【短編小説(ハイファ)】バッファロー・スタンピート 6500字
[HL:牛が来るぞぉぉぉ]
「スタンピートだぁ!!!!」
訪れたばかりのバクラバの街の、さらに足を踏み入れたばかりの冒険者ギルドに大声が響き渡った。それを追いかけるように歓声や悲鳴が上げる。
「なあなあドルチェ、スタンピートだってさ!」
「喜ぶな、馬鹿」
祭り事のようにはしゃぐ声を上げたのは戦士のタリアテッレだ。ドルチェとタリアテッレは幼馴染で、少し頭の足りない戦士のタリアテッレが冒険者になるんだと村を飛び出したのを召喚士のドルチェが追いかけてからもう数年、諸国漫遊よろしく世界をふらふらとさまよっている。
「おいタリアテッレ、スタンピートって何かわかってんのかよ」
「えっと、魔物が一杯やってくる」
「正解だ。なのに何故はしゃぐ」
「何故? なんでだ?」
タリアテッレは混乱したようにドルチェを見つめた。
スタンピートとは大量の魔物が暴走する現象をいう。それは様々な要因で発生する。たとえばダンジョンで魔物が溢れすぎたとか、地域の魔力バランスが崩れたとか、精霊や魔女の気まぐれとか。それで問題は、いったい何がどれほど溢れたかだ。
そして間髪おかず街全体に響き渡るようなアラートが発せられ、今後の予測にドルチェは思わずため息を吐く。
「皆のもの、注目!」
ギルドの奥から立派なあごひげを蓄えた五十絡みのむくつけき戦士の登場に、ギルド内はしんと静まった。このバクラバの街の冒険者ギルドのマスター、つまり代表者のようだ。
「強制依頼を発令する! 現時点でこの街にいる冒険者全てはギルドの指揮下に入り、スタンピードに備えるように!」
思わずドルチェの舌打ちが漏れる。
「ああ、やっぱりだ。つまり俺たちはスタンピードが収まるまでこの街から逃げ出すすべを失ったってわけだ」
「なぁドルチェ。それって駄目なことなのか?」
「話次第だな。強制依頼は断れないぶん、報酬が良い。ゴブリンなんかのスタンピートだと協力してかかれば割がいい仕事になるだろう。ただしドラゴンなんかがスタンピートを起こしたなら強制依頼ってのは死ねってことだよ、わかるだろ」
「ドラゴン!?」
大声を出そうとしたタリアテッレの頭をすかさずはたき、だまらせる。せっかく小さな声で耳打ちしたのに。
所詮武者修行でもない漫遊目的のブラリ旅、ドルチェたちの冒険者ランクそこそこの下だ。だからもしドラゴンが出たというなら本来逃げの一手しかない。
「まあドラゴンがスタンピートするなんてことは普通ないがな」
「ドラゴンかっこいい!」
はしゃぐタリアテッレにドルチェは再びため息をつき、タリアテッレがこういう冒険譚を好きなことを思い出す。
「ギルマス、何がスタンピートしたんですか?」
前の方にいた魔法職と思しき男が手を上げ、必要な情報を確認する。
「溢れたのは北部草原のブラックバッファローで、数は1万頭ほどが一直線にバクラバに向かっている」
ギルマスの重々しい声に、様々などよめきがあふれる。脳筋な戦士連中を中心にやってやるぜと喝采が上がる一方、ドルチェは背中にうっすらと冷や汗をかいていた。
ブラックバッファローは巨大な牛型の魔物だが、本来は大人しく、単体ではそれほど強い魔物ではない。しかし一万頭が押し寄せてくるともなると話が変わってくる。通常のバッファロー狩りは一頭を数人で囲って倒す。だから多くの冒険者は頭にそれを浮かべる。けれども今回はその戦法は使えない。ドルチェの頭の中では一体2~3トンを超える巨体が、津波のごとく面的に押し寄せていた。
バクラバの街の外は障害物もない平地が広がっている。ブラックバッファローが群れで向かっているのなら、その大質量を正面から受けきるしかない。よほどの戦士でもなければ容易に弾き飛ばされてしまうだろう。全員で囲うという戦法が土台無理なのだ。そんな隙間などない。
「誰もことの重大さを理解していないのか」
