【wiki】架空都市神津Wiki・表(2026.7)
企画趣旨
うちの現代ものの多くの舞台になっている架空都市神津のwikiを作る。97%ほどは僕の話に出てきた施設ばかりなので、何故これがないんだみたいな基礎施設落ちがままあります。
なお、これは表wikiで、裏wikiに相当するオカルトマップだとか闇組織の抗争図とか街アプリ上の不穏情報なんかもあるんだけどとりあえずそれは割愛。それで昨年10月からぽちぽち作りながら放置してたんだけど、noteの企画で3本書いたら抽選であたるらしいから途中感だけどUPすることにしたけれど、ひどく中途半端な段階なので後ろめたい。残りはゆっくり追って追加する。
下記の地図のVerはこのページ作成時にUPされてはいる最新のものだけど、手元資料の最も新しいものではない(2026.5ver)。作成者は神津市役所に勤める相澤さんという猫好きのイケメンということになっています。

注意書き。
「Thinking Time」は深夜にだらだら連ねたどうでもいい駄文をまとめたり謎の企画をやってみようなシリーズで、僕の頭に浮かんだことですから根拠とかは有りませんし、おおよそは妄言です。それに多くが結論があるわけでもない投げっぱなしです。また、テーマにかかわらず政治的主張や何かの陣営に与することを意図するものでは全くなく、そう解釈される場合は僕が歴史上の事実(思想ではない)をそのように認識しているだけか、僕の書き方が悪いということです。異論はとてもみとめるし、だいたいはすごく回りくどい。
神津市地勢
神白県(かじろけん)庁所在地
神津市(こうづし)は、神白県中西部に位置する市。神白県の県庁所在地であり、政令指定都市のひとつ。県内では第1位の人口をもつ。
神白県は神津市、三春夜市(みはるよし)、石燕市(せじゃくし)、四風市(しふうし)で構成される。
面積:1,258.63km2(境界未定部分あり)
総人口:721,054人(推定人口、2024年10月1日)
人口密度:572人/km2
市の樹:橙
市の花:菖蒲
市の鳥:カワセミ
市内概要
神津市は、東京と京都を結ぶ太平洋ベルト地帯上、神白県の南北間でほぼ中央西部に位置し、北部に四風山、西部に籠屋山、南部に百夜山、それぞれを連ねる四風連山、髙天山脈、鳥船連山に囲まれ、南西には神津湾が広がる。その内側にある神津平野に神津区・辻切区の主要区画が位置する。
気候は温暖な太平洋側気候である。四風連山よりからの北風によるフェーン現象により夏は熱く38度に達することがある一方、冬は暖かく特に海沿いは雪が殆ど降らない。一年を通して晴れ間が広がる事が多い。
明治2年3月20日、神津藩所領地(現在四風市、神津区、三春夜市)を中心として神白県が設置され、明治4年7月14日に現辻切区を含む石燕県が編入され、現在の神白県となる。明治9年4月、再青川以東を三春夜市とし、鳥船連山以北の辻切区を神津市に編入。
2005年4月1日に政令指定都市に移行した。
神津区及び辻切区内には約6万の事業所が置かれ、年間商品販売額では5兆円を超えるなど商業都市、ビジネス都市として機能している。逆城神社を要する逆城町や倉庫街を要する港湾区、良質な雪質をもつ高天リゾート等、観光資源も多い。
ー主な山
宇賀山(うがやま・新谷坂町)
籠屋山(かごややま・新谷坂町)
高天山脈(たかてんさんみゃく・高天町)
鳥船連山(とりふねれんざん・辻切区)
四風山(しふうざん・神津区)
和早山(にぎはややま・神津区)
二東山(にとうやま・逆城町)
新谷坂山(にやさかやま・新谷坂町)
百夜山(ももよやま・港湾区)
ー主な川
小瀧川(おたきがわ・地下河川)
加茂川(かもがわ)
再青川(さいせいがわ)
新谷川(にやがわ)
穂赤水(ほあかすい・暗渠)
ー湖沼
吉祥池(きっしょういけ)
穂赤湧水(ほあかゆうすい)
結び池(むすびいけ)
神津区
江戸期は四風山にある神津城の城下町として栄えていたが、高速鉄道の開通によってその商業的中心は神津南部に移りつつある。
神津駅を中心に、北東部に官庁街、北西部に神津大学を中心とした文化教育拠点である教育特区があり、南部は放射線状に商業街が広がっている。教育特区では産学連携が盛んで、日々新たな製品や技術の開発、事業の創出などが行われている。
