業してからの5年間、年に2週間ほどはこのNGOへ足を運び、支援活動を続けました。
勉強を全くしてこなかった私にとって、大学生活は「知的好奇心の高鳴りを感じる、最高の学びの場」となりました。
1-3. 人生はじめての一般入試、「教養」の必要性
大学卒業後は、脳神経外科の専門病院に就職しました。
日々の仕事をこなしながら、年に数回は海外のNGOや医療機関を訪問する生活を続けていましたが、国際協力についての学びをさらに深めたいと考え、私は大学院への進学を決意します。
かつて勉強から逃げていた私が大学院を目指すなんて、これまでの人生からは想像もつかないことでした。しかし、「もっと知りたい」という知的好奇心の炎は消えませんでした。
人生で初めて経験する、一般入試。何から手をつければいいのか分からず、当時の必死だった勉強の記憶はほとんど残っていません。ただ入試当日、緊張のあまり手汗が止まらず、解答用紙がびしょ濡れになってしまい、それを拭き取ることでさらにパニックになって頭が真っ白になったことだけは、今でも鮮明に覚えています。
そんな不器用な私でしたが、なんとか大学院に入学。
修士課程の2年間で、念願だったNGO活動に関する論文を書きました。ただ、私の情熱が飛び出してしまい、本来27ページほどでまとめるべきところを、なんと67ページもの超大作にしてしまったのです。今読み返すと、論文というよりは熱い「作文」や体験記のようで、学術的な評価は得られず、本当に恥ずかしい限りです。
内容は、「海外で行われているような傷ついた子どもたちの受け入れを、日本国内の医療機関でも実現できないか」を東南アジアの病院と連携して検証したものでした。結果として、子どもたちを日本に招いて治療する仕組み作りには至りませんでしたが、なんとか形にして修了することができました。
しかし、この大学院で膨大な論文を読み解き、ロジックを組み立てた経験は、後に起業する際の「事業計画書」の作成に、驚くほど役に立つことになります。私は医療従事者に限らず、どんな専門職であっても、大学院への進学や専門資格の取得には前向きに挑戦すべきだと確信しています。
また、東京に出てきて現在、私が担当させていただいているクライアント(患者さん)の多くは45〜55歳のビジネスパーソンです。そのほとんどが高い学歴を持ち、上場企業の役員や、医師、弁護士、あるいは働きながら博士論文を執筆されているような、いわゆるハイキャリアの方々です。
そうした第一線で活躍する方々と施術中に深い信頼関係を築くためには、単なる医療の知識だけでは足りません。経済や企業分析といった「社会の教養」を身につけておくことが、クライアントの心を掴むためにどれほど重要か。その大切さもまた、日々の臨床の中でクライアントの皆様から教えていただいたのです。
1-4. 地域密着クリニックでの挑戦と、見えてきた新たな壁
大学院を卒業した時点で、私は理学療法士として5年目を迎えていました。次なるステップとして、私はある整形外科クリニックに就職します。医療業界は常に人手不足ですから求人は無数にありましたが、私はあえて「理学療法士が一人も在籍していない、新規立ち上げのオープニングスタッフ」の募集を探しました。将来の独立に向けた経験値を積むためです。
私が飛び込んだのは、創業30年、地域の方々に深く愛されているものの、リハビリ専門職による手厚い治療(運動器リハビリテーション料Ⅰの算定)がまだ行われていないクリニックでした。
そこでの私に課されたミッションは、主に以下の4つでした。
理学療法士を増員し、より高度なリハビリを提供できる施設基準を取得すること
外来リハビリの患者数を増やし、クリニックの売上を大きく伸ばすこと
30年が経過して高齢化した患者層に合わせた、新しいケア体制を構築すること
地域ニーズの高い、訪問リハビリや通所リハビリの体制をゼロから整えること
この大きな課題を解決し、組織を成長させることにビジネスとしての強いやりがいを感じ、私は入職を決めました。
結果として、勤務6年目には理学療法士5名体制を確立。
1日あたり24単位(リハビリ専門職が1日に提供できるほぼ限界の数字です)をこなし、訪問リハビリも最大1日7件を達成しました。勤務4年目にはクリニックの年商は1億円を突破。地域の医療・介護を支える中心的な存在へと成長させる一翼を担うことができたのです。
さらに行政が主導する連絡会への参画や、市内の在宅医療を連携させるための専用アプリケーション導入の事務局長を務めるなど、私の視野は「目の前の患者様」から「地域社会の仕組み」へと広がっていきました。
ただ、この激務の中で、今でも忘れられない「最初の訪問リハビリの患者様」がいます。
それは80代の独居男性で、認知症を患っておられました。ご家族に介護保険を使うことへの抵抗感があり、訪問リハビリ以外のサービスを一切利用していませんでした。幸い、息子さんが私の外来の患者様だったため、なんとか説得して介入が始まったのです。
リハビリ初日、ご自宅に伺うと、そこは目を覆いたくなるような光景でした。食事は満足に取れておらず、お風呂にも長い間入っていないご様子で、お世辞にもリハビリを始められるような衛生状態ではなかったのです。
私は、理学療法士の仕事の枠を超え、冷蔵庫にあった白菜とお米でお粥を作り、すぐに入浴の介助を行いました。この状況を担当のケアマネージャー(介護プランを立てる専門職)に報告したところ、返ってきたのは冷たい言葉でした。
「それは、あなたの仕事ではありません」
確かに正論です。
ですが、あまりにも悔しかった。
在宅リハビリを行っていく上で、まず一人の人間としての生活の支えがあって初めて、リハビリという医療サービスが成り立つのではないか。
そう、むしゃくしゃした気持ちを抱えました。
当時の私は5年目の若手。ベテランのケアマネージャーさんの威圧感に気圧されてしまい、何も言い返すことができませんでした。
「もっと患者さんを想う強い気持ちがあれば、恐れずに発言できたのではないか」という後悔は、今でも私の胸に深く残っています。
(その後、すぐに会議が開催され、無事に介護サービスの見直しへと繋がりました)
毎日、目の前の患者さんのために全力で走り続ける激務。
