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【短編小説(SF)】空に落ちる 8500字

[HL:この地下は、どこに繋がっているのだろう]

 ずっと穴を掘っている。深い深い穴を。
 どの程度掘っているのか、それはメートルとかの長さの単位では表示されるけど、体感的にはもはやよくわからない。
 といっても私自身が掘っているわけじゃない。掘るのはあくまで機械だ。空中に浮かんだ直径20センチほどの球体の『コア』と直径2メートルほどの大きさの円形フレームび『サークル』。それと『カナリア』と呼ばれる私。私たちはこの3体で1つのユニットを組んでいる。
 コアが地質を判断し、サークルが土に食い込みながら掘り分け固めてパネルを形成する。崩れないようにパネルを通路内に壁として貼り付けながら進むシールド工法。灯りと空気を通す配管もサークルが同時に生成し、10メートル毎に緊急時用の隔壁が作られる。私の役割は点検と確認。この子たちの動作チェックとメンテナンス、それから地質と空気の組成、最終的には人間が生存可能かどうかの調査。

 手首のアラートがピピピとなる。
 少し遠くからも鳴っているのが聞こえる。このあたりの岩盤は音がよく響く。終業の時間だ。現在地と進捗状況を記録して、センターに戻る途中にT0129号と落ち合った。
「T0156、今日の調子はどう?」
「いつも通り。でも明日は目的地に着けるかも」
 T0129号はほほ笑んだ。
「そっか。本当にこの深度にあるのかな、綺麗な場所」
「どうだろうね。なかったらお父さんのプロジェクトは大失敗」
 私たちは肩をすくめる。
「そうするとどうなるの?」
「きっと私たちは廃棄になるわ」
「廃棄になるとどうなるの?」
「そうねぇ、どうなるのかな」
 廃棄になったらこの体は分解され、新たな素体に構成しなおされる。けれども私たちの頭の中はどうなるのかな。このプログラムされなくても自然発生するたくさんの自我は。
 私たちのこの自我は仮自我と呼ばれている。私たちの体が生成された時に一時的に発生するものらしい。設計上どこかのミスか、軽易なバグのようなものだと言われている。父さん、テルジータ父さんが言うには、そうでなければ私たちを働かせることができないからなのだそうだ。私たちはテルジータ父さんに作られた。だからテルジータ父さんの娘たちと呼ばれている。だから名前の頭にTの文字が付く。

 都市に上がるために保護スーツを着る。そして大エレベータで私たちは1人ずつ洗浄・検査されて都市まで運ばれていく。そのときに少し順番待ちの時間ができるから、着る前に仲良しの娘と少しおしゃべりをする。
「ねぇ、今日の晩ご飯なんだと思う?」
「クリームシチューがいいなあ」
「いいね、私はカレーがもう1回食べたいな」
「カレーかぁ。確かT0089が辛いの苦手だから供給されなくなったんだよね」
「辛いのがいいのにな。T0089はもう壊れちゃったでしょ? また復活しないかな、カレー。辛いの美味しかった」
「私は一度ナンとかライスって食べてみたいな」
 私たちの、まるでカナリアみたいなざわめきは狭い坑道に反射して、時々とても騒がしい。
「ナン? 何それ?」
「固形物」
「固形物はチューブ通らないんじゃないかな?」
「でも昔の映像みると美味しそうだったから」
「じゃあ来世は普通に食べられるといいね。あ、私の番。じゃあまた明日」
 順番が来たT0129はニカっと笑ってヘルメットを手にとった。

 私たちがこの地下に潜っている理由、それは西暦2182年まで遡る。ユフが落下した年だ。
 そのユフと名付けられた隕石は、数多の観測をくぐり抜けて突然発生したと聞く。そしてそれほど大きくないその石は、地球に落下し毒を振りまいた。その毒は致死毒。一瞬触れるだけでもその心身は汚染され、体内に吸い込めばたちまち人間は死んでしまう。そんな不可避の毒。
 この国はユフの落下地点から少し離れていて、毒の存在が知れ渡った直後に国全体で地下に避難することを決断した。厳しい自然環境下におかれたこの国は、すでにジオフロント構想によって巨大な地下都市空間の創造に着手していた。だから幸運にも多くの国民が大深度地下に逃れることができた。そもそも人口が少なかったのもある。他の多くの国は滅びたらしいと習ったけど、通信が途絶えてもう長いから実際はよくわからないみたい。交信しようにも連絡網はすでに朽ちて、外はユフ毒に満ちているから出ることもできない。

