【短編小説(ローファンタジー)】それはきっと、最後のきらめき 5000字 #note文芸部大賞2025
[HL:ダンジョンがなくなってから1年、私たちの生活は色褪せた]
(おじゃましますー。1年を強調しすぎて少しうざいかもしれない)
「エリヤ、今度のネタは本当だってば! 本当にバグがあるって」
そんな風に熱くなってるタケチを冷静に見下ろした。タケチがこんな風にいうのは、1年前からカウントしてももう数え切れないくらい。
「だからお願いします!」
最近、というかこの1年、ずっとイライラしている。つまり世界がすっかり平和になってしまってから。
この世界に異世界のダンジョンが現れるようになったのが10年程前、世界に突然、たくさんの異世界につながるゲートが現れてモンスターがあふれ出し、あたしたちもスキルをゲットして戦士になって戦った。動画を配信して、お金を儲けてそのお金で装備を新調して、ダンジョンの深部に飛び込む。誰かが全てのダンジョンが攻略されて異世界との間の扉が閉じたのが1年前。世界にたくさんあったゲートがもともとなかったように全部消滅して、それであたしたちは取り残された。今ではダンジョンなんか最初からなかったみたいに、元通りの平凡な世界が広がっている。
気づけば、タケチが土下座のスタイルから無意識に持ち上げられたスマホを思わず蹴飛ばしていた。
「壊れる!」
「オフを撮るなっていつも言ってんじゃん!」
オフの今の私はすっぴんで、雑なTシャツに洗いざらしのジーンズの格好が10年前の元々のあたしと同じで、動画になんてとても残せない。
「ほんと、ごめん」
「嫌ならやるなって何回言えば……」
誠意が感じられないそんな言葉を吐きながら蹴飛ばされたスマホを追って窓に向かうタケチの肩越しに、隣の家のカーテン閉めっぱなしの窓が見えた。正直、ここからはそれしか見えない。隣の家とは10センチくらいしか離れていなくて、ギリギリまで窓際に迫って見上げても、その10センチの隙間がそのまま上空に伸びた10センチの空しか見えないんだ。これが今のあたしの生活。
「よかった。壊れてない」
けど、そんなことはタケチには関係ないみたい。そのことにも苛つくけれど、タケチはあたしたちが住んでるこの家のことなんて見ていないんだ。つまりこの1年のことはなかったことになってる。はぁ。こんなやり取りも何回目だろ。
「そんな簡単に壊れないよ」
「わかんないじゃん、それにもうこれしかないんだから」
タケチが大切そうに抱えるスマホはタケチが大昔、世界が危険だった時よりもさらに前に一番最初に動画を撮ったスマホらしい。今では随分古い型だけど、でもタケチがずっと大切にしている。たくさん買った豪華な機材はいつのまにか全部お金にかえるか借金のかたに取られてしまった。そう、動画。タケチの脳内では今もタケチは配信者で、あたしは主演のずっと腐れ縁。
そうか。タケチと初めて会ったのはもう10年も前になるのか。あのころは全てがキラキラしてた。
あの時あたしは学生で、大剣使いっていう特別なスキルを手に入れて、なんだか全部がうまくいきそうな気がしてダンジョンに潜ってた。一時期はタケチの配信で結構なお金を稼いだ。あの頃はもっと広い部屋に住んでたけれど、今タケチと暮らしてるのはビルに挟まれた狭い1DKの部屋で、昼間でも電気をつけないと薄暗い。
「それでさ、8号廃墟塔にバグが出るんだって」
「バグ、ねえ」
あたしたちはそう、たいていの探索者と同じように、きれいに言えばお金を貯めるのに失敗した。全てのダンジョンが攻略されるとダンジョンもスキルも消えるだなんて思わなかった。
だから異世界との関係が消える直前に装備のためにつくった借金は、そのままダンジョンに潜れないあたしたちの返すあてのない借金になっちゃって、あたしは大剣をお盆に持ち替えてウェイトレスをやっている。青春のすべてをダンジョン攻略に費やしたあたしたちが馬鹿にしていた一般社会でいまさら会社員で真面目に働くなんて、どだい無理なのだ。学歴なんて捨てちゃってたし。
それにそう、それは抵抗があった。あたしたちの全てが否定されたみたいで。
身近にあったキラキラは現実の時間の流れと一緒に哀れにも消え去ってしまったのだ。そう、あたしの夢も記憶の外でどんどんと色褪せてきちゃって、もうあんまり思い出せない。
けど、タケチはバイトの隙間にまだ、あのダンジョンの残滓を追いかけている。
ダンジョンが閉じたときに残されたモンスターが今も幽霊みたいにダンジョンにひっそりと暮らしている、という都市伝説が現実を受け入れられない元探索者たちにまことしやかに広まっている。それらはバグと呼ばれていて、確かにダンジョンが閉じてすぐはモンスターが取り残されるみたいな事例もあったけれど、1年も経った今では全てが狩り尽くされて実験施設でカイボーとかされきっちゃっているんだ、きっと。
