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「ウェルカム・マンデー」|日曜の夜が少し軽くなる話

私は、月曜日を迎えに行きたい。

追いかけられる月曜日じゃなくて、
自分から両手を広げて迎えに行く月曜日。

それが、私の思う「ウェルカム・マンデー」。

私のnoteのテーマともいうべき『ウェルカム・マンデー』について、
実は、今までほとんど語ってこなかった。

なぜか。

おそらく、自信がなかったから。

本当の意味での「ウェルカム・マンデー」に、
まだ到達していなかったから。


「ウェルカム・マンデー」の誕生

2026年2月。
自分の人生を発信しようと決め、人生のテーマとなる言葉を探していた時、ある言葉が目に留まった。

「朝を迎えに行こう」

そうだ。私は月曜日を迎えに行こう。

追いかけるんじゃなくて、迎えに行く。
両手を広げて、迎え入れる。

「ウェルカム・マンデー!」
小さく叫んでいた。

これだ。
私の人生のテーマが誕生した。


「ウェルカム・マンデー」1つ目の意味

「ウェルカム・マンデー」の1番分かりやすい意味は、仕事が好きであること。

大学卒業後、新卒で入社した会社では、月曜日どころか、金曜日の夜から憂鬱だった。

毎朝、地下鉄の階段を登る足取りは重く、このまま階段からでんぐり返ししようかと何度も思った。

その反動だろうか。

その会社を退職後は、月曜日が憂鬱になる仕事はしない、と心に誓った。

月曜日が憂鬱じゃないか?
連休明けが憂鬱じゃないか?
笑顔でスタートできるか?

それが、仕事の指標。


「ウェルカム・マンデー」の起源

「ウェルカム・マンデー」の反対語は、
「No More Mondays」

「No More Mondays」との出会いは、18年前に遡る。
カナダ留学中に、ビジネス英語のクラスでプレゼンテーションに使用した書籍Dan Miller 氏『NO MORE MONDAYS』の言葉である。

本の内容は、正直あまり覚えていない。
でも、この言葉だけは残った。
「No More Mondays」
月曜日なんて、来なければいい

仕事が好きなら、月曜日は憂鬱じゃない。
最初はそう信じていたし、そう定義していた。

実際、今の私は、月曜日の朝が憂鬱ではなかったし、連休明けも、お正月明けも、憂鬱ではなかった。


「ウェルカム・マンデー」に隠された、もう一つの意味

それでも、不思議なことに、日曜日の夜に憂鬱さを感じることが増えた。

眠れない、眠りたくない夜が増えた。

「これは、何?」

ちょっと立ち止まって考えた。

何週か、日曜日を見送って、ようやく辿り着いた答え。

それは、月曜日を迎える憂鬱さではなく、
日曜日を終える憂鬱さだった。

「日曜日にやりたかったこと、やるべきだったことが終わってない」という憂鬱。

それは、家事だったり、趣味だったり、持ち帰り仕事だったりした。

なるほど。

「ウェルカム・マンデー」な人生とは、

月曜日だけじゃない、毎日を大切に生きなければいけないのだ。

それは、とにかく週末に動き続けて、やるべきことを終わらせることとも異なる。

きっとそれは、しっかり体や心を休め、翌週への準備をすることも含まれている。


その上で、これだけはやろうと決めたことは終わっている、もしくは、終わってないけどいいじゃないか、という気持ちになっている。

そういうこと。


つまり「ウェルカム・マンデー」とは

自分を大切に、毎日を生きること。

1日1日を、納得して生きること。

ありのままの自分を受け入れて、
その上で、次に進むこと。

その積み重ねの先に、
月曜日を迎えに行ける自分がいる。


私は、「ウェルカム・マンデー」な人生を送りたい。

まだまだ、道半ばの私だけど。


月曜日が憂鬱な方も、
月曜日が楽しみな方も、

よかったら、
道半ばな私と、一緒に歩いてみませんか?


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