 それからだいたい300年。
 これまでこの都市では大気を合成し、地中鉱物を利用して構築物を作り、汚染前に地上から持ち込んだ動植物と土中の微生物、それから核融合により人工生成した太陽で食物を作って生活をしていた。人間たちの暮らしというのは私たちにはよくわからないものの、記録によれば都市の生活は安定していたようだ。
 けれども現在この都市は今、危機を迎えていた。
 ユフ毒はゆっくり、ほんの少しずつ地面に浸透し、もうすぐこの地下都市に到達する。地中を進むユフ毒がこの都市に到達すれば、確保していた全てが汚染される。そうするとこの都市は滅ぶ。
 だから私たちが人間の新しい移住先を探すの。私たちはそのために作られた。
 これが私たちが生まれて最初に学ぶ基礎的な認識。そこから科学、地学、物理、工学、病理等の仕事に必要なことを学ぶ。1人1台の居住カプセルが支給され、その中で寝泊まりする。
 横たわってヘルメット内に開かれるモニタで必須情報を一通り学習した後は、各自好きな情報を見て過ごす。モニタは様々な情報に繋がっていて、より深い内容の講義、昔の地上の映像、映画やドラマというストーリーのある人間の話、カートゥーンと呼ばれる動く絵、そんなもののデータが大量にあった。
 大エレベータの監督係と話したけど、こんなに自由に情報が与えられる娘たちはT規格の私たち、つまりテルジータ父さんの娘たちくらいのものらしい。他の家の娘たちは何をして過ごしているのか聞いてみたけど、何もしていないそうだ。監督係がいうには、他の娘たちは監督係とどころか同じ家族の娘と話をすること自体もほとんどないみたい。それって暇じゃないのかな。
 私たちテルジータ父さんの娘たちはかなり特殊で、恐らく自由な情報が情動というバグを増加させているのだろうということだった。それがよいことなのかどうかわからないけれど、そんな仕様を決めるのはテルジータ父さんだから、誰にも文句を言われたことはない。

 自室に戻っていくつかの動画を見た後、最後に一番気に入っているテルジータ父さんのメッセージを聞く。私たちはテルジータ父さんに直接会ったことはない。けれどもテルジータ父さんは確かに私たちの父さんで、私は毎晩優しそうな父さんの声を聞いて眠るのが好き。テルジータ父さんが一度見てみたいと言っていた空と同じ色の瞳が優しそうに笑うのを見るのが好きだった。

-俺の娘たち。
-都市での生活は窮屈だろう? でも我慢して欲しい。
-メンテナンスや治療はやはり地下では難しいんだ。センターから離れると機材の調達が大変でね。
-バイオロイドの都市でのスーツ着用は法律で義務付けてられている。だから俺にはどうしようもないんだ。

 そこで父さんは、少しだけ悲しそうな顔をする。

ーでもその分みんなには美味しいご飯を用意するようにしておいた。少しでも喜んでくれると嬉しいんだけど。
-今は人間との接触、それから互いに姿を晒すことを禁止されている。けれども本当は、人間が自分たちと同じものが危険な仕事についていることを直視したくないだけなんだよ。だから全員無事に仕事から帰ってきて欲しい。どうか。
-君たちの仕事が終わったらみんなで一緒にご飯を食べよう。約束だ。

 小さなアラートが鳴った。晩ごはんの時間。今日は何かな。
 チューブからグーラッシュの味がした。かつてハンガリーという国で作られた料理。牛肉とパプリカを始めとした野菜をトマトで煮込んだ料理。この間調べた。
 トマトの酸味と野菜の甘味の優しい味が染みていて私の好きな晩ごはん第4位。美味しい。前に映画で見たグーラッシュの形を思い浮かべる。確か赤茶色の料理だったはず。
 本当は映画と同じように料理を目の前にして食べるっていうのをしてみたい。けれど私たちは都市ではヘルメットとスーツを外すことはできないから、ヘルメットに接続されたチューブで食事をとっている。地中で食べる食事は見ながら食べられるけれど、他の家の娘たちと同じ携帯食だから味にバリエーションがないんだよね。
 いろいろなご飯を食べられるのもテルジータ父さんの娘たちだけみたい。