体力は限界を迎えていましたが、その充実感は私の中に「次の大きな目標」を生み出すエネルギーとなりました。
「地域に取り残された患者さんのために、自分が在宅の専門医になって直接力になることはできないだろうか」
思い立ったらすぐに行動してしまう私は、なんとそこから「医学部への学士編入」に挑戦することを決意します。 人生で初めて受験予備校に通い、医学部を目指す優秀な仲間たちと切磋琢磨する日々が始まりました。
クリニックでの猛烈な勤務を終えた後、夜21時からネットカフェにこもり、深夜1時、2時まで猛勉強を重ねる毎日。翌朝からもまた、限界までリハビリの現場に立つ。体力は文字通り削り取られていきましたが、志だけは高かったように思います。
残念ながら医学部受験は不合格という結果に終わりましたが、この挑戦を通じて、私は「医療事業を自分で運営することの可能性と楽しさ」を実感していました。
医学部受験の失敗を機に、私の心は決まりました。
「自分の会社を立ち上げて、もっと多くの人の健康と人生に、自分の手で直接貢献しよう」
一念発起し、私は会社を設立。
満を持して独立起業を果たしました。 当時の私は、大きな希望に満ち溢れていました。 「技術さえあれば、熱意さえあれば、絶対に成功する」
――そう、盲信していたのです。
第2章:夢と熱意だけで飛び込んだ、起業という名の戦場
私は独立してからの6年間で、メディカルフィットネスジムをはじめ、訪問看護ステーション、グループホーム、リハビリ専門施設など、多岐にわたる事業を展開してきました。
外から見れば、次々と事業を拡大する「順風満帆な起業家」に映っていたかもしれません。
しかし、現実は甘くありませんでした。「10年かけて自己資金2,000万円を貯め、創業のプロである中小企業診断士や行政書士と一緒に5年分の緻密な計画書を作った人間」でさえ、お金の本質を深く理解していなければ、築き上げたものは一瞬で吹き飛んでしまう――。
私はそんな残酷な現実に、正面から直面することになります。
これから起業や新しい挑戦を目指す皆様には、私と同じような遠回りをし、借金に苦しむ絶望を絶対に味わってほしくありません。
この章では、かつての私が準備した「起業のプロセスのすべて」を、あえて包み隠さずお伝えしていきます。
2-1. 10年がかりの資金づくり
私は「いつか絶対に独立する」という強い気持ちがあったため、理学療法士の1年目から、少しずつ資産運用を始めていました。
最初は月に数万円のコツコツとした積み立てです。日本株のほか、投資信託やS&P500などの海外ETF(上場投資信託)をメインに運用し、10年間でなんとか2,000万円弱の自己資金を準備することができました。
文字にするとサラリとして見えますが、働きながら大学院に通い、非常勤の収入しかなかった時期の資金づくりは、毎月が本当にギリギリの生活でした。
当時の住まいは、家賃3万円の古いアパート。
ベテランの鳩がベランダに巣を作ってしまい、毎朝「クルック〜」という鳴き声で無理やり目を覚まされるような、ひもじいく日々を送っていました。当時は食費を切り詰めるため、1袋100円のパスタばかりを食べて過ごしていました。
それでも「未来を変えたい」という知的好奇心と情熱だけが、私の背中を支えてくれていたのです。
2-2. 「資格があれば借りられる」という大きな誤解
起業を志す仲間からよく「理学療法士の資格があれば、銀行からいくらまで融資を受けられますか?」という質問をいただきます。
結論からお伝えすると、非常に残念ながら「理学療法士の資格そのもの」による融資の優遇は、原則としてありません。医師や歯科医師の先生方であれば、開業時に「医師免許」を対象とした無担保・高額(5,000万〜1億円規模)の特別な医療ローンを組めるケースが多々あります。しかし、私たち理学療法士にはそれが適用されないのがな現実です。
理学療法士の初回融資における現実的な上限額は、500万円〜1,000万円(目安として、自分で用意した自己資金の2倍〜3倍まで)が一般的なロジックとなっています。
なぜ、理学療法士の創業融資は厳しいと言われてしまうのでしょうか。理由は大きく3つあります。
理由1:単独での「開業権」がないこと
日本の法律上、理学療法士は医師の指示なしに「理学療法」を提供して対価を得ることができません。そのため、保険収入(レセプト請求)をベースにした手堅いビジネスモデルが作れず、銀行からは「生存競争の激しい、一般の整体院やパーソナルジムと同じ民間サービス(=リスクが高い事業)」とみなされてしまうのです。
理由2:ライバルの急増(供給過多)
現在、理学療法士は毎年1万人ペースで増え続けています。街にはすでに「元・理学療法士」を掲げた自費整体やサロンが溢れており、金融機関の審査担当者も「競争が激しすぎて、経営の素人ではすぐに潰れてしまうのではないか」と警戒しています。
理由3:医療従事者の「ビジネス(財務)知識」の不足
私たちは治療の技術(医学)を深く学びますが、マーケティングや「5年分のキャッシュフロー(現金の流れ)」を銀行に説明する訓練は受けていません。そのため、事業計画書の完成度が低く、融資を減額されてしまうケースが後を絶たないのです。
銀行(特に日本政策金融公庫)のルールには「総事業費の10%の自己資金があれば申請可能」と書かれていますが、実際の審査を通過するためのリアルな水準は「総事業費の3分の1から半分」です。
たとえば、1,500万円をかけて理想のメディカルフィットネスジムを作りたいなら、最低でも500万〜700万円の自己資金が手元にないと、満額の融資を引き出すことは極めて困難になります。一般的な理学療法士の給与水準から考えても、これだけの資金を貯めることがいかに大変なことか、私自身も身に染みてよく分かっています。
2-3. 融資を引き出す鍵は「商工会議所」と「財務の視点」
では、実績のない私たちが、どうやって大切な開業資金を借り入れたらよいのでしょうか。
まず、いきなり都市銀行(メガバンク)の窓口に突撃してはいけません。実績ゼロの起業家が行っても、一瞬で門前払いされてしまうのがオチです。私たちの命綱となってくれるのは、以下の2つのルートに絞られます。
日本政策金融公庫(新創業融資制度)
