本雑綱目 84 丁秀山 中国の冠婚葬祭
今回は丁秀山『中国の冠婚葬祭』です。
東方書店、東方選書15、ISBN-13 : 978-4497882288。
NDC分類では382。社会科学>風俗史. 民俗誌. 民族誌。
前提知識必要度(道教):★☆☆☆☆
これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
★図書分類順索引
1.読前印象
これは多分、現代ベースの冠婚葬祭についての本だと思う。とはいえこの本は1998年の本なので、それなりに昔の話だ。日本でも40年も前だと風習は変化するわけで、特にここ最近は技術や社会の変化に合わせて文化についても変動が激しいだろう。だからこの本が現代中国に繋がっているとはあまり思えない。
僕が知っている偏った範囲では、結婚風習では冥婚の赤い封筒とか花婿が迎えにきて一度断るとかくらいかな。葬儀はキョンシーとかだけど、戦後くらいまでは湖南で道士が2本の棒に死体の腕を括り付けて運んでたから、死体がぴょんぴょん飛んだように見えた様子から今のキョンシーの話の元になったとか聞いたことはけれど、今の風習はよくわからないや。冥銭を焼くのは台湾のほうだっけ。あやふやである。
とりあえず開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
前書き的なものはない。
『年中行事』、『結婚と葬儀』の中に各2~5頁でコラムが続いている感じ。『ちまきと竜船競漕』は汨羅の屈原の話だろうし、『三月三日西王母の誕生日』は西王母の誕生日にハブられて桃林を荒らして閉じ込められた斉天大聖の話かなとか、ちょくちょく内容が想像つくものもあるけれど。
年中行事から『桃符の始まり』、『十五夜の元宵』、『清明節の墓参り』、『盂蘭盆会』、『重陽節』、結婚と葬儀から『伝統的な婚礼』、『訃報』、『大名行列に匹敵する葬列』、『土葬のしきたり』を読んでみる。
3.中身
『桃符の始まり』について
度朔山で神荼兄弟が育てていた桃を横取りしようとした野牛嶺は戦いで敗れ、部下に鬼の扮装をさせて再び襲わせたが、兄弟は桃の枝で打ち払った。鬼を退治した話は民衆に広がり、死して後、神になって昇天し、天帝から鬼退治役に命じられた。民衆は兄弟の桃木が魔除けになると信じ、正月や節句で二枚の桃板に兄弟の名を書いたり神像を書いて魔除けとして門の両側に掛けるようになったのが桃符の始まり。五代の蜀主孟昶が桃符に新年の祝いを書いたものが春聯の始まりで、朱元璋が奨励したので普及した。
桃は中国でも昔から魔除け扱いされていて、なんとなく西王母の蟠桃起源かとおもっていたけれど他に起源を知れてよかった。神荼兄弟の話は論衡にあるようだが、一般的な認知度が気になるところ。
『十五夜の元宵』について
漢武帝のころ東方朔はずっと家族に会えず嘆いて身投げしようとしていた官女元宵を哀れに思った。東方朔は占いの露店を出し、どの占いにも正月十五日に天火で身を亡ぼすと答え、対策として十三日夕方に火神が赤衣仙女を遣わすので場内の年寄りが一斉に土下座してお願いをすれば助かるかもと告げる。十三日、天上から火事を見たいと言う天帝の命を受けて火をつけにきた仙女に全員で哀願すれば、宮廷を燃やすという紙を残して去った。東方朔は武帝に火神は餡入り団子が好きだから十五日に火神に捧げ城下の家々に提燈をつるして花火をあげて天帝の目をくらますよう進言した。武帝は元宵に団子を作るように命じてそれを配る際に元宵は家族と会うことができた。武帝はその団子と提燈、花火のおかげで災禍を免れたと考え、もち米団子を元宵という名に変えて毎年正月十五日には提燈をつるし花火を上げることにした。