 翌朝、大深度地下に降り、私たちはようやくヘルメットとスーツを脱いで身軽な姿に戻る。父さんの言うように都市は正直ちょっとだけ窮屈。
 地下に降りて最初にすることは今日の仕事の予定確認。昨日の予定は消化できてる。想定外の硬い岩盤や物質はなかったし。今日はどうかな。予定を確認すると昨日掘った場所から少し直進したところに大きな空洞がある。そこが私の目的地。おそらく今日中にたどり着ける。そこで私は壊れるのかな。そればっかりはよくわからない。

 『地下移転プロジェクト』。
 新たな地下都市候補の発見が私たちの役目。
 都市又は中継地点である『センター』に配備された大型地中レーダで地下空間を発見し、私たちはそこが次の都市として利用可能な場所かどうかの調査をする。それがこのプロジェクトの概要。ユフ毒が届かない更なる地下への移動計画。
 地下に空洞があることがわかっても、そこは未知の大深度地下のこと。レーダに検知されない有毒ガスで満たされていたり高温だったり、何らかの異常が存在する可能性はある。近くまでいけば地熱の上昇や体調悪化でそれがわかるかもしれないけど、開けてようやく分かることもある。だから人と同じ組成を持つ私たちが調べに行く。

 このプロジェクトは地下都市の複数の担当者がそれぞれチームを創成して遂行されている。その1人がテルジータ父さんで、私たちはテルジータ父さんの遺伝子情報を基礎として作られた1ユニットのバイオロイド。だから私たちはテルジータ父さんの娘たち。環境変化に強い女性型で全く同じ基礎素体で姿も全く同じなのに、みんな少しずつ性格が違う。
 最初は200人いたけど今は38人まで減った。みんな壊れてしまった。あと38人しかいない。でもその中の1人でも成功すれば、テルジータ父さんのプロジェクトが成功だ。それが私たちが存在する意味。
 今日も頑張って掘り進む。途中でセンターとの通信が途切れた。近くに電波を吸着する物質でもあるのかもしれない。通信が途絶えたこと自体はセンターでも記録されているだろうから、私が戻らなければこのルートは危険ルートとして閉鎖され、別のルートから掘削がされる。
 だからとりあえず進もう。あともう少しのはずだ。

 その瞬間は、とても不思議な体験だった。
 あと1メートル岩盤を掘ればその先の空間に辿り着くとコアが告げる。この瞬間は3回目だ。これまでの2回は幸運にも有害物質や特殊地形はなかった。けれども空間の岩床が脆すぎて崩落の危険が大きい場所と、大部分が液体に沈んでこれから開発するには時間がかかりすぎると判断された場所。
 つまりは都市が移転できない失敗空間だ。
 この先はどうなっているのか。また住めないような場所なのか、あるいは本当に人間たちが住める空間が存在するのか。なんだか少し高揚していた。この先はいつもと違う、なんだかそんな予感がした。こんな情動の動きは初めてだ。監督係に報告するときっと新しいタイプのバグだと言われるだろうな。ふふ。
 サークルに最後の掘削を命じる。
 この先が電磁波があふれる帯域ならこの子は壊れてしまうだろう。水があふれる地形なら私もこの子も壊れてしまう。有害な気体が溢れているなら私が壊れてしまう。どれであってもその結果自体が有意義だ。この先が使用できないことが確定する。できればその情報を私かこの子のどちらかが持ち帰れると、他の娘たちの役に立つのだけれど。

 ガガガという掘削音が突然途切れ、フシュッという音と共に開いた穴から緑色の煙が漏れ出した。
 まずい⁉
 そう思って逃げようとする間もなくその気体は私を包む。壊れると思って思わず目をつぶり、しばらくたったけれど、特に体に異常は感じられない。少しスースーするような不思議な香り。人間と同じ組成を持つ私が大丈夫なら、この煙の中でも人間は生活できるはず。それを確かめるのが私の役目。
 急いで空気をスキャンする。この緑の空気の組成は少し二酸化炭素が多いけど、十分正常化できる範囲。ただし未知のバクテリアが含まれている。これは何?
 続けて私の体をスキャンする。バクテリアが付着している。けれども簡易検査では特に異常は見られない。胸をなでおろす。

 1時間ほど異常がない事を確認して、機械に命じて穴を貫通させる。私が通れる直径2メートルの穴。恐る恐る、その緑色の世界を覗く。ソナーを飛ばすと真っ直ぐ直進し、次第にその灯りは小さくなっていった。
 凄い、凄い。
 その広い空洞はレーダで見たのと同じくらいの広さがあって、しかも検知できない物質で塞がれているわけでもなさそう。そして液体が溜まっているわけでもなさそう。コアに組成を調べさせても調整可能な範囲。

 本当?
 本当に?
 私が見つけたの⁉
 お父さん、やったよ!