国が100%出資する、創業期の最大の味方です。原則として無担保・無保証、かつ固定の低金利(1%〜2%台)で融資を受けられます。計画書のロジックさえ通っていれば、最も実行されやすい窓口です。当時、私の担当者の方も本当に親身になって何度も書類のやり取りをしてくださいました。
地元の信用金庫・地方銀行(信用保証協会付き融資)
万が一、事業が立ち行かなくなった場合に、公的な「信用保証協会」が代わりに80〜100%を弁済してくれる仕組みの融資です。銀行側がリスクを負いにくいため、地域密着の店舗開業に対して非常に親身に相談に乗ってくれます。
(※城南、西武、東京東などの信用金庫や、きらぼし銀行、横浜銀行といった地域の金融機関が、創業支援にとても力を入れています)
これらを利用する際、融資の確率を劇的に跳ね上げる「最高のステップ」があります。それが、地域の「商工会議所」の創業支援をレバレッジ(テコ)にする方法です。
私は最初、事業計画書や収支報告書の書き方なんて全く分かりませんでした。そこで商工会議所に通い詰め、常駐している経営コンサルタントのプロ「中小企業診断士」の先生から、無料の個別指導を何度も受けたのです。
プロのアドバイスによって「売上の根拠がある5年分の事業計画書」が完成すると、商工会議所から金融機関への「紹介や推薦(マル経融資などの特別なルート)」を繋いでもらえるようになります。公的機関のフィルターを通すことで、銀行側の警戒心を一気に取り除くことができるのです。
私自身、このサポートを活用したことで、金融機関からの信頼を得られただけでなく、国からの創業補助金200万円を勝ち取ることができました。
融資担当者は、私たちの「技術の凄さ」や「患者様を救いたいという熱意」だけでは、1円もお金を貸してくれません。彼らが見ているのはただ一点、「この事業は、貸したお金を毎月確実に返せる『財務のキャッシュフロー』があるか」だけです。
「なんとなく毎月100万円くらい売上が立ちそうです」では即落選です。
売上 = 単価 × ベッド数 × 稼働率 × 営業日数
というように、誰が見ても納得せざるを得ない数字の骨組みを提示すること。そして、「開業から最初の半年間、万が一お客様がゼロでも絶対に潰れないための運転資金」をどう見込んでいるか。ここをロジカルに語れるかどうかが、面談の成否を分けます。
2-4. 私の“外部脳”となってくれた、4大士業の存在
理学療法士がパーソナルスタジオを構える場合、あるいはメディカルフィットネスや訪問看護、福祉事業を立ち上げる場合、そのほとんどが「法人登記」や「行政への許認可」を必要とする事業になります。
これらの複雑な書類手続き、日々の税務処理、雇用するスタッフの労務管理などを、すべて自分一人で行うのは完全に不可能です。
かつて私が2,000万円もの大金を準備し、緻密な計画書を作ったにもかかわらず派手に失敗してしまったのは、経営における「目に見えないリスク管理」があまりにも甘かったからでした。医療の知識しか持たない理学療法士が、ビジネスという戦場に丸裸で飛び込むのは、今思えば自殺行為だったと感じます。
あなたが本業を守りながら、しっかりと資産を増やせる経営体質を維持するためには、プロフェッショナルである「士業(しぎょう)」の力を借り、あなたの強力な“外部脳”として囲い込むことが絶対条件になります。
起業・創業期にあなたを裏から守り、支えてくれる「4大士業」のリアルな役割を整理しておきますね。
士業の名称経営における本当の役割(外部脳としての価値)
① 税理士:お金の血液循環をコントロールする「財務のチーフ」
単なる確定申告の代行屋ではありません。融資を勝ち取るための綺麗な決算書(B/S)を整え、毎月の試算表を見ながら「無駄な固定費はないか」「次の投資原資をどこから捻出するか」を経営戦略レベルで共に語り合う、提案型の税理士さんを選ぶのがベストです。
② 弁護士:法的リスクを完全に遮断する「絶対的な盾(シールド)」
自費コンディショニングや高単価サービスは、常に「医師法」や「理学療法士法」との境界線の上を歩くことになります。トラブルが起きてから行くのではなく、ビジネスモデルを作る段階から、ホームページの表現が薬機法に触れていないか、契約書に穴がないかを守ってもらう存在です。
③ 社会保険労務士:組織を強くする「労務と助成金のスペシャリスト」
スタッフや他の理学療法士を雇用し始めた瞬間に、最大の味方になります。医療業界にありがちなサービス残業や曖昧な雇用契約によるトラブルを未然に防ぐ「就業規則」を設計し、スタッフの採用に伴って国から支給される、返済不要の各種助成金を確実に獲得してくれます。
④ 司法書士:会社の骨組み(登記)を狂いなく組み上げる「職人」
会社を設立する際の出生届である「登記」を完璧に代行してくれます。定款(会社の憲法)の「事業目的」の欄にどう記載するかによって、将来的に銀行融資の受けやすさや、行政の認可の取りやすさが180度変わるため、あなたの将来のビジョンを逆算して組んでくれる人が理想です。
医療しか知らなかった当時の私にとって、商工会議所を通じてこうしたプロフェッショナルと繋がりを持てたことは、何よりの財産でした。併せて、医療や介護福祉の業界に強い税理士さんや行政書士さんを紹介してもらうと、創業のスピードはさらに加速します。
こうして、最高のプロたちに囲まれ、十分な資金と完璧な計画書を手に、私は満を持して独立起業を果たしました。
第3章:暗転。自己資金2000万円が吹き飛んだ、開業からの転落
「自分の手で、もっと多くの人を幸せにするんだ」
そんな高い志を胸に、私はメディカルフィットネスジムや訪問看護ステーション、リハビリ専門施設を立ち上げてきました。
10年間かけて泥臭く貯めてきた2,000万円の自己資金、プロと練り上げた事業計画書、そして志を同じくして集まってくれたスタッフたち。手元にピースはそろっていました、成功以外の未来など、当時の私には想像できませんでした。
しかし、ビジネスという魔物は、時として個人の努力や熱意ではどうにも抗えない「巨大な濁流」を突きつけてきます。
満を持してスタートを切った私の事業に襲いかかったのは、歴史的な大災害――「新型コロナウイルス」の感染拡大でした。