そんな都市伝説を信じてタケチとかつてのダンジョン廃墟を何度も訪れてはみたけれど、これまで全部空振りだった。きっとこれからもそう。この世界からトクベツは全部なくなってしまった。
空いた窓からドラゴンじゃなくて飛行機が飛ぶゴウという音が響く。これも1日になんどもある騒音。
「ねえ、前々から思ってたんだけどさ」
「何?」
目の前でスマホの機能を点検するタケチの姿は影がさして、なんだかずいぶん縮んで見えた。それでようやく決心が定まった。
「タケチ、そろそろ潮時だと思うんだ」
「潮時って?」
「その、なんていうかさ。あたしももう28だしさ、配信っていうの年齢的にどうかって、ね」
「年なんて関係ないじゃん。ギンさんは50代だけど配信してたし」
ギンさんはダンジョンがあった頃の冒険者仲間で配信してたけど、今は冒険してない。
タケチはダンジョンがあったころと何も変わっていない。きっとタケチだけがこの1年間変わってないんだ。その他のみんなは平和な日常に夢から覚めちゃったのに。灰色じみた喫茶店に通う毎日に、あたしもほとんど覚める一歩手前。そのくらい、1年は長かった。
冒険
「そりゃさ、ダンジョンがあったころはさ、スキルがあれば年齢なんて関係なかったかもしれないけど」
「だからいこうぜ、8号廃墟塔」
タケチは昔から変わらない笑顔で微笑んで、あたしは大げさに溜息をついた。そして大げさに顔を覆って、なんとなく目に入った両手は昔より張りがない気がして、マニキュアはひび割れていた。10年前、か。ウェイトレスでもあたしが最年長だ。もしあたしにスキルが目覚めなかったら、きっとどこかの企業に就職して、今もつまんない毎日を不平不満もなく送ってたんだ、きっと。それでもしね、まともに就職するなら今が最後かなって思う。もとの路線にあたしが帰るには。
「ね、あたし、就職しようと思うんだ」
「就職したら休みなかなかとれなくなるじゃん」
タケチは嫌そうに顔を歪める。いい夢は覚めたくない。わかる、わかるんだよ、すごく。
「うん、でもさ」
でもダンジョンなんてもうないし、という言葉はキラキラしたタケチの目をみて喉の奥に引っ込んだ。そんな残酷なこと、言い出せない。
「とりあえず、今回で最後ね。あたし、今回の動画とったらもうおしまい。真面目に働く」
「でも!」
「これもあと1回分しか残ってないし」
タケチの前でぷらりと開いた銀色に輝くグロスとマスカラは殆ど底が見えていて、だからあと1回分しかない。
このあたしの大剣よりキラキラ輝くメイクはあたしの冒険の必需品。必需品、だった。ダンジョンが現れる前の本当のあたしはもっと地味だったことを思い出す。大剣使いのスキルが目覚めても、最初はダンジョンに入る勇気なんて全然出なかった。それまでのあたしはとても地味な、誰の記憶にものこらないただの女子高生。けどタケチが贈ってくれたこの銀色メイクを使えば別のあたしになったみたいに勇気が出て、それでたくさんの冒険の夢を見た。あのころの動画は今から見てもかっこいい。
でもこのキラキラ輝くメイクの原料はダンジョン銀だから、同じものは二度と手に入らない。
だからもう、もとの世界に戻る時間。つまらない、予定通りの会社員の未来に戻るだけ。
陳腐にいうと、シンデレラの魔法はもうとっくに消え失せて、あとはこのガラスの靴を砕いてしまえば、全部おしまい。
寂しい。そして夢の中はとても楽しかった。けれどももう、終わりにしなくちゃ。あたしの現実がそう告げる。
「嫌だよ、そんなの」
「でも、どうしようもないんだよ、もう」
タケチは唇を噛み締めて下を向く。タケチもきっと頭の隅ではわかってる。受け入れたくないだけで。
あたしは少しだけ割れた鏡に向かって座り、その輝く最後のグロスを唇に塗り、ビューラーで持ち上げたまつげにキラキラした液体を全て塗りたくろうとして、でもその液体はすでに粘ついて、がんばってかき集めても左目分だけしか残っていなかったことに気がついた。なんだかその半分だけキラキラした姿は中途半端で、何かが懐かしくて涙が出そうだ。
久しぶりの派手な格好で開けた玄関の外は路地で、立ち並ぶ建物の隙間の狭い道を歩いて大通りに出て、そうして今にそぐわない派手なメイクにひそひそされる。でも、これで最後。