 すぐにでもセンターに報告に行きたい。正式にはきちんとした調査がなされてからだけど、ここが大丈夫なら他の家族が危ないところを追加調査しなくてよくなるもの。
 でも私はこの謎のバクテリアに汚染されている。この緑のものが悪いものである場合、センターに戻って都市を汚染させるわけには行かない。
 だからとりあえずコアに電波が届く所まで戻ってもらって報告させることにした。私はしばらくこの区域で待機して、調査隊を待って調査を受ける。それで廃棄になってしまうかもしれないけど、父さんの願いが叶えば嬉しい。
 待っている間に父さんの映像を思い浮かべる。

-俺の娘たち。君たちは人類の希望だ。
-きっと君たちの中の誰かが未来を成し遂げると信じている。
-そうすればバイオノイドっていう区別は不要になる。皆で一緒に暮らそう。
-廃棄なんて絶対にさせないから。
-だから体に気をつけて。なるべく死なないで。

 父さん、私、多分見つけたよ。
 きっとここが未来なんだ。これで父さんとみんなと一緒に住めるかな。地上で一緒にごはんも食べられる? 液体じゃなくて固形の美味しいごはん。
 カレーとか、ナンとか、なんでもいい。みんなでご飯が食べられるなら。

 それから結構時間が経ったけど、コアは帰ってこなかった。何かあったのかな。
 でも何かあったなら、汚染されているかもしれない私はなおさらここを出るわけにはいかない。
 ピピピと手首のアラートが鳴った。終業の時間。
 でも都市の安全は何よりも優先されるから、私はここを動いてはいけない。サークルに常備されたパックから携帯食を取り出す。10日分ある。

 それから更に、結構時間がたった。起床時間と就業時間にアラートが鳴るからちょうど10日目。あまり美味しくないのと動いていないからあまりお腹は減らないのとで、食料は3日分残ってる。
 1日2回、アラートが鳴るたびに空気の測定と体調確認をした。どちらも目に見える変化はなかった。私は壊れてしまったのかな。よくわからないけれどもそれを示すデータもない。
 10日経過して音信がなければこのルートは閉鎖される。けれどもここには新しい都市になるかもしれない場所がある。それならやっぱり、戻って知らせたほうがいいよね。

 久しぶりに立ち上がるとちょっと目眩がした。
 フラフラする足取りでぺたぺたとセンターに戻る。けれどもそこには誰もいなかった。それどころか電気供給が止まって、かろうじて空気と灯りが生成されている程度。
 どうして?
 こんなことはこれまでになかった。
 私の家族も監督係も誰もいない。ここはいつもざわざわしているのに、シーンとしてて不思議な感じ。ひょっとして他で都市が見つかって、ここそのものが閉鎖されたのかな。
 非常用電源を稼働して大エレベータを動かす準備をする。いつもは監督係が操作するけど利用方法は学習している。ログが9日前で止まっている。つまり9日間このエレベータは動いていない。変なの。10日は様子を見る決まりになっていたはずなのだけど。
 スーツを着て上昇を始める。洗浄・検査は自動で、不具合や異常があれば大エレベータは停止する。けれども停止することもなく都市階にたどり着いた。私が安全かどうかはわからない。簡易検査ではバクテリアは体表面からいつのまにか消え去っていたから。

 プシュリと大エレベータが開いたけどそこには誰もいなかった。おかしいな、ここではいつも5人くらいの人間がいるのに。そわそわしながら私たちのカプセルを見に行ったけれど、誰も入っていなかった。まぁまだ仕事の時間だし、他の地下に行ってたりするのかな。この坑道自体が閉鎖されたのかもしれないし。

 恐る恐る区画から外に出ても、何も音がしなかった。けれどもその瞬間、私は何が起こったかを理解した。すてんとしりもちをついた。つまり、私たちの仕事は予期せぬ形で終わってしまったのだ。
 目の前にはたくさんの人間が倒れていた。大気の組成を調べた途端に鳴り響くアラート。やはりユフ。この都市にとうとうユフ毒が入り込んでしまった。