3-1.開業半年目の悪夢。緊急事態宣言と、消えたクライアント
開業からわずか半年、ようやく事業が軌道に乗り始め、ここからさらにアクセルを踏もうとしたまさにその瞬間、世界が一変しました。
2020年春、日本全土に出された「緊急事態宣言」。
街から一瞬にして人が消え、私たちが運営する店舗の空気も凍りつきました。
「身体に不調を抱える人を救う」ためのメディカルフィットネスジムでしたが、当時は「密閉・密集・密接」の3密を避けることが叫ばれ、不要不急の外出を控えるムードが社会を支配していました。
特に私たちのターゲットである、身体のメンテナンスを必要とする方や高齢者層にとって、クリニックやジムへ足を運ぶことは「命がけのリスク」に映ったのです。
「来月の予約、すべてキャンセルさせてください」
「感染が落ち着くまで、しばらく通うのを見合わせます」
鳴り響く電話の向こうから聞こえるのは、お詫びと不安の言葉ばかり。
昨日まで笑顔でリハビリに励んでいたクライアントの姿が、一瞬にして目の前から消え去ってしまいました。店舗の維持費、最新マシンのリース代、そして何より一緒に飛び込んでくれたスタッフたちの人件費。売上がほぼゼロになった口座から、毎月何百万円という固定費が容赦なく削り取られていく恐怖は、今思い出しても背筋が凍るほどです。
3-2.「囲い込み戦略」からの見失ったキャッシュフロー
「このまま手をこまねいて見ているわけにはいかない」
理学療法士としてのプライドと、経営者としての責任感が私を突き動かしました。私は生き残りをかけ、「クライアントの囲い込み戦略」へと舵を切ります。
オンラインでの自宅リハビリ指導、徹底した感染対策をアピールした個別訪問ケア、そしてリピート率を高めるための回数券の導入やサブスクリプション型の会員制度の構築。医療知識しか持たなかった私が、マーケティングの本を貪り読み、必死に顧客を繋ぎ止めるための仕組みを作りました。
この戦略は、一時的には功を奏したように見えました。 熱心に通ってくださるコアなファンの方々が、私の熱意に応えるように店舗を支えてくれたのです。
しかし、ここに大きな経営の「罠」が潜んでいました。
回数券や前払いのサブスクリプションは、一時的に手元の現金を増やしてくれますが、それは未来の売上を「前借り」しているに過ぎません。翌月以降は、すでに代金をいただいているため、いくら汗を流して施術をしても新しい現金は1円も入ってこないのです。
「売上の数字」と、実際に手元にある「現金の額」のズレ。
これこそが、私が犯した最大の財務ミスでした。
経営の血液であるキャッシュフロー(現金の流れ)が完全に枯渇しかけていることに、当時の私はまだ気づいていませんでした。ただ目の前のクライアントを守ることに盲目になり、自転車操業のペダルを必死に漕ぎ続けていたのです。
3-3.最後の命綱。追加融資の否決と、助成金申請の失敗
資金ショートの足音がすぐそこまで迫ってきた頃、私は最後の望みをかけて、金融機関へ追加融資の相談に走りました。国からのコロナ特例の融資支援に、一縷の望みを託したのです。
しかし、銀行の窓口で突きつけられたのは、冷酷な現実でした。
「Pheueさん、大変素晴らしい活動をされているのは分かります。しかし、現在の財務状況と、前借りしている売上の構造(回数券の負債化)を見る限り、これ以上の追加融資を実行するのは極めて困難です」
窓口で頭を下げ、理学療法士としての実績や、地域にいかに必要とされているかを涙ながらに訴えましたが、数字しか見ない金融機関の壁を崩すことはできませんでした。第2章でお伝えした「金融機関は熱意ではお金を貸さない」というルールを、私はこの時、身を以て呪うことになります。
さらに追い打ちをかけたのが、国から支給されるはずだった持続化給付金や各種助成金の否決でした。
当時は日々変わる複雑な申請要件に対し、自力で書類を必死に集めて応募していました。しかし、医療や介護の複雑な法制度と、一般のビジネス向け助成金の整合性を完全に証明することができず、本来もらえるはずだった数百万円の支援金が、審査の途中で無惨にも弾かれてしまったのです。
「お金が、もう残っていない……」
通帳の残高がほぼゼロになったその日、私の頭の中の糸がプツリと切れました。 スタッフへの給与が払えない。取引先への支払いが滞る。 創業からわずか6年。私は自らの手で、会社を閉じる「閉業」の決断を下さざるを得ませんでした。
3-4.自己破産、そして「人生のどん底」
会社を清算し、残った多額の債務を整理するため、私は最終的に「自己破産」の手続きを選びました。
10年間、柔道で培った根性と100円パスタで耐え抜いて貯めた2,000万円。 プロと夢見た輝かしい未来。 地域を良くしたいと語り合った仲間たちの信頼。
そのすべてを、自分の経営能力のなさで一瞬にして失ってしまった。 手続きが終わり、文字通り「家も、会社も、肩書も、お金も、何もない丸裸の人間」になった時、小さな公園のベンチで、私はただ呆然と空を見上げていました。
「自分は一体、何のためにあんなに努力してきたのだろうか」
理学療法士という仕事が天職だと信じ、誰よりも汗を流してきたはずなのに、待っていたのは「自己破産者」というレッテルと、深い絶望だけでした。まさに、人生のどん底。これ以上の暗闇はないと、涙も枯れ果てていました。
しかし、この時の私はまだ知る由もありませんでした。 この「お金の怖さを骨の髄まで知った」という壮絶な失敗経験こそが、のちに私を年収1,000万円へと押し上げる、最強の「武器」に変わるということを――。
第4章:技術を磨いても、なぜ給料が上がらないのか?「制度の中」の残酷な現実
自己破産という人生のどん底を経験した私が、あらためて自分の本職である「医療業界」を見つめ直したとき、一つの冷徹な現実に気がつきました。
それは、私だけでなく、本当に多くの理学療法士や医療従事者が「将来への不安」を抱えて日々を生きているということです。その根本的な原因は、個人の努力不足などではなく、この業界が直面している「構造的な低賃金」にあります。
プロローグでも綴りましたが、私は理学療法士が持つ技術や知識は、もっと社会から高く評価されるべきだと心から信じています。しかし現実は、驚くほどシビアです。