神津北部
北部旧城下町通りから神津道にかけて、かつての武家屋敷の名残として、古い建物が残っている。神津城址の残る四風山南部には古くからの湯治場四風温泉があるるが、近年その南部は新興住宅地として開発されている。
神津南部
神津南部は明治期に区画整理によって神津8区が形成され、それぞれの区画において特色ある都市づくりが目指された。8区の南はかつての神津新地、いわゆる遊郭街の跡地があり、また明治期に殖産工場等が建てられたことから現在も観光地になっている。
郊外
東部再青川沿いには郊外型ショッピングセンターであるGALLERIA神津、南西部には遊園地神津スカイワルドがあり、いずれも神津駅からシャトルバスが運行している。スカイワルド一帯は古来よりの古戦場跡地であり、近年ではその開発の途上で上古代の神白遺跡が発見されている。
辻切区
神津市を東西に走る東海道と南北を走る旧神津道の交わる辻を中心に発展した古くからの商業地区。現在はその辻から西側に駅が建設され、商業の中心は往時より西側に移る。
近年辻切ヒルズ(旧辻切が丘)が開発され、高級住宅地兼都市型ショッピングセンターとして人気を博している。
辻切区南部太白地域は1960年代の映画産業斜陽時代、地元の名士青山兼里(あおやまかねさと)が白森福士(しらもりふくじ)に出資し映画村を設置したことを皮切りに、関東大震災で消失した展望塔八天閣(はちてんかく)を再建し、歌劇団や動物園等の興行を始め、観光地区画とした。神津市唯一のモノレールは現在神津市が運営しているが、もともとは青山が設置したものである。
逆城町
海神豊玉彦命を主神とした逆城神社を中心とした門前町であり、東海道の旧辻切にほど近い宿場町でもある。逆城神社はもともと二東山の頂上にあったが、江戸初期に現在の位置に移築され、五街道に至る宿場町兼門前町として整備された。逆城南部は明治時代に交通の要所として区画整備がなされた。そのため、逆城町の多くの地域が歴史的建造物保存地区に指定され、街並みが保存されている。
新谷坂町
古くから新谷温泉が湯治場として有名だったが、建築家紅林治一郎(くればやしじいちろう)が自宅及び庭園を建設したことを皮切りに富裕層の保養地として開発された。昭和中期には辻切区にほど近い新興住宅地として整備される。
港湾区
古くから漁港及び交易のための港として栄えていたが、明治維新後開港地として指定され、黒船等の来航によりにぎわう。港湾の向かいの高台が外国人居留区として整備され、端照島群も永代借地権に基づき借款された。なお、1899年に外国人居留区が廃止されると同時に端照島群はエイヴ・クリーク・フラウリーに払い渡された。
現在は神津湾の水深が浅く大型船舶の入港が困難であるため、貿易港としての役割は石燕市に譲り、明治時代のレンガ倉庫街が再開発され、旧居留区の異人館、中国人街である南京町とともに観光地となる。
歴史
上古
神津区南東部にある神白遺跡の現在最も古い地層では約3万5000年ほど前と測定されて、石刃や土器等が出土している。現在神津大学を主体として発掘・研究がおこなわれているが、出土する祭器等に周辺地域とは異なる独自の文化が存在した可能性が指摘されている。
中世
平安時代、神凪氏が国司として一帯の統治を始める。
鎌倉時代、神凪氏は神津国守護に任じられる。武家政権下で確固たる地位を築く。
近世
1582年、神凪時信により神津城が築かれる。他の軍勢を八年間退け続ける。
1615年、神津藩が成立。
1707年、四風山噴火。神津全域に降灰が記録される。
近代
1868年、神津港が開港地として指定され、外国人居留区が開かれる。
1869年、版籍奉還に伴い、神津城が廃城になる。
1884年、神津城老朽化のため、天守が破却される。
1889年、東海道本線東京~神津、神津~浜松開通。
1900年、高層塔八天閣が竣工。
1923年、関東大震災により被災、市内に大きな被害があり、八天閣も倒壊する。
1945年、7月、未明にアメリカ軍機の空襲があり、軍需工場がある石燕市北部及び神津市街中心部が焼失。特に長屋が密集していた北東部は全てが焼け落ち戦後バラックが立ち並ぶ。
現代
1949年、国立学校設置法により神津大学を設置。教育特区を制定。