 それが予定通りの期限なのか予定より早まったのかはわからないけれど、ユフはこの都市の寿命に追いついてしまった。
 私たちは未来に間に合わなかった。父さんも死んで、みんな壊れてしまった。ヘルメットの中に水がこぼれた。機能的には知っていたけれど効果が発揮されたのは初めてだ。このまま漏れ続けると私はヘルメットの中で溺れてしまうのかな。

 でも、あれ?
 驚きと疑問が私に満ちる。
 どうして私は壊れてないんだろう。ユフは極小で、ユフの前ではこんなスーツなんて意味がないはずなのに。そう思って自分を調べると、ユフ毒は確かに私の体表面に接していたけど、それ以上は侵入しないようだった。
 何故? 慌てて記憶を探る。
 思い当たるのは……あのバクテリア?
 ひょっとしてユフの毒を中和しているの⁉

 多くの国の人間が探し求めたもの。それがこの大深度地下にあったのか。
 そんな。ひょっとして私がすぐ出てくれば父さんや家族は死んだり壊れたりしなかったのかしら。
 ……いいえ、それでもきっと間に合わなかった。だってこの死体はもう9日以上前のものだから。調査した死体は体内深くにまでユフが浸透していた。
 父さんも家族も既にみんなどこかで死んで壊れてしまった。
 途方に暮れた。

 私はどうしたらいいのかな。
 初めて出た人間の区画を見回してみたけれど、私以外何も動くものはない。私だけがこの世界で動いている。最低限の空気と灯りをつくる機能だけが辛うじて残っているようで、大勢の人が住んでいた都市はシンと静かだった。

-星が見たかった。

 ふと、父さんの声が聞こえた気がした。
 そうだ、父さんは地上の星がみたかったんだ。私は父さんの望みを叶えるために作られた。もう地下を掘っても避難すべき人間はいないんだ。本当の目的はもう叶わなくなってしまったけれど、それなら私は星を見に行こう、そう思った。他には何もなかったし。
 ユフは地上に近づけば近づくほど強い。バクテリアがどのくらい保つかはわからないけど、なるべく星に近づこう。

 昔一度だけ学んだこの都市の構造を思い出し、地上へ至る階段通路にたどり着く。
 この都市に人間が降りてきた後はずっと閉鎖されていた通路。ユフが通らないよう土が詰めてある。気休めだけれど。
 機械を操作し、土を廃棄すると長い長い螺旋階段が現れた。その階段を登った。残りの3日分の食料を食べ尽くし、それから更に歩いて非常用電源がフツリと切れてもまだたどり着かないような深度にこの都市はあったのか。けれどもユフはたどり着いてしまったのか。そう思いながら闇を上り、やっと小さな扉にたどり着く。
 300年ぶりにキキィと開かれた扉の先は、中と同じく真っ暗だった。けれども見上げると、数限りない白点で溢れていた。宇宙。これが宇宙。父さんがみたかった本物の空。吸い込まれるよう。私の表皮が突然ざわざわとさざめいた。

-俺の娘たち。
-俺はみんなに名前をつけたかったんだ。バイオロイドには名前をつけちゃいけない法律だけど実はこっそりつけたんだ。君たちの番号に相当する番号の彗星の名前が君たちの名前だ。秘密だよ。
-試験管の中で育つ君達1人1人の前で一緒にその彗星の動画を観たんだ。本当はいつか動画じゃなくて君たちと一緒に本物の空を見たい。
-俺は君たちに会うこともなく君たちを真っ暗闇に放り込む。けれども情報取得の許可は付与させた。大分反対されたんだけど、せめて君たち自身が自分の星を見つけられますように。

 空を見るために持ってきた望遠鏡を掲げ、星を見上げた。
 はるか遠くに短く白い尾をひくラッセルリニア。
 父さんが見たかった星。私の本当の名前。

 私はユフ毒に汚染されない。ひょっとしたら私がユフに汚染されない唯一の物質なのかもしれない。私があれば父さんたち人間はユフから逃げなくてもすむのかも。届いて。そう思って持ってきた照明灯を打ち上げると、その光は新しい彗星のよう夜空にまっすぐ落ちていった。
 今度は私を誰か見つけて。

Fin

-ユフの方舟シリーズ紹介
西暦2182年。ユフという名の小さな隕石が落下し、地球に毒が振りまかれた。そこから世界の様相は大きく変わった。だからユフが落下してきた年はユフ歴0年と呼ばれている。
その大きすぎる変革に人々は様々な方法で対処しようとしていた。
これはその中のある国のお話。

★表紙

★短編小説のマガジン

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