話が大きくなったな! 東方朔関連の話ってこんな民話が多い気がする。不思議仙人。東方朔は俺はすげぇぜっていう推薦書を出して武帝に登用されて要職についた人で、史記では滑稽列伝にいる。
『清明節の墓参り』について
中国の古い祭日はほぼ旧暦だが、清明節だけは二十四節気から割り出された唐代以来の墓参りの季節だ。土葬なら墓地を清掃し土盛りし供物、線香やろうそくを供え、あの世でお金になる金銀や黄色の紙を燃やす。火葬が普及した都市部では骨は骨灰盒(骨箱)にいれて納骨堂に収める。土葬火葬に関わらず女性は大声を上げて泣き、その苦労などを故人に伝える。その他踏青(生えたばかりの草を踏む)や挿柳(魔除けとして柳の枝を飾ったり首に掛けたりする)を行う。昔は清明節の前日に寒食節(火を起こさず冷たい食事を取る)を行った。
このあたりの風習は韓国も同様な気はする。次の項で挿柳の風習は介子推が始まりと書いてあるけれど、中国の風習って春秋戦国ごろが起点になって孔子や道教関連で残ってる印象だけど、どうなんだろう。
『盂蘭盆会』について
七月十五日は中元。中国では正月、七月、十月をそれぞれ上元、中元、下元とし、道教ではそれぞれ天官、地官、人官が司る。中元は地官が来て人の善悪を調べるので地官を祭る。七月一日に冥途の門が開き三十日に閉まるが、その間浮かばれない亡者が地獄から現れるので、経をあげて食べ物を供えて霊を済度するため鬼節(亡霊の節句)と呼ぶ。その後1か月は長すぎるので十五日の一日が済度の日となった。この中元には仏教と道教があわさったやり方で先祖供養する盂蘭盆会を行い、先祖の霊が乗る法船を作り夜に燃やす。家では先祖に供物を並べて夜には燈篭流しをする。蓮の形をしたものが多い。盂蘭盆は逆さ吊りの苦しみから救い出すもので、目蓮の母が餓鬼道に落ちた母を救う話が元となっている。
長いから一日にするというあたりが印象的。日本のお盆とは少将趣きが違うような気がする。
『重陽節』について
九月九日の重陽節は、山に登って実付きの須臾の枝を頭に刺して菊酒を飲み、邪気を払った。大昔汝河に悪魔が住み疫病をばらまいていたが、桓景が仙人から道術の修行を行い、九月九日に悪魔が来ると言う仙人の言いつけに従い郷里の人を連れて山に登り、魔除けの須臾の葉を一枚ずつ持たせ、疫病除けに菊酒を飲ませて家に戻って悪魔を倒したという伝説がある。今では公園や郊外へのピクニックにいく日に変わった。
日本の菊の節句に結びついているのは栗ご飯な気がする。とはいえ新暦の重陽では菊も栗もないんだけど。
『伝統的な婚礼』について
昔の縁談は家柄と相性が重視され、家柄のふさわしい男女の生まれ年月日時を干支で表し占い師が相性を見た。これを枇八字といい、相性が合えば縁談が始まり仲人3人で結納条件の交渉をする。まとまると日を選んで結納を交わし、婚約披露の案内を出す。当日は仲人から紹介があり、宴会前に互いの客に挨拶として煙草を勧め火をつける。婚約が決まれば式の日取りを決め、男性側は夫婦の部屋の用意、式場や披露宴の場所の手配、女性側は嫁入り道具や衣類布団等の用意をし、式の数日前には新郎の家に送り届ける。前日には新婦の叔母二人が新郎宅に寝床を整えに行き、新郎側は門に造花のアーチや結婚祝いの対句を書いた喜聯を貼る。当日は新郎側の門横で楽団の演奏が始まり、新婦側は既婚婦人の髪型にしてから迎えの花籠をもち、新郎は正装で祖先を拝してから新婦を行列で迎えに行く。花嫁の家につけばその両親に叩頭し、花嫁の準備が整えば花嫁は花籠に乗って花婿の家へ向かう。その他略。
比較的現代の中国の婚礼の風習について結構詳細に記載されている、んだけどこれがいつ頃から始まったことでどの地域に一般的なのか、というとよくわからない。中国は広いので婚姻の風習も様々に思われるが、なんとなく富裕層の婚姻風景の気はするなぁ。
