【短編小説(朝のモノローグ)】ミルクコーヒーの朝 1800字
[HL:夢と現の間のまどろみ]
ふつりと目が覚めた。
いつもはもう少しまどろんでいるものだけれど、その日は何かに呼び起こされるように眠りの中からするりと追い出されてしまった。2回ほど瞬きをして、羽毛の布団の感触を確かめる。僕の体温がこの布団の中の空気を温め、それを僕にフィードバックする。ぬくぬくと温かい。
頭は何故だかすっきり起きてしまっていたけれど、どうにも布団から出る気にはなれなかった。だからもぞもぞといじきたなくぬくもりの端っこを布団の足元に探すけれど、それはやっぱりどこにも見つからない。
けれど、布団はまだ少しだけ温かい。残り香を探しているように。
少し前に彼女と別れた。なんで別れたのか。それはとても小さなどうでもいいことだった気がする。僕らの関係はきっと、もともとの閾値がそんなに高くはなかったんだ。僕は彼女がなんだか好きで、彼女も僕が何だか好きで、その淡い無糖のミルクコーヒーのようなとろけたゆるさは砂糖のように強固に僕らを結びつける媒介もなく、きゅいと飲み干してタンと机の上にカップを置けば、それじゃぁまた、という気軽さで僕らは別れてしまった。
そういえばなんだか夢を見ていた気がする。
どんな夢だったかな。コーヒーにマシュマロを浮かべるように甘ったるい夢だった気がする。
んんむ。どうやら眠りからはすっかり切り離されてしまったようだ。だからきっともう1度眠っても、同じ夢には辿り着けないだろう。夢というものはたくさんぷかぷか夜空に浮かんだシャボン玉のようなもので、僕の頭がそれにあたってパチリと弾けた短い一瞬だけ頭の中にあるものなのだ。
……起きなきゃ。
食パンが食べたい。香ばしくトーストされた食パン。懐かしい焦げた世界。
彼女は食パンが好きだった。そういえばいつも少し高めの食パンを買って帰っていた。自分では買わないけれど、その特別なパンはちぎった時にパンとパンの間がふわりと長く残るというか、やわらかくて粘り気があったような記憶。そう思ってキッチンストッカーをちらりと見たけれど、そういえばパンはすっかり食べ尽くした後だった。
冷蔵庫に何があったかな。
ぼんやり考えても、僕はもともと朝食を食べるたちじゃない。彼女が朝にとても香ばしくパンを焼くから僕はいつもつられて布団から出て。
あぁ、でも別れちゃったんだ、そっか。
なんだか体を持ち上げた分だけ布団の間が冷たくなった。空気が入り込んだんだ。以前より大きく開く隙間。
でもご飯は食べなくてもいいから起きて、着替えないと。その決心がつかないのは、きっとこの寒いのがいけないんだ。
ーアレキサ、エアコンつけて
ーはい。エアコンをつけます
エアコンからぷぉと暖かな空気が流れる。部屋があたたまるまでもう少しだけ。ちょっと前みたいに布団が十分に暖かくなって、世界とこの場所の差が埋まるまで、もう少し。
そういえばこの羽根布団は彼女が置いていった。格安で買ってきたというけれど、そう安いものではないだろう。けれど彼女は1つの場所には1つの布団と決めていて、新しいところに移る時には布団は捨てる主義らしい。捨てるなら欲しいと頼んで僕は今、2枚の羽毛布団に包まれている。
包まれたままごろりと上を向くとシーリングファンの長い羽が見えた。
付き合い始めたのは夏で、あのファンがゆっくりと回っていた。バーで出会った彼女はマリブサーフを傾けていた。ブルーキュラソーとマリブをトニックで割ったどこか南国の海を思わせる透き通った青いカクテル。彼女に似合うような、そうでもないような。
ーアレキサ、コーヒー淹れて
ーはい。コーヒーメーカーのスイッチを入れます
つれづれとぶつぎりになって頭の中をぱらぱら流れていく映像は、それほど古くもなく未だ劣化もしていない。いつかこれも忘れて消え去ってしまうのかと思うと、少しだけ居たたまれなくなる。だんだんと温風によって部屋の温度は上昇し、彼女がいたころと同じくらいの温度には至ってきた。
ああ、起き上がると、……きっといないことを再認識してしまう。だからもう少しだけ。
結局の所、僕は未練たらしくだらだらと彼女の影を追い求めていて、彼女の残した布団から出られずにいる。
せめて最初のコーヒーが入るまでは。
Fin.
ま行が埋まりました(満足)。
これ、僕の中では散文詩なんだけど、散文詩というには文章がブロック単位な気がする? そういえばこれは予定的にはエイプリルフールにアップすることになるのか?
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