4-1. 毎年1万人が誕生する業界と、私の限界点
日本理学療法士協会の会員数は約15万人(非会員を合わせると約20万人)に達しており、現在も毎年10,000人〜11,000人もの新しい理学療法士が誕生し続けています。
私がかつて勤務していた地域密着のクリニックでは、6年目の退職時の年収は600万〜700万円ほどでした。この数字だけを見ると「平均より高いのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、その中身は「1日外来リハビリ24単位+訪問リハビリ5〜7件」をひたすらこなすという、まさに体力の限界点を突破した働き方でした。技術職である以上、20代の若いうちは「質より量」をこなして経験値を爆発的に上げる時期も必要かもしれません。ですが、当時はまだ20代後半だった私ですら、肉体的・精神的な消耗は凄まじいものがありました。
4-2. 年収1,000万円の壁と、若手が直面する絶望
厚生労働省の統計を見ても、理学療法士の平均年収は約400万〜430万円前後で推移しています。これは日本の平均初任給や、全産業の平均年収と比べても決して「高い」とは言えません。
じつは、年収1,000万円を超えている理学療法士は、全体の上位わずか5.5%しか存在しないのです。
私が当時行っていた「限界を超えた働き方」をどれだけ続けても、この壁を突破することは不可能です。一般的な病院の管理職(リハビリテーション部長など)に上り詰めたとしても、600万〜700万円あたりが給与の頭打ち(限界点)になるのがこの業界のリアルです。
20代後半から30代になり、結婚、子育て、マイホームの購入といった人生の大きなお金が必要になるライフイベントが重なっても、基本給のベースはほとんど上がりません。
「どれだけ毎週末の勉強会に参加して、高い受講料を払って技術を磨いても、毎月の手取りが数千円すら増えない……」
そんな現実に直面し、未来に絶望して業界を去っていく若手や中堅の仲間を、私はこれまで数え切れないほど見てきました。
4-3. ゴッドハンドでも売上は一律。「カゴの中」から抜け出すために
なぜ、これほど命がけで頑張っても給料が上がらないのでしょうか? その最大の理由は、私たちの技術不足ではなく、「医療保険・介護保険制度」という絶対的な制度(カゴ)の中にいるからです。
病院や施設が国から受け取る報酬(診療報酬・介護報酬)は、1点単位で厳格に決められています。 あなたがどれだけ患者さんを感動させる「ゴッドハンド(神の手)」の持ち主であっても、初心者であっても、1単位(20分)あたりに生み出せる国からの売上の上限は、全員一律で固定されているのです。
つまり、病院経営の観点から見れば、どんなに優秀な人材であっても「生み出せる売上の上限が決まっている労働力」に過ぎません。経営者が「このスタッフは素晴らしいから、もっと給料を上げてあげたい」と心から願っても、構造上、上げたくても上げられない仕組みになっているのです。
さらに恐ろしいのは、売上を増やすための選択肢が「自分の貴重な時間を切り売りして、担当する患者数を増やすこと」しかない点です。
朝から晩までリハビリ室を全力で走り回り、夜は膨大な書類業務に追われる。20代は体力という若さの貯金でカバーできても、40代、50代になったときに、同じように身体を酷使する働き方ができるでしょうか?
昇給は頭打ち
体力は衰える一方
保険制度の改定によって、診療報酬は引き下げの圧力に晒され続ける
この医療保険の「カゴの中」だけで一生を終えることは、じつは非常にリスクが高い生き方なのです。だからこそ私は、「理学療法士は、もっと外の世界に目を向け、自分の価値を正当にマネタイズして稼ぐべきだ」と確信しています。
4-4.それでも「起業」がすべてではない。だからこその株式投資
「じゃあ、やっぱり Pheueさんのように独立起業するしかないのか……」と思われたかもしれません。ですが、前章でお話しした通り、独立起業の壁は信じられないほど高く、リスクも甚大です。起業したからといって、高い給与が保証されるわけでは決してありません。「自分には起業なんて無理だ」と、少し不安になってしまった方もいると思います。
でも、どうか安心してください。だからこそ、私が皆様に提案したいのが、会社を辞めずに自分の「労働時間を資産に変えるための株式投資(銘柄分析)」なのです。
医療従事者という職業には、一般のビジネスパーソンにはない最強の強みがあります。それは、「景気に左右されず、毎月の基本給が極めて安定して入ってくる」という点です。
この「安定した本業の収入」という盾を持ちながら、その一部を未来の資産形成へと賢く回していく。本業の安定×投資の成長というハイブリッドな生き方こそが、あなたの人生を、我慢と不安の日々から「豊かで安心できる未来」へとガラリと変えてくれる強力なエンジンになります。
それでは次章から、かつて自己破産した私が、なぜこの「銘柄分析」によって本業の成果と年収1,000万円を同時に手に入れることができたのか。その具体的なノウハウとステップを、丁寧に解説していきます。
第5章:医療従事者の盾(収入)を活かす。「企業」を見抜くスクリーニング術
第4章でお話しした通り、私たち医療従事者には、一般のビジネスパーソンが喉から手が出るほど欲しがる「最強の武器」があります。それは、「景気に左右されず、毎月決まった基本給が安定して入ってくる」という圧倒的な強みです。
この安定した収入という「最強の盾」を持ちながら、その一部を未来への投資に回す。本業の安定と投資の成長を掛け合わせることで、私たちは過酷な労働から少しずつ解放され、本当の意味で豊かな資産を築くことができるようになります。
「でも、投資なんて難しそうだし、何から始めていいか分からない……」
そう不安に思う方も多いはずです。そこで今回は、一度ビジネスで地獄を見て、お金の怖さを骨の髄まで知った私が毎日実践している、「日本株スクリーニング(銘柄選定)の具体的手法」をすべて公開します。