改札にスマホをかざして電車に乗ってつり革にぶら下がり、今ではなんの変哲もない寂れた駅で下車をする。他に降りる人もいないし駅員だっていないんだ。それで大剣の入ったギターケースを背負ったタケチと一緒にコンクリートがひび割れてどんどん悪くなる道を進んでそびえ立つ8号廃墟塔が現れる。周りに何もない林の中にどんと青空に突き刺さるように伸びた廃墟塔は、今の現実から見れば酷い違和感。この世界にそぐわない。昔潜っていた時はそんなことはちっとも思わなかったのに。
それはきっと立入禁止のフェンスに囲まれていたからで、その手前に解体計画の看板が現実を主張している。廃墟なんて放置したら危険なんだ。ダンジョンからモンスターが溢れるんじゃなくて倒壊の危険で。だからこんなふうにダンジョンなんてこの世界からなくなってしまうんだ。はあ。
「それで、どこにバグがあるわけ?」
でも振り返ったタケチの顔はキラキラしていた。
「六階層の隠し部屋!」
「隠し部屋、かあ。確かにそれっぽいけど、さ」
隠し部屋なんて一番に探索されているはずだよ。くたびれたトラロープを乗り越えてスマホにかつてダウンロードしたMAPを手がかりに内部に侵入したけれど、全体的に埃っぽくてモンスターどころか生き物の姿もない。
そうしてようやく傾いた六階にたどり着く。
「隠し部屋が……ない」
タケチは呆然と呟いた。
地図に記された隠し部屋自体もきれいさっぱり消え失せていた。そういえば、そもそも隠し部屋というのはダンジョンの作用で異世界に繋がっていたことを思い出す。だから物理法則を無視して隠されている。そんな風に研究者が言っていた。だからダンジョンが死んでしまえばそんな魔法の作用は消えてなくなってしまうのだ。周りを見渡せば、崩れた壁から見えるのは牧歌的な田舎の山と入道雲だった。
でも。これが最後と思ってあたしはその部屋を見回すして、思わず固まった。
「ギンが確かに見たって言ってたんだよ!」
「からかわれたんじゃないの」
ギンとは前に一緒にパーティを組んだこともあって、よく知っている。竹を割ったような性格で、嘘をつくとは思えない。だからタケチも信じた。それであたしの声もちょっと震えてた。
「隠し部屋って言ってたんだよ。でも2回目に行ったらいなかったって言っててさ」
「じゃあ……気の所為じゃない? そうか夢を見てたか」
輝かしい壮大な夢を。きっとギンは本当に、隠し部屋を見つけたんだ。
あたしはその何も無いはずの空間を前に、どうしていいのか心の底から悩んでいた。あたしたちは圧倒的平凡という名の現実にいて、そうして改めてタケチの目を見れば、何故だか今朝まであった光がだんだんとあせていった。
これで最後。あたしはそう言った。そうしてこれが最後、タケチは現実を受け入れていた。人間はずっと眠り続けたりはできないんだ。
でも。
「エリヤ、ごめん。俺もなんかで真面目に働くよ」
その表情はあたしの好きなタケチじゃなかった。ほんとうはタケチも心のなかでわかっていた。朝が来ることを。
でも。
あたしはそっと手を伸ばす。わずかに輝く光に。タケチにも見えない異世界に繋がるバグの残滓を。
左目を閉じて、次は右目を閉じる。なんであたしだけがこれが見えるか、なんとなくわかった。この中途半端な左目のマスカラだけが異世界とリンクして、あたしの左目だけがキラキラした輝きを見ている。
「タケチ、配信できなくなるけど、いいんだよね」
「え?」
「もし、もしさ。異世界に行けて帰ってこれなかったら、どう? それでも異世界に行きたい?」
またダンジョンが開くだなんて、もう誰も信じていない。
でもタケチはあたしの言葉にきっと何かを感じて、強く頷いた。
「俺さ、見たことがないものを見てみたいんだよ。特別な何かを」
「あたし、このメイクがなかったら、平凡でつまんない子だよ」
「エリヤはいつでも特別だよ」
タケチの笑顔はあたしにとって特別だ。いつでも。
トクベツ。覚めたあとに同じ夢を見ようと思っても、同じ夢なんか見れやしない。でも覚める前だったら?
なら、これがあたしがトクベツでいられるラストチャンス。
この扉の形の蜃気楼みたいな煙は、このメイクを落としてしまえばもう見えなくなってしまう。そしてこのマスカラは異世界の物質とこの世界の技術によって作られたものだから、異世界にはきっと無い。つまりきっと、片道切符。
「タケチ、あたしバグをみつけたよ。行こう!」
タケチは驚いたようにぽかんと口を開けて、迷わずあたしの伸ばした手を取った。
だよね。タケチは悩まない。スキルがないかもしれなくても、戻れないとしても。
煙のようにぽやぽやとしたドアノブに手を突っ込めば、確かに何かを触った感触。そしてそれを押し開ければ、世界は光りに包まれた。
Fin
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