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昼下がり#風まかせ文芸部


ビルの隙間から、空がちらりと覗く。
東京の昼下がり、駅前のカフェは冷房と人の声で溢れていた。誰かのスマホの通知音、隣の席の笑い声、ガラス越しの信号音。それらが全部、耳の奥で溢れていく。

早川は、アイスコーヒーに口をつけてそっと立ち上がった。

駅を背に、ビルの谷間を縫うように裏道を歩く。アスファルトの照り返しも、聞こえてくる救急車のサイレンも、全部「街の声」だった。逃げ場がほしかった。

三つ目の路地を曲がったところに、古い喫茶店があった。看板は色褪せて「くるみ」と読めるかどうか、という程度。入ると、クーラーではなく扇風機が回っていた。ラジオからは、小さな音でクラシックが流れていた。

誰もいない。
マスターが新聞を読みながら
「いらっしゃい」
とだけ言った。

早川は、なにも言わず席につき、「ホットで」とだけ注文した。

氷の音も、笑い声も、通知音もない。
ただ、珈琲の香りと、静かすぎる時計の音。

「やっと、音が消えた」

そう呟いて、自分の指先が微かに震えていたことに気づく。大丈夫だ、と胸の奥で繰り返した。ここには喧騒が届かない。まだ、この世界に逃げ場所はある。

外では、太陽が傾きはじめていた。



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