1964年、東海道高速鉄道神津駅開業。
1968年、辻切モノレール開通。
1972年、神津北公園区画に神白県庁庁舎及び神津市役所庁舎完成。
文化
祭り・行事
5月
厳始祭(しげんさい):神津区北
8月・お盆
八年祭(はちねんまつり):神津区北
海神送(わだつみおくり):港湾区神津海水浴場
神津湾から沖合に燈篭を流し、海上の平穏を願う祭り。
12月
灰払(はいばらい):港湾区倉庫街
公共施設
スポーツ施設
・神津スタジアム
文化施設
・神白県立美術館
・明治大正資料館
・百夜山天体観測所
・高天地質研究所
マスメディア
新聞社
・神津新報
放送局
・テレビ神津
・FM神津
教育
大学
・県立神津大学
・県立辻切商業大学
・県立神津美術大学
高等学校
・区立神津高校
・市立辻切東高校
・市立逆城第三高校
・私立新谷坂高校
専修学校
・私立大橋美容専門学校
観光
景勝地・観光地
北部西部にまたがる標高5000メートル級の山岳地帯が連なり、西部から南部にかけて神津湾に至る地形は起伏に富む。
神津区
・神津城跡:北の丸月見櫓及び天守台及び桜御門が現存しており、現在は公園として公開されている。神津市一円を見渡すことができる。
・四風環状列石:縄文時代後期前半(約5000年前~4000年前)に作られたと思われる環状列石であり、発掘調査により中心に小さな遺構、その外側に一回り大きな石組の遺構があり、直下には土壙墓群が見られる。
・和早牧場:古墳時代に乗馬が導入された際、牧による馬の飼育がはじめられたと考えられる。現在は1件の観光牧場があり、牛馬を育てている。
・学園通り:学園特区が設定されて以降、最も古くからある商店街。桜並木が有名。
・神津南八区:明治時代以降、神津南は八区にわけられ、放射円状に商店街が広がる。
・神津スカイタワー:28階建ての高層ビル。プラネタリウムや展望ラウンジ。
・神津新地:明治期に作られた遊廓街であり、昭和初期まで営業していた。現在はその跡地が観光地となっている。
・ハーン邸:明治期に建築された洋館であり、現在異人館として公開されている。
・旧養蚕場・製糸工場跡地:大正に建築された産業遺産。
・Gallelia神津:郊外型ショッピングセンター
・神津スカイワルド:遊園地。
辻切区
・辻切ツインタワー
・辻切ヒルズ
・丘の上教会:もともと外国人居留区にあった教会をヒルズエリア整備時に移築。
・神津スタジアム
・八天閣:現旧養蚕場・製糸工場跡地に大正期に神津南に建てられていた高層展望塔(関東大震災で倒壊)を復元したもの。
・太白少女歌劇団
・神津太白映画村
・辻切区立動物園
逆城町
・逆城神社:江戸時代初期に現在の場所に移築された豊玉彦乃尊を祭る神社。梅林が有名。
・伝建地区:逆城北は江戸時代、逆城南は明治・大正時代の建築物を残す伝統的建築物保存地区となっている。
・明治大正資料館
・二東山水族館
・二東山展望台
新坂町
・紅林公園及び紅林邸:
・籠屋山
・神津ブリュワリー
港湾区
・旧外国人居留区:神津港が開港地に指定されたことに伴い、外国人に借款された地区。現在も櫻鳴館を始め複数の異人館が残る。毎週日曜にはバザーが開かれる。シンボルでもある時計塔は現在改修中。
・レンガ倉庫街:明治時代に使用された倉庫の一部を改修し、ショッピングセンター街となっている。
・神津南京町:いわゆる中華街。
・神津海水浴場:遠浅の海が広がっている。
・百夜山
・百夜山天体観測所
・大桟橋:現在はクルーズ船が就航している。
・神津アリーナ
その他
・三神工業地帯:三春夜市と神津市にまたがる工業地帯。時折産業市等が開かれる。
・再青川:下流の三角州では釣りやバーベキューが楽しめる。
・高天リゾート
温泉
四風温泉:江戸時代から隠れた湯治場とされている。アルカリ性硫黄泉が特徴で、慢性皮膚病、慢性婦人病、切り傷、糖尿病、高血圧症、動脈硬化症、痛風に効能がある。
新谷温泉:古くからの湯治場であり、含硫黄ナトリウム塩化物泉を中心に複数の泉質を有する。間欠泉や豊富な湯量を利用した蒸し野菜や温泉饅頭が有名。近くの新谷川では蛍で有名であり、シーズンには観光客でにぎわう。
タウン情報神津提供の資料画像
神津区
・MAP