それでポロリと呟いたドルチェの言葉を聞きとがめたのはギルマスで、事務員づてに会議室に来るよう誘われたわけだ。無駄にはしゃいでるタリアテッレには情報収集してこいとどなりつけたが、正直期待はしていない。
狭い会議室には頭を抱えるギルマスと事務員2名の他、全身鎧が1人とどれも沈痛な面持ちの魔法職っぽいのが5人。
「私はバクラバのギルマスをしているクラッツェだ。君は外から来た冒険者かな?」
「ドルチェだ。……今日バクラバについたばかりだ」
「それは災難だったな。さてここに集まってもらったのはあの場で冷静に見えた者たちだ。率直に意見を聞かせてほしい」
他のメンバーはもともとのバクラバの冒険者らしい。初めて見るドルチェを呼ぶくらいだから、藁をもすがるということだろう。楽観視して突撃を命じるようなギルマスでなくてよかったと心の底から思う。けれどもこれをどう切り抜けるかは別の問題だ。
ギルマスは机の上に近隣の地図を広げた。
「スタンピートの到着は10時間後だ」
「ろくな対策もできそうにありませんね」
何人かが地図をもとに話し始めるが、ブラックバッファローの生息地である北の草原からバクラバまでは低木がまばらにある他は、3つほどの農村が間にある。
「農村にはすでに避難指示は出してある。残念ながら村と畑は捨てるしかないだろう」
その結論はドルチェにも致し方ないと思えた。ろくな強度の外壁すらない。けれども先ほど入場したバクラバの街も、それほど強固な城壁は築かれていなかった。一応、一般的な壁で街が取り囲まれているが、それはあくまで通常の人型の存在を前提としている。
「なあ、俺はこの街に来たばかりだが、農村の奴らがこの街に逃げてきたとして、ここの壁はブラックバッファローに耐えきれるものなのか?」
全員が沈痛に首を横に振る。流石に途中にある農村のように押しつぶされはしないだろうが、街の中にまでそれなりの数の魔物の侵入を許すことになる。沈黙は雄弁にそれを物語っていた。
「今土魔法使いに補強を命じているが、心もとないな。ある程度、バッファローの勢いが殺せればこの街の歩兵部隊で対応できるかもしれないが、現在の状態では飲み込まれるだけだろう。ジェシカは広域の炎魔法が使えるが、それで何とかできなければきつい」
一人の魔法使いの女が頷く。表情は暗い。
炎で狂った牛が止まるのか。なにせ牛は面で攻めてくる。牛自体も逃げるためには隣の牛の壁を突破しなければならない。やはり留めるにはその足をなんとかして行軍をとどめないといけない。
ふと、ドルチェは村の近くの四角い印が気にかかった。
「この区画はなんだ?」
「ここは水田だ。ここで少し足が緩めばいいが、あまり期待できない」
「水田?」
「ああ。水を張って米を育てている」
ドルチェは米を食べた経験はほとんどないが、そのような穀物があることを知っている。
「水を張っているなら足止めできないかな」
「水といってもそれほど深くはない。今は小指の長さ程度の水深だ。誤差にしかならん」
少し深いぬかるみという程度だ。地図を見渡しても他に特異な地形は見当たらないただの平原が広がっている。
「少し考えがある。うまくいくかどうかわからんが、俺ならここで足止めができるかもしれん」
「一体どうやるんだ? 凍らせようとしても土が多くてまともに凍らないし、土魔法で固めようとしても水が固めた土を柔らかくする」
「俺は召喚士だ。魔物を使う」
「召喚士……?」
全員の視線が集まった。
バクラバのあたりには召喚士が少ないらしい。ドルチェは説明に骨が折れた。言葉を尽くしても半信半疑の反応で、ドルチェの呼び出そうとする魔物が役に立つとは誰も思わなかった。けれど失敗してもドルチェ以外の被害が出るわけでもなく、何かの足しになるかもしれないという話に落ち着き、作戦は許可された。
ドルチェは漸くほっと息をなでおろす。
冒険者はどうせ最前線で、敵前逃亡は厳しい罰を受ける。何もしなければブラックバッファローの突進は止まらないし、このままではぺちゃんこになる未来しか見えない。それなら更に最前線に立って勝ち目を見つけるだけ、つまり死中に活。それに……そのほうが逃げやすい。
