お題「ヒトがいなくて怖いとヒトがいて恐い」
企画参加させていただきます。
お題「ヒトがいなくて怖いとヒトがいて恐い」
元ネタ:黒夢(クロム)@俳号様
目が覚めたけど、夜だと思った。真っ暗だったからだ。それでもなにか変だなと思ったのは、その横たわる布団の感触に違和感があったからだ。ふわふわと柔らかい。けど、いつも寝ている布団と少し違ったのだろうか。いつも寝ていた布団? その言葉に混乱を覚える。
それから妙に空気が乾いていたからかもしれない。
不審に思って体を起こせば頭がくらくらして耳鳴りがした。
耳鳴り?
けれどもよく考えると頭が痛いわけではない。ただ、耳が妙だ。なぜだと思って耳をすませても、他に何も音は聞こえなかった。ただ、何も音がしない、だけだ。ふと、耳をふさいでゴォという音が響くのは、耳の中の血管を流れる血流の音が耳管、つまり頭蓋骨と耳をふさいだ手の間で対流した音だと聞いたことを思い出す。そうして耳を塞いでみても、音は変わらなかった。不安が押し寄せる。
「あの!」
思わず叫んで、そして本当に音がしていないのだということに気が付き、パニックに陥った。ここはどこだ。……本当にどこだ。
「誰か!」
その自分の声だけが聞こえ、ますます心臓は震える。視界は変わらず真っ暗なままだ。布団の表面をなぞり、触覚があることに安堵する。そうして周囲の地面を触れれば片側が冷たく、壁であることがわかる。そうして部屋だと思い至りホッとしたのは束の間で、昔見た映画を思い出す。『ジョニーは戦場へ行った』という映画だ。ベトナム戦争に従軍したジョニーは砲弾で目、鼻、口、耳、四肢を失う。そして時間の感覚もここがどこかもわからないジョニーは僅かな皮膚感覚だけで世界を察知しようとする。そして震えた。この指先に触れる壁の感触は本物なのだろうか。
けど、俺は戦争にいったわけでもない。最後の記憶を思い出そうとした。全く思い出せなかった。また、気づけば言葉にならない何かを叫んでいた。そういえばショックで記憶喪失になるという話を聞いたことがある気がする。だから何か、ショックなことがあったのかもしれない、事故にあったとか。それにしても、俺は誰からそれを聞いたんだっけ?
ふと、咳き込む。きっと無意識に息を止めていた。ぼんやりする頭をふる。眉の上に髪の毛がふれる感触がある。感触……。だからきっと……触覚はある。ここは暗いだけだ。本当に暗いだけの。だから。そうに違いない。
気を振り絞って壁に手を這わせる。しばらく行けば角にあたり、そこで直角に曲がって角に当たり、それを繰り返してホッとする。どうやらここは、3メートル四方くらいの四角い部屋らしい。俺が寝ていた布団以外なにもない。窓もないから真っ暗なんだ。電気のスイッチらしきものがはなかったが、きっと使われていない倉庫か何かなのだろう。なんとか理屈をつけて、そう無理やり頭を納得しようとした。それに何より、ドアの感触があった。一つの壁に、高さ2メートルほど、幅1メートル弱ほどの枠があった。けれど、ノブはなく、押しても開かなかった。
けれど、ここは部屋だ。よくわからないが部屋なのだ。
「部屋だ。ここは部屋だ」
少しだけ冷静になった俺の声はきっと部屋の中で反響した。そうに違いない。記憶はかわらず何も浮かんでこないが、ともあれ部屋ということはここに俺を入れた者がいるはずだ。
そう思って扉を叩いた。叩き続けた。けれども何の反応もなく、扉にぴたりと耳をつけても何の音もしない。ひょっとして本当は、俺は耳がやられたのか。鼓膜に障害がある人間でも、骨伝導でなら振動で音を感じることができると聞いたことがある。
「誰か! 誰か助けて!」
ふと、気がついて耳に手を当てたり離したりすると、音は違って聞こえた。それなら骨以外にも空気から伝わる音を認識できているということで、俺の聴覚は働いているということだろう。
けれども俺にできることは変わらなかった。
叫び続けるしかなかった。叩き続けるしかなかった。
そしてやはり、何の反応もなく、へたり込んだ。腹がなった。そうして、今がいつだろうかと考えた。時間の感覚があやふやだ。太陽の光もなく、たった一人だ。そう思うと、急に孤独感が押し寄せてきた。
たった一人。
一人……。
誰かと一緒にいた記憶もみつからない。けれどもそれ以前に、ここには誰もいないという事象に慄く。ひょっとしたら、ここから出られないのでは。例えばここは核シェルターかなにかで、俺をここに入れた誰かがそのまま外で死んだとしたら、俺がここにいることを知る人間がいない。
怖い。怖い怖い怖い怖い。
誰ももう、ここに、来ない?
その思いつきは俺の中で分割と膨らみ、周囲の闇は質量を増し、俺を押しつぶそうとしている、気がした。そんなはずはないのに、ただ、そこに空気があるだけなのに。気がついたらやはり、叫んでいた。他にできることなんてなかったから。けれどもその音は本当に誰にも届かず、何の変化ももたらさなかった。
どのくらいそこにいたのだろう。世界は冷たく、最早何もたらさない。ああ、怖い。恐ろしい。助けて。けれど、誰が。
そんなループが頭の中で延々と繰り返され、脳が摩耗し、そうしてやはり、どのくらいの時間がたったのだろう。音が聞こえた。俺自身から発せられたものではない、初めての音。
世界に希望の光が灯った。
少なくとも俺には真実、そう思えた。
急いで扉に耳をくっつける。目を瞑ってるのか瞑ってないのかすら最早はっきりしないが、そのカツカツという音は妙にはっきりと聞こえた。幻聴かもしれない。ふと、そんなことが言葉に浮かぶ。けれど幻聴だったとして、知ったことか。他になにもできやしない。
扉を叩いた。
ドンドンと叩いた。
ずっと必死に叩き続けていて、手は最早感覚がなく、ぼんやりとしびれている。そうして叫んだ。もはや自分にもわけのわからない音を発し続けている。そんな奇妙な音をだせばかえって警戒して近寄ってこないのではないかと理性が小さく呟いたけれど、そんなことよりあふれる恐怖が行為を止めることは許さなかった。
人。
人だ。
今を逃すと本当に、もう誰もこないかもしれない。
このあと、この外の世界がどうであっても、ここでただ一人で死ぬのは嫌だった。誰にも知られずに朽ちるのは嫌だった。暗闇の中の圧倒的恐怖は俺にそれ以外の選択肢を全て閉じたのだ。
だから、俺はひときわ大きく声を上げたあとの息継ぎの沈黙の間で、ドアの向こうから聞こえた声を無視することにした。
「ここにいたのかよ、実験体」