・神津城から八年坂を見下ろす。スカイタワー(下部は削除予定)

・神凪氏系図

・神凪氏の家紋が刻まれた瓦

・神凪氏家紋

・八年茶屋

・スカイタワー2FのFM神津

・駅前のクリスマス

・神津厳始祭

・八年祭

・新地


・新地の花魁(お祭りの練り歩き)

・新地でレンタル衣装お散歩


・八天閣とその賑わい(セピア加工予定)

・小町通りのミルクホールからみる八天閣(セピア加工予定)

・四風温泉

・草木庵の薬膳アフタヌーンティ

・新地教会資料(漢字が間違ってるね)

・神津行政区公園

・ガレリア神津

・四風山

辻切区
・辻切ツインタワー

・明治期の辻切駅と駅馬車停車場、勘工場

・勘工場。これであってるのか自信はまるでないんだが、辰ノ口勧工場の昔の図絵をみえると二階建てっぽいんだよな。

・辻切ヒルズ

逆城町
・逆城神社(僕のイメージだともう少しぐねっとしてるんだけど)

・逆城神社のお守りとお香(おみやげ)

・逆城瓦せんべい

・江戸の街並み伝建地区

・駅周辺観光地図

・二東山水族館

・逆城本陣の梅見御膳

新谷坂町
・紅林邸

・神津ブリュワリー

・蛍見

・新谷温泉の川床の納涼

・間欠泉

・籠屋山修験の道

・籠屋山エニシダ群生地

・高天リゾート

港湾区
・居留区から神津湾の眺め、時計塔

・端照島水軍窟クルーズ

・レンガ倉庫街


・神津硝子

・ティーセット

・山手エッグタルトスタンド

・居留区大階段

・旧居留区の櫻鳴館

・神津南京町

・骨董市

・花火大会

・海神送

・灰払祭の様子

・灰払クッキー

その他
・神津之介関連





・タウン情報神津ロゴ


・特集用のぼり