理学療法士として人間の身体(土台)を見る視点と、経営者としての挫折から生まれた「強固な財務×圧倒的な技術」を見つけ出すステップです。これを学び、未来の不安を「自分の力で資産を守り、育てる自信」へと変えていきましょう。
5-1. まずは「興味のある世界」をのぞいてみる
企業分析を始めるからといって、いきなり難しい数式を解く必要はありません。まずは、以下のような身近な情報源に、ゲーム感覚で目を通すことから始めてみてください。
日本経済新聞(日経新聞)
会社四季報(書籍版・アプリ版)
みんかぶ(投資情報サイト)
証券会社が提供しているアナリストレポート
noteの優秀なクリエイターたちの分析記事
最初は専門用語の羅列に「ウッ」と頭が痛くなるかもしれません。
しかし、私たち医療従事者は、日々の臨床でカルテを読み、無数の難しい専門用語やカタカナの病名を当たり前のように使いこなしています。企業の数字もそれと全く同じです。少しずつ触れているうちに、必ず感覚が慣れてきます。
私自身、企業分析を本格的に学ぶ上で大きな転機となった一冊の本があります。多忙を極める現役の麻酔科医でありながら、緻密な企業分析で驚異的な資産を築かれた投資家・たーちゃんさんの著書、『50万円を50億にふやした 働きながら株で50億』です。
「同じ医療従事者で、これほど多忙な先生が、なぜこれだけの分析ができるのか?」
大きな衝撃を受けた私は、この書籍の付録にあった「銘柄分析スクリーニングシート」を使い込み、YouTubeの解説動画を見漁りました。
そしてガイドブックを片手に、四季報で国内の上場企業を片っ端から読み解くトレーニングを始めたのです。自分の手で稼いだお金を実際に投資することで、企業の数字がまるで「患者さんのレントゲン写真」のように、リアルな状態を映し出すシグナルとして見えてくるようになりました。
5-2. 1株でもいい。「当事者」になることで世界が変わる
少しでも興味が出たら、まずは少額からでも実際に投資に触れてみることをおすすめします。
証券口座を開設し、自分の意思でお金を投じた瞬間、それまで他人事だった経済ニュースへの関心度は劇的に跳ね上がります。
毎日アプリで株価をチェックするようになったり、普段の何気ない会話の中で「あの会社、最近伸びているよね」と企業のビジネスモデルに目が向くようになったりします。日常の中に「投資」という新しいエッセンスが加わることで、これまで見過ごしていた社会の盲点が、オセロの石がひっくり返るようにクリアになっていく感覚を味わえるはずです。
では、具体的にどのような基準で企業を選べばいいのか。私が人間の身体を見るように、企業の「構造」と「体質」を見極めている独自のスクリーニング手法を解説します。
5-3. 企業の健康状態を見抜く「5つのスクリーニング・ステップ」
① 【構造(安全性)】自己資本比率「55%以上」
リハビリでもまず「体幹」の安定性が最重要であるように、企業も骨組みの強さ(安全性)が命です。倒産リスクを徹底的に排除するため、自己資本比率(すべての資産のうち、返済不要の自分の財産が占める割合)が55%以上の企業だけを厳選します。
② 【代謝(現金流動性)】営業キャッシュフローが「黒字」であること
どれだけ立派な体格(資産)を持っていても、血液(現金)が循環していなければ人間は生きていけません。それを見るのが「キャッシュフロー計算書(C/F)」です。
直近2〜3年の営業キャッシュフローがコンスタントに「プラス(黒字)」の企業を選びます。会計上の「利益」は書類の上で綺麗に見せかけることができますが、手元の「現金の動き」だけは絶対に嘘をつけません。本業でしっかり現金を稼ぎ、それを未来への投資に回せている健全な企業だけを網羅します。
③ 【体質(成長性)】売上高成長率「年15%以上」の初動を狙う
強固な防衛線を突破した企業の中から、次は「爆発的な推進力(筋肉)」を持つ株をあぶり出します。
過去3年の平均売上高成長率が「15%以上」、または今期予想が「20%以上」の企業に注目します。市場のシェアを急速に奪っている企業の売上は、後から莫大な利益を生む美しい「Jカーブ」を描くからです。社会のパラダイムシフト(宇宙開発やAIロボティクスなど)の波に乗り、スケールしていく初動のエネルギーをここで検知します。
④ 【参入障壁(定性分析)】独自の「Moat(堀)」をビジネスモデルから読み解く
ここからは数字の枠を超えた、ビジネスの質を見極めるフェーズです。その企業に「他社が絶対に真似できない圧倒的な強み」があるかをチェックします。
特許や、卓越した数学的アルゴリズム(独自のコア技術)を持っているか
国策や政府予算に深く食い込んでいるビジネスか
一度導入すると他社への乗り換えが不可能な仕組み(ストック型ビジネス)か
どんなに数字が良く見えても、他社が簡単に真似できるビジネスは、すぐに価格競争に巻き込まれて筋肉が削げ落ちてしまいます。
⑤ 【割安性】期待が剥がれ落ちた「PSR 10〜15倍以下」を拾う
どんなに素晴らしい筋肉質銘柄でも、すでに市場の期待が最高潮に達し、株価がバブルのように割高な時に買っては勝てません。
狙い目は、「素晴らしい技術と財務(体幹)を持っているのに、一時的な下方修正や市場全体の地合いの悪さで、不当に叩き売られている瞬間」です。PSR(株価売上高倍率)が10〜15倍以下まで大きく調整し、短期の投資家が投げ売りした後の「静けさ」の中で静かに仕込む。これが、私の投資戦略の核心です。
5-4. 【実戦】大手証券ツールの具体的な設定値
あなたが今すぐ実践できるように、SBI証券やマネックス証券などのスクリーニング機能に入力すべき具体的な条件をまとめました。
対象市場 東証グロース、または東証プライムの中小型株
安全性(自己資本比率) 55%以上(徹底的な安全第一)
成長性(売上高変化率) 前々期比・前期比・今期予想のすべてが +15%以上
キャッシュフロー 営業キャッシュフローが プラス(黒字)
割安性(PSR / PBR) 過去3年間のレンジの 「下位30%以内」
この条件を入力すると、約4,000社ある日本株の中から、一気に30〜40社程度まで絞り込まれます。その残った銘柄こそが、私たちが解剖すべき「ダイヤの原石」たちです。
5-5. なぜ企業分析をすると、本業の「戦闘力」が跳ね上がるのか?