会議を終えてくたくたになってタリアテッレのところに戻ればギルドに併設した酒場で軽く酔っ払っていたものだから、ドルチェは思わず頭を叩く。
「あっドルチェ。俺、情報集めたよ。ブラックバッファローは焼くとすごい美味いって」
「飲むやつがあるか、馬鹿。これからそいつが襲ってくるんだぞ」
今日3度目のため息が漏れた。
ドルチェの眼の前には土煙がもうもうと上がっていた。つまりその土煙の奥はバッファローで埋まっているということだ。土煙を追って上空を見ればそれはもう見事に晴れ渡り、黒い巨鳥が優雅に青い空を飛んでいる。そして鋭い笛の音の後、魔法使いジェシカの作り出した巨大な火の玉が頭の上をゆっくりと飛んでいき、土煙の中に落下して轟音を上げる。その巻き起こす風に乗って訪れた熱波にドルチェの黒髪がチリチリと焼ける音がした。
それが数度続けられ、けれども笛の音が鋭く2回鳴った。これは牛の速度が衰えていないという合図である。土埃に少し焦げたような臭いが鼻に届く。
「やはり炎魔法ではバッファローは恐慌を来すだけだな。炎から逃れようと突進を続ける」
その小さな呟きを消し飛ばすように土煙はますます大きくなり、その隙間からその黒い姿がチラチラと見えるようになるにつれ、ドルチェの肌が粟立っていく。牛の群れはそのまま最初の村に突入し、けれども突進に何の影響も与えない。木々に、そして家々に突進し、全てを破壊しながら突き進む牛の群れは容易に俺を踏みにじるだろう。そしてそれは最後にバクラバの街の擁壁を突破し、街になだれ込んで多くの被害をもたらす。
砂埃のもたらした乾燥につばを飲み込んむ。
バクラバの街の尖塔の上から再びジェシカが炎を放つ。なかなかの威力ではある。けれども大河の流れのように密集した黒い群れはますます狂ったようにスピードを上げていく。ジェシカやギルマスの目にはそれが塔の上から映っているだろう。そうしてまもなく、その一群はドルチェに到達する。塔の上ではみなが祈るように手を合わせて目を閉じた。
「残念ながら俺は諦めが悪いんでな」
一方のドルチェの瞳は見開かれ、不退転の決意がみなぎっていた。遥か彼方から大地を揺らすその振動はドルチェの体に伝わり、恐怖だか武者震いだかよくわからない体の震えはその精神を研ぎ澄ませるのに十分だった。
ドルチェは手を大きく叩き、精神を統一し、最初のバッファローが水田に足を踏み入れた瞬間、予め大量に召喚していた魔物に命ずる。
「起きろ、スライムども! 餌が来たぞ!」
その瞬間、水田の水と思われた表面が激しく波打ち、そこに足を踏み入れたバッファローに絡みつく。もちろんスライムは弱小の魔物だ。単体ではバッファローなど止めることなどできない。けれど先頭の牛の足を少しだけもつれさせることくらいはできる。時には転ばせることも。
最前列のバッファローの何頭かが怯んで足を緩めた。
後続のバッファローに追突されて大きく転倒する。
大きな鳴き声が上がり、そこにさらに次から次へと後続のバッファローが突進していく。
それを確認したドルチェは再び空を見上げた。
「来い! ヨグフラウ!」
上空を飛んでいた巨大な黒鳥が舞い降り、ドルチェの腹をその鉤爪で掴んで再び空に舞い上がる。次第に空高くに浮かぶドルチェには、これまで一塊だった群れの所々が詰まり、濁流ができ、群れ全体がバラバラに走り始めるのが見えた。そして巨大な炎がドルチェのすぐ近くを何発か飛んでいき、ますます群れの動きは不規則になった。
「糞。危ねぇな」
そこに笛の音が一度だけ大きく鳴り響く。
それは突進の合図だ。鬨の声を上げた多くの兵と冒険者が散り散りになり始めたバッファローに襲いかかる。既にバッファローの密集は解かれていたし、その歩みは緩んでいた。もとよりおとなしい魔物だ。各個撃破するなら通常の狩りとさほど変わるまい。数は数だが、矛先がばらけたことでバクラバとは異なる方角に向かう群れも増えた。バクラバに向かうのは正味二千頭といったところだろう。だから、なんとかなるはずだ。