『訃報』について
中国では紅はめでたく白は悲しく、葬式は白事という。葬儀の時は部屋の壁を白い幕で覆う。結婚式と葬式はその人の一生に一度の行事として金があれば派手に行った。死体が日光や月光にあたるとキョンシーになるという伝説がある。死者は荒い目縫いの喪服を着、麻ひもで腰をしめて白い喪帽をかぶる。遺族の喪服は死者との関係によって異なり、死者のそばで寝食し、お悔やみを受け、弔問客が大声で泣くのにあわせて泣く。報聞(訃報)は格式が重んじられ、赤で印刷される。
『大名行列に匹敵する葬列』について
出棺前日は多くの親戚親友が出席し、盛大に経をあげる。陽が沈むと元宝(旧貨幣)の入った倉を広場に運んで燃やす。出棺時刻はあらかじめ陰陽師が定める。葬列は金持ちなら大名行列に匹敵し、赤顔怖面の張り子人形(開路神)、ドラ持ち、死者の地位等の書かれた旗を掲げた男たち、楽隊、旗、扇や傘、武器や儀仗を持った者が続き、僧侶、道士、副葬品、張り子の下男下女、蓮の花、赤や金銀に彩られた棺の輿が続き、親族の車では女性遺族が大声で泣き、最後に幌がつかない一般葬儀客の車が続く。出棺時は一番先頭の子孫が黄紙を燃やす素焼きの壺とご飯を供えた茶碗を割り、道中では黄色の紙銭を巻く。
葬儀の車の詳細が書かれていて、近代葬儀を書く資料としてはよさそうな。
『土葬のしきたり』について
葬式行列が墓地につくと、先頭の開路神が墓穴を一回りして悪魔を払う。墓穴に紙銭をまき、棺桶の正面横に食べ物や果物をいれて赤布で封をした紙をおいて埋葬した後、灯をつけて読経中に墓穴を煉瓦でふさぐ。この灯で墓中の酸素を減らし腐敗を防ぐ。饅頭型に土を盛り、紙の副葬品や人形を燃やし、供物を供えて線香を炊く。参列者に精進料理を振る舞い、悪魔を脅かすために包丁を研ぎ、霊がいなくなった事を確かめるために鏡をのぞき、悲しさが過去のものになったことを示すために氷砂糖を食べる。埋葬三日目に家族が墓参りして供物や線香を墓前に供える。死んだ人にも外の声が聞こえるように木耳入りの饅頭を供える。三十七、五七、七十七、六〇日目にも墓参りを行う。あの世には十人の閻魔王がいて、亡霊は七日ごとに一人ずつ閻魔によって裁かれるため、七日ごとにお経をあげ、三十五日目は閻魔王(いわゆる)の裁きがあるが、閻魔王には娘がおらず女子に親切なので花をたくさん供える。六十日目は食べ物を供えて冥衣舗で作った橋二つと船を燃やし、悪魔や毒蛇がいるあの世の奈河を渡るのに使う。
そういえば地蔵菩薩はこの閻魔王の一人なんだよなと思い出した。
全体的に、風習に関することなので感想の書きようがなかったりするため、紹介に留まった。あまり詳しくもないし。中国の風習は道教と仏教が混ざり合ったようなものだが、そもそも神仏習合はアジア圏に広く見られるムーブで、日本にはあまり主流ではない道教(道教自体が神を魔改造しすぎる)の習俗が大きいので耳慣れない風習が多いものの、なかなか興味深かった。
小説に使えるかというと、近代の中国の冠婚葬祭を書くなら資料にとても使えるとは思うけど、古い時代や僻地についての様子についてはわからない。紙銭はアジア全域に広がっている認識で、馬王堆でも土でつくった土銭が出土された気がするから、案外古くからはあると思われる。
4.結び
こういった風俗の資料は頭の片隅にこういう本があったなと思うときに便利かもしれない。とはいえもし書くなら個別に調べるんだけど、ネット資料には限界があると常々思うから、こういう一式で説明されているものは案外便利。
次回はJ・G・フレーザー『火の起源の神話』です。
ではまた明日! 多分!
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