見出し画像

本雑綱目 47 松枝到編 ふしぎの国 7 ユーモアと笑いの至福

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

今回は松枝到編『ふしぎの国 7 ユーモアと笑いの至福』です。
東洋文庫のISDN13は978-4582837070。
NDC分類では908.文学>叢書. 全集. 選集に分類しています。

1.読前印象
 このシリーズは主に日本に関する民俗学的な話題をシリーズ化したもので、確か1頁あたりの文字がえらい大きいライトな集だった気がする。一番の謎は全11巻なのに第10巻が欠番のところだが、それはそれとして、このタイトルからは例えば狂言なんかを含めたお笑いについての話なのかと予想(読前なので好き勝手予想)。
 とりあえず開いてみよう~。

2.目次と前書きチェック
 短い前書きによると、日本ではなくアジアが対象だったようだ。
 目次を見ると、『笑話の系譜、ユーモアの旅』、『ユーラシアの笑いとその教え』、『東方畸人伝』、『そして、こどもたちは……』、『解説 笑いのふかみ(多分あとがき)』と続く。小題がない……。中身がさっぱりわからない……。
 僕はそもそも喜劇じゃなくて悲劇が好きなのだ(開き直り。とりあえずアジアの滑稽な人の話が詰まってそうな『東方畸人伝』と『解説 笑いのふかみ(多分あとがき)』を読んでみよう。

3.中身
『東方畸人伝』について。
 歴代名画記から顧愷之こがいしについて、近世畸人伝から石野権兵衛と市兵衛について、金谷上人行状記から金谷きんこく上人について、江南春から内藤湖南ないとうこなんについてを引用している。引用しているだけで註釈が特にないので、どういう意図でこれを引いているのかわからない……。とくに歴代名画記や近世畸人伝はいわゆる古文で書かれているので、慣れてないと読みづらい。
 ユーモアとして考えても、現代と当時のユーモア感はずれていて、正直おもしろくない。今俺はこんな事してるけどあいつは今頃何を考えているかなウフフとか、こんな事しちゃったぜみたいなヤンチャ自慢が延々と書いているので、割にドン引いている。

『解説 笑いのふかみ』について。
 笑という漢字は分解して色々すると薊となり、刺々しい毒にも薬にもなるものが口から出ていると延べつつ(おそらく気の利いたことを言ってる雰囲気だけどお笑いがよくわからん)も、様々な笑いに関する文献を文脈を鑑みずに抜書きしているんじゃないかという空気感があって、正直なところどう解釈したものか目が滑る。
 いや、てか金谷上人行状記はぜひ全部読むべきだとこの本にかかれてるんだけど、そもそも読みたいならそっち読むし。別に持ってるしさ。つまりその全部の中から一部だけ抜いたこの本の意義がわからない。
 それはそれとして、意味がわからなかった前章(多分他の章も)の位置づけやら意味合いがこの解説に書かれているものの、これを一番うしろに書いちゃうと多分ここまで到達する人はいない気がするので、序文に書くか各章の冒頭に書くべきではないかと強く思う。

 全体的に、というかこの最後の解説を読まないとそれぞれの章の意味がわからないので、最初から読むと何がなんだかわからないままユーモアに関するような気がする(解説を読むと、引用したものには著者にとっても笑いに思われないがかつて文化的に笑いに含まれていたものの含まれているもよう、知るかよ)文章集でしかないので、特殊用途にしか使えないような。
 小説に使えるかと言うと、正直使えない。最後にざっと並べられた解説と照らさないと、それぞれの章の位置づけというか意味がわからないのだ。そして現代語でもない作品群を資料に使うのは無理がある。さりとてその他のなにかにつかえるかというと疑問。ああ、そういえばNDC分類が全集だったな……(遠い目。
 とりあえずユーモア自体がよくわからない僕には至福は訪れなかった。

4.結び
 本文で不満を呈しててもそれは小説を書くという視点からで、そうでなければ……的なことをちょくちょく結びで書いてるんだけど、この本は意図がわからない。意図は最後の解説を読めばわかりはするんだけど、何故これを一番最後においたのかの意図がわからない……。つまり内容以前に構成に問題があるのだ。
 このシリーズの他の本はそんなことはなかった気がするんだけどな。試しに荒俣宏編の3の諸国尽くしを開いてみたが、普通に読み物だった(エッセイみはあった)。著者間ですり合わせとかされてないのかな。
 次回は瀬川拓郎著『アイヌと縄文 もうひとつの日本の歴史』です。
 ではまた明日! 多分!

#読書 #読書レビュー #レビュー #うちの積読を紹介する #感想 #書評  


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集