【短編小説(すこし不思議)】タザキが来る 1500字
[HL:タザキが来るんだってばよ]
『タザキが来るぞ』
いつからかよくわからないが、街でその噂を聞くようになった。どういう時に囁かれるのかもよくわからない。ただ『タザキが来る』という言葉はどこかで耳にするたび、何だか不吉な空気をまとって広まっていた。
『タザキ』とは人の名前だろうか。それとも七人ミサキとかそういった怪異や幽霊、地名の類なのか、あるいは超常現象のようなものだろうか。何もわからない。ただそのこと自体がまた、不穏な、妙に落ち着かない気持ちにさせる。
俺が最初に『タザキが来る』と聞いたのはいつだったかな。友達と何か話している時にふと、その言葉を聞いたんだと思う。その前後が思い出せないから、その言葉を招いた文脈そのものはたいしたものではなかったのだろう。
友達に聞いても確かに『タザキが来る』という発言を俺か友達がしたという記憶はあるが、なんの話か全く思い出せないと呟き、眉をひそめた。
だからといって俺の生活に何かの変化や兆しがあるわけではなく、なんとなく気持ち悪さに追われながら日々は過ぎていった。
それから暫くして『タザキが来る』という言葉は全く聞かれなくなった。その理由は、その言葉の謎が解明されたとか広まりすぎて気にならなくなったとかじゃない。
逆だ。
世の中で『タザキが来る』ことのカウンターが回っていることにみんな気がついてしまったからだ。このカウンターは世界で『タザキが来る』と発音される度に回る。つまり世の中の人間が発音を繰り返し、それが一定数に達すれば『タザキが来て』しまうのだ。
そもそも俺たちには『タザキが来る』という意味がわからなかった。だからそれが恐ろしいことなのかどうかすら、わからないはずだ。けれどもともかくその言葉は何やら不吉を招き寄せる不気味な響きを持っていた。それはきっと、間違いない。
けれどもう検証することもできない。この間話した友達に会い、思わずお互いに『タ……』という言葉だけを思い出したように呟き、黙りこくることが増えた。
そういう時は頷きあい、これ以上カウンターを回さないぞという決意をお互い目で訴えた。
だが、誰かが回している。
世界のどこかでカウンターが回っている。
刻々と、時計の秒針がカチリカチリと回るようにように誰かがそれを回し続けている。もし『タザキが来』てしまったらどうなるのか。そんなわけのわからない恐怖がざわりと背筋を撫でる。
その日、俺にしては豪華な夕食を友人と食べた。けれどまるで通夜のようだ。美味いはずの食事はあまり味がしなかった。ザリザリとまるで砂を食むような心境だった。
「明日、だな」
「そうだな」
カウンターは回りきり、今にも表面を超えて溢れ出そうとするコップの水のようだ。後一滴、後一言で決壊する。その時がいつかはわからないが、その瞬間が今でも何らおかしくない。どうせ明日の朝までには誰かがカウンターを回しきり『タザキが来』てしまう。ひしひしとそう思う。
だからこれはもう、余生なんだ。そんな気がした。その夜はせめてと思って体を清め、悲痛な気持ちで酒をかっ食らって倒れるようにして眠りに落ちた。
その翌日、青空が広がっていた。
気分は随分久しぶりに晴れ渡っていた。
不思議だ。何事もない空が美しく見えた。
「タザキってなんだったんだろうな」
「本当にな」
友人と会って、最初にそう呟いた。
『タザキ』は来た。多分誰かのもとに。確かに。
そしてどうなったかはわからないが、カウンターが回ることはなくなった。
結局『タザキ』がなんなのかはわからない。水を溢れさせた誰かに何が起こったのかも。何も起こらなかったのかも。そして『タザキ』が何をして、どうなったのかも。
けれど俺と友達の生活に再び平穏が戻った。
「なんだったんだろうな、本当に」
Fin
全国のタザキさん、ごめんなさい。
表紙
★似た話
こっちもなんだかよくわからないままドーナツの穴が怖い話。