ここで、とても面白い相乗効果(シナジー)の話をさせてください。私がなぜ毎日、スクリーニングと決算書の読み込みを続けているのか。それは、「投資の勉強は、そのまま本業の価値を何倍にも高める最大の武器になる」と確信しているからです。
現在、私が都内で担当させていただいているクライアント(患者さん)の多くは、上場企業の役員や経営者、医師、弁護士といった、社会の第一線で活躍されている方々です。
日頃からスクリーニングで企業のビジネスモデルや財務を頭に叩き込んでいると、お身体の施術をしながら、そうしたエグゼクティブの方々と「経済の生きた対話」ができるようになります。
「先生、どうしてうちの業界の課題や、競合の財務戦略までそんなに詳しいの?」
経営者の皆様は一様に驚かれます。これによって、私は単なる『身体を整えてくれるトレーナー』から、『自分の人生やビジネスの背景まで深く理解してくれる絶対的なパートナー』へと、ポジションを高めることができました。企業分析を学ぶことは、投資のリターンを得るだけでなく、理学療法士としての私の単価と信頼を劇的に引き上げてくれたのです。
5-6. 現在のポートフォリオ思想
このスクリーニング術によって選ばれた銘柄たちを、私は以下のようなバランス(ポートフォリオ)で運用し、医療従事者の安定した収入をさらに強固なものにしています。
【体幹】コア資産(60%):
自己資本比率が極めて高く、営業キャッシュフローが超安定的な成熟企業(高配当株・インデックス)。毎月の投資資金のベースをここに投じ、確固たる土台を作ります。
【筋肉】サテライト資産(30%):
独自の技術や参入障壁を持ち、数年で数倍(テンバガー)の成長を狙うディープテック株など。人生をより豊かに、大きく前進させるための推進力です。
【弾薬】キャッシュ(10%):
スクリーニングでリストアップした優秀な企業が、市場全体の暴落によって不当に割安ラインに落ちてきた瞬間、一撃で仕留めるために手元に残しておく現金です。
投資とは、一か八かのギャンブルではありません。
「企業の未来の価値を、数字というロジックに基づいて正当に評価する行為」です。
一度ビジネスで大きな失敗をし、現金の重みを骨の髄まで知っているからこそ、私は企業の「美じ麗句(素晴らしい理念)」だけではなく、「数字(財務と実績)」を冷徹に見つめます。
医療従事者という「毎月の安定収入」という最強の盾を持ちながら、このスクリーニング手法という剣を振るうこと。これこそが、過酷な労働からあなたを解放し、未来の人生をどこまでも豊かに変えていく、最も確実で優しいロードマップになるはずです。
第6章:ため息を「明日の希望」に変える。今日から始める、株式投資はじめの一歩
これまで、保険診療という「カゴの中」の現実、私の起業と廃業、そしてそこから這い上がった「企業分析」のノウハウについてお話ししてきました。
私たちが関わる医療・介護・福祉の世界は、本当に尊い現場です。
しかし同時に、技術を磨くための自己投資や日々の激務に追われ、魂をすり減らしながら目の前の患者さんに寄り添っているのも事実です。
それなのに、どれだけ汗を流しても、国の制度(診療報酬)によって1単位(20分)の価値は一律で固定されています。どんなに技術を磨いて患者さんから「神の手」と感謝されても、1時間で稼げる金額には絶対的な上限があるのです。
「自分の価値を正当に評価され、それに見合う対価を受け取りたい」
そう願うのは、プロフェッショナルとして当然の権利です。
実際、私が経営者として約40人のスタッフを抱えていた頃も、給与や正当な評価をめぐる対話(時には切実な衝突)が絶えませんでした。これは、現場を愛する従業員と、制度の枠内でやりくりせざるを得ない経営者との間で、決して尽きることのない構造的な課題なのです。
仕事が終わり、自宅の玄関を開けた瞬間に、思わず「ふぅ……」とため息をついてしまう夜はありませんか?
そのため息が、「よし、明日も頑張ろう」と思えるポジティブなものなら、いくらついても構いません。しかし、「明日、職場に行きたくないな……」というネガティブなものだとしたら、何かを変えるタイミングが来ているのかもしれません。毎日魂を削って疲弊する生き方を、いつまで続けていくのか。かつて1日24単位をこなしながら訪問リハビリに走っていた頃、私も全く同じ壁にぶつかっていました。
6-1.「体質改善」から始めよう
現状を変えるきっかけを探しているあなたへ、元・脳筋の私から、一つだけお伝えしたいことがあります。
それは、「こればかりは、自分で小さく動いて掴みに行くしかない」ということです。
もちろん、保険の利かない「完全自費サービス」を立ち上げて自ら単価を設定する側に回ったり、自分の事業を持って売上をコントロールしたりする道もあります。もし高単価(1回15,000円〜など)でも「あなたにお願いしたい」と懇願されるためには、緻密なブランディングや、第5章で紹介したような「経営者層の心を掴む教養(企業分析力)」が不可欠になります。
しかし、一足飛びに大きなリスクを背負って起業する必要はありません。私がそうであったように、勢いだけで飛び出すと現実に派手に転んでしまいます。
まずは、今の「安定した本業」という最強の盾を守りながら、日々の労働時間を「未来の資産」へと変換していく、小さなキャッシュフローの習慣(体質改善)から始めてみませんか?
