Photo by
dongmu
錯覚#風まかせ文芸部
冬の夕方、駅前のガラス越しに、私は“あの人”を見た。
黒いコートの背中。歩幅の癖。ふと振り返る仕草まで、全部、同じだった。
急いで外に出て、思わず名前を呼びかけて、足が前に出る。
でも、近づくたびに胸がざわつく。
こんなはずない。
だって、その人はもう遠くの街へ行ってしまったはずだ。
彼はスマホを耳に当てながら笑っている。声は聞こえないのに、笑い声だけははっきり思い出せた。
「そんなわけないよね」
呟いた途端、視線がぶれて、彼の顔が別の人のものにすり替わった。
私の心が勝手に描いた幻。
風がコートの裾を揺らし、幻は雑踏に紛れて消えていく。
私は深呼吸をして、駅前の灯りの下を歩き出した。
いいなと思ったら応援しよう!
いつもありがとうございます。よろしければ応援をお願いします。これからも分かりやすい記事の投稿に努めてまいります。