「ヨグフラウ、ありがとう」
「良い。そのような契約だからな。お主の用意する紅茶は美味い」
黒鳥は何事もないようにそう答える。ドルチェの視界の端でタリアテッレが転ぶのが見えた。
「お前までコケてどうするんだよ、全く」
そのはるか天空での呟きは、当然ながらタリアテッレには聞こえない。
その夜、たくさんのブラックバッファローがBBQになった。肉と酒を掻き込むタリアテッレを放って、ドルチェは予想通りクラッチェに呼び出された。
「ありがとう、そして申し訳ない」
クラッチェは勢いよく頭を下げた。それもドルチェには予想していたことだ。
「やっぱり金にならないんだな」
「ああ。大変申し訳無いのだが、君の貢献を冒険者たちに説明できないんだ」
ドルチェは肩をすくめた。
ドルチェの貢献はバクラバにとって極めて大きかった。ドルチェの行動がバクラバと、そこにすむ多くの人間と財産を救った。けれどもそれがわかるのは、尖塔の上でバッファローの動きを見ていた者だけだ。
正面からみればバッファローは相変わらず真っ直ぐ突進してきていたし、冒険者たちはいつもと同じように一頭のバッファローを囲んで倒していた。それが可能となったのはドルチェがバッファローの群れをバラバラにしたからだったが、いつも通り行動し、いつも通りバッファローを倒したからこそ冒険者はそれを理解できない。
いつもと何が違うのか。いつも通り倒したのに何故ドルチェというよそ者に金を余分に払うのか。
ろくに学校にも通っていない冒険者には説明がとても困難であるし、全員を納得させることなど土台不可能だ。だから、今回のスタンピートの報酬はパーティがブラックバッファローを倒した頭数によって支払われるという明瞭な方法をとっている。ドルチェの貢献は同じパーティであるタリアテッレが倒したバッファロー1頭分だけだ。一人でブラックバッファローを倒すというのはそれなりに凄いことなのだが、二千頭のうちの1頭は埋もれるだけだ。
「予想の範囲だ。俺はこのバクラバの冒険者ではないしな」
ドルチェは自嘲した。どのみち強制依頼が発動された以上、生き残るにはそうするしかなかったと心のなかで割り切る。
「とはいえ君の貢献は明らかだ。金銭的な優遇は難しいが、なるべく便宜を図ろう」
「便宜……」
ドルチェは小さくその言葉は口の中で反芻した。
ドルチェとタリアテッレはいつも気の向くままに旅をしているのでよく金欠に陥っているが、そこは冒険者のこと。終局的には金はタリアテッレが魔物を倒せばギルドで買い取ってもらえる。そう考えれば目に見えない便宜の方が旅をするにも良いかも知れない。ドルチェはそう気を取り直した。そうしてドルチェが手に入れた便宜については、また別の話のこと。
「ドルチェ、何してたの?」
「野暮用だよ」
ギルドの酒場に戻れば、タリアテッレは肉をつまみながら酔っ払っていた。
「これ俺がやっつけたブラックバッファローだよ。焼いてもらったんだ」
「そういや焼くと美味いって言ってたな」
「美味いよ!」
ドルチェが肉汁したたる一欠片をかじって小さく美味いと呟けば、タリアテッレは満面の笑みを浮かる。
「もってける分だけ燻製にしてもらって、後は買い取ってもらった」
「おお、お前にしちゃなかなか気が利くじゃないか」
聞けば普通はありえない量だが、持ち運ぶのはタリアテッレだから多いに越したことはない。
「ねぇ、それよりなんで一人で前線にいたんだよ、危ないじゃんか」
「大人の事情だ」
「そっか」
ドルチェはもう少し考えろよとも思ったが、タリアテッレなのだから仕方がないと思い直す。それでエールを打ち付けて乾杯し、しばらくこの街に滞在しようかとかタリアテッレが仕入れてきた名物の美味い食い物なんかの話を聞きながら、旅の夜は更けていった。
Fin
★表紙、書き途中

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というか同じシリーズの。