その具体的なロードマップを、私の実践ルーティンとともにお渡しします。
6-2.未来の自分を支える、4つのステップ
ステップ1:個人財務の「コア」を固定する
収入が増えたり、生活に少しゆとりが出たりすると、つい家賃や食事、衣服などの生活水準(固定費)を上げてしまいがちです。しかし、これではいつまで経っても「お金の不安」から抜け出せません。
大切なのは、「生活コストをあえて必要最小限に抑え、固定費を徹底的に軽くすること」です。
実践ルーティン: 毎月の収入が入ったその日のうちに、投資に回すお金を「先取り」して証券口座へ送金します。「余ったら投資しよう」では、人間は絶対に現金を残せません。最初は少しだけ無駄遣いを我慢する強い意志が必要ですが、これがルーティン(習慣)になれば、口座の数字が育つ楽しさが勝るようになります。
Pheueのステップ じつは私も、最初は投資の知識が曖昧だったため、2023年秋からしばらくはAI投資アプリを活用してお金を自動で管理・運用していました。そこで投資の感覚と資金をじっくり育て、知識を蓄えた2025年末から、満を持して証券口座での日本株個別投資へとシフトしたのです。一歩一歩、自分のペースで進めていけば大丈夫です。
ステップ2:コア資産(60%)で揺るぎない土台を作る
先取りして捻出した投資資金のうち、約60%は、何があっても揺るがない強固な土台(インデックス投資や安定した高配当株)の構築に充てます。
ここは、一獲千金を狙う場所ではありません。世界の経済成長や、盤石な財務基盤を持つ成熟企業にコツコツと果実を実らせてもらい、あなたの人生に「最低限の防衛線(自動的なベーシックインカム)」を形成していくエリアです。この土台があるからこそ、本業でも心に余裕を持って、さらなる挑戦ができるようになります。
ステップ3:グロース株(30%)で未来の推進力を仕込む
強固な体幹(土台)を作った上で、残りの約30%を、社会のパラダイムシフトを牽引する国策グロース株(宇宙インフラや独自のディープテック技術を持つ企業など)へと投入します。
ここで、第5章でお話しした「企業分析」が最大の武器になります。徹底的なスクリーニングによって選ばれた3割の筋肉が、数年後に2倍、5倍と成長し、あなたの資産形成のスピードを優しく加速させてくれる推進力となります。
ステップ4:流動資金(10%)を「弾薬」として常備する
最後の10%は、あえて投資せず、いつでも動かせる「現預金」としてプールしておくか、応援したい「社会貢献株」へ投資します。
株式市場は数年に一度、必ず理由のない大暴落やパニック(急な調整局面)を引き起こします。その時、スクリーニングで「喉から手が出るほど欲しい」と目をつけていたダイヤの原石(優良株)が、バーゲンセールのように叩き売られる瞬間がやってきます。手元にこの10%の「弾薬(現金)」を残しておけば、チャンスの神様の前髪を、迷わず一撃で掴み取ることができるのです。
6-3.明日の価値を、先回りしよう
真の「豊かさ」とは、贅沢な暮らしをすることではありません。 自分が一生懸命に働いて稼いだお金を、今度は「自ら現金を稼ぎ出してくれる健やかな資産」へと変換し、自分自身の財務構造を根本から変えてあげることです。
一度ビジネスで大きな失敗をし、現金の重みと怖さを思い知った私だからこそ、綺麗事ではなく、この「数字と仕組み」の重要性を優しく、しかし確信を持って皆様にお伝えすることができます。
毎日現場で誰かのために汗を流しているあなたの労働時間は、本当に価値あるものです。だからこそ、その大切な時間を、ただ消費して終わらせないでください。
医療従事者としての誇りと安定を胸に、外の世界の教養を身につけ、小さなお金を未来への資産へと繋いでいく。
今日、あなたが踏み出す小さな一歩が、数年後のあなたの「ため息」を、きっと未来への「心地よい深呼吸」へと変えてくれるはずです。
私自身も本格的に投資をはじめて日が浅い新参者です。
今後も企業の勉強をつづけながら自分自身の「資産を増やせる」ように取り組みを続けていきます。
おわりに
全6章にわたる長い物語に、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
かつて、1袋100円のパスタをすする「脳筋」の医療学生だった私が、理学療法士としてがむしゃらに走り続け、勢いだけで飛び出した起業の世界で2,000万円を失い、自己破産という人生のどん底を経験しました。
小さな公園のベンチで、空を見上げながら「自分の努力は一体なんだったのだろう」と涙を流していたあの日。もしタイムマシンがあるなら、絶望の淵にいた過去の自分に、優しく声をかけてあげたいのです。
「大丈夫。その流した涙も、お金の重みを知った壮絶な失敗も、数年後にはすべて、多くの仲間を救うための温かい『言葉』に変わっているからね」と。
医療・介護・福祉の現場。そこで、誰かの痛みや不安に真っ正面から向き合い、魂を削るようにして汗を流しているあなたの存在は、社会にとって、そして目の前の患者さんにとって、本当にかけがえのない、尊いものです。
だからこそ、その大切な労働の価値を、ただ消費されるだけで終わらせてほしくない。これが、遠回りをして地獄を見てきた私が、この記事を通して皆様に一番伝えたかった、心からの願いです。
現状を変えたい、未来の不安をなくしたいと思ったとき、一足飛びに大きなリスクを背負って起業する必要はありません。まずは、明日からの臨床を今まで通り誠実にこなしながら、稼いだお金のほんの一部を、未来の自分のために「先取り」して、企業の応援(投資)へと回してあげることから始めてみてください。
「企業分析」という新しい教養のレンズを覗くことで、いつもの現場の景色がガラリと変わり、本業での会話や信頼関係の深まりという、思いがけないプレゼントをあなたにもたらしてくれるはずです。
ビジネスという戦場を丸裸で生き抜くのは大変ですが、私たちには「医療従事者としての安定した毎月の収入」という、最強の盾があります。この温かい盾を守りながら、外の世界へと小さく一歩を踏み出すハイブリッドな生き方こそが、あなたの人生をゆっくりと、しかし確実に守り、豊かにしてくれます。
仕事終わりに自宅の玄関を開け、思わずついていたあの「ふぅ……」という重いため息。
今日、この記事を読み終えたあなたの心に、小さくとも確かな希望の種が植え付けられたなら。そのため息は、これからの未来をあなた自身の力で変えていくための、優しく心地よい「深呼吸」へと、きっと変わっていくはずです。
一度きりのあなたの人生が、我慢と不安の日々から解き放たれ、誇りと豊かさに満ちたものになりますように。
あなたの新歩を、私はいつでも、この場所から心より応援しています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
誠意を込めて。
Pheue(ふ~)|理学療法士・個人投資家
#創作大賞2026 #ビジネス部門
