本雑綱目 89 ティモシー・ヴァースタイネン、ブラッドリー・ヴォイテック ゾンビでわかる神経科学
今回はティモシー・ヴァースタイネン、ブラッドリー・ヴォイテック『ゾンビでわかる神経科学』です。
太田出版、ISBN-13 : 978-4778315269
NDC分類では491。自然科学>基礎医学。
前提知識必要度(ゾンビ):★★☆☆☆
神経科学の話なんだけど例えがゾンビなので、ゾンビわからないとピンとこないかもしれん。
これは乱数メーカーを用いて手元にある約6000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
★図書分類順索引
最近長い傾向にあるので、目次を置くことにした。
1.読前印象:ティモシー・ヴァースタイネン・ブラッドリー・ヴォイテック ゾンビでわかる神経科学
これ実は7割くらいざっと読んだことがあるんだよね。僕は本はたいてい古本で買うんだけど、少数の内容が面白そうだから高くても買う本と多数のなんかの役にたつかもしれないから安ければ買う本があるんだが、この本は前者だ。キャッチーなタイトルだけど内容は思ったより普通の神経科学の教本で、ゾンビに例えてはいるけれど特に最新の知見も尖った知見もないので、それなりに詳しければわざわざ読む必要があるとは思えない。ポケモンで学ぶ英単語みたいなものだろう。ただアメリカンな語り口調がたいていの日本人には鼻につくかブログライクで愉快と感じるかどっちかだなという、とにかく文体に特徴のある本だった。アメリカのショッピングチャンネルの司会か、みたいな。
とりあえず開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
はじめにを読む。
神経学は多くの文献で、イニシャルで語られる脳に障害を負った人間の受傷前後の行動変化を研究することによって脳の実務に関して知見を手にする。この本はその多くがゾンビに費やされているように見えるが、これは悲劇から学ばれた教訓に対する、そして患者について解説した抒情詩である。
……イニシャルで語られる人間をゾンビとして解説するというのはブラックジョークの類なのか判断がつかないなぁ。
序論を読む。
fMRI(神経から画像を生成する技術)の読解ができるのはそう遠い未来ではなく、その時神経科学者は全能となるだろう。そうであればゾンビの終末ですら解明されうる。同好の士とゾンビの研究をし、ゾンビの行動の生物学的基礎についての講演をしてきたが、読者がこの本から何かを学ぶことを望む。ゾンビ映画についての愛が語られ、本書ではゾンビのコミカルな場面を活用し、ゾンビネタで認知神経科学を理解するプラットフォームを提供したいと〆られている。
ん-と。この序論で書かれてるゾンビ映画は全部見てるわけだけど、ザッカーバーグ以降の恐怖によせた新ゾンビ以外は確かにコメディ寄りの作品も多いなとは思う。
目次は『グレイの(ゾンビ)解剖学』、『ゾンビは不死身羊の夢を見るか』、『のそのそ歩きの神経相関』、『空腹も、怒りも、愚かさも、生きていなければ存在しない』、『ゾンビ・アポカリプスに涙はない!』、『舌 かんだりもつれたり』、『死者たちの「注意の解放障害」』、『ところで、このいける屍の顔は誰のもの?』、『どうして私が私じゃないの』、『生けるしかばねの心に輝く永遠の太陽』、『ゾンビ・アポカリプスと闘う……科学を武器に!』です。タイトルにアメリカ感があるけど、普通にそれぞれ真面目な神経の話。
今回は『ゾンビ・アポカリプスに涙はない!』、『死者たちの「注意の解放障害」』、『ところで、このいける屍の顔は誰のもの?』、『どうして私が私じゃないの』、『生けるしかばねの心に輝く永遠の太陽』を読んでみます。神経の仕組み自体はそれなりに把握してるのと、最近相貌失認の話書くの多いので(章タイトルからは直で内容がわからんよね)。
いつも通り前段はまとめ、後段は感想。
3.中身
なお、まとめ部分はまとめてしまった理系な話なので一見とっつきづらいけれど、本の内容自体は最初から読めばわりとわかりやすく書かれている。興味があればと文体が気に障らなければという前提があるけれど。
『ゾンビ・アポカリプスに涙はない!』について
ーまとめ
ゾンビはゾンビと生者をどう見分けるのか。
ウォーキングデッドでリックとグレンは自らに死者の血や臓物を擦り付けて生者の臭いを消した。嗅覚は刺激が鼻中のニューロンを活性化させ、嗅球を経由して新皮質にシグナルを送る。脳損傷の特殊な事例で盲視(目は見えないが無意識にぶつからないように歩ける)のように刺激を意識することなく刺激に反応する人間がいる。
嗅覚以外の感覚は視床で一度処理されるが、嗅覚は新皮質の皮質領域(感情と記憶)に直で到達するため、臭いは年月がたっても記憶を呼び起こす。哺乳類のほとんどは鼻孔中にフェロモンを感知する鋤鼻器を有し、コミュニケーションをとる。人間の信頼感や社交性はペプチドによって操作でき、オキシトシンによって仲間意識を高めたりすると同時に外部への攻撃性を強める。その他、他者の行動を観測するときに活動するミラーニューロンも社会性に影響があるだろう。
ゾンビはゾンビ化による知覚方法の変化によって他のゾンビを仲間、人間を仲間外として認識しており、そのシステムが嗅覚に加えてフェロモンによって支えられている場合、生きた人間の臭いは部外者として攻撃性を高める。ゾンビはミラーニューロンシステムが破壊されているから仲間を認識できないとすれば、ゾンビの前頭皮質に電極を差し込んでも反応は見られないだろう。
ー感想
変な例示と装飾が多すぎて、文章がすっげえ回りくどい。やっぱりテレビショッピングみたいな節回しを感じる。改めて自分が端的な文章が好きなことを自覚した。
結局のところこの項目はゾンビは人を臭い(フェロモン含む)で判別していることを前提にしている。でも今のゾンビのスタンダードは音だと思うんだよな。それに時々目でみてるパターンもあるから、決め打ちされると困惑する。
少量ていうかミラーニューロンって視覚に関与するから神経系統が生きてる(正しく作動する、つまり死んでない)前提じゃないかしら。腐敗したら感覚受容も無理だろう、そもそも。そういえば人間が嗅覚を訓練したら犬と同程度になると聞いたからうちの話にもそんなキャラがいるんだけど、我ながら非人道的な気がしてきた。
『死者たちの「注意の解放障害」』について
ーまとめ
ゾンビは注意力を維持・制御する機能が衰えているので、大きな音や光に気を取られるとそちらに向かう傾向がある。そのため、花火を打ち上げて陽動したりするのが定番だ。特定の場所に意識を集中するプロセスを空間的注意といい、人は脳の中に可聴周波数、におい、筋肉、視覚等の周辺の各地図を描く事で世界を把握している。第一次大戦中のヘルメットは後頭部が十分に守られず、後頭部に負傷した兵の多くが物が見にくいと主張したことから、視野角の地図が後頭部にあることが判明した。
人は目のレンズを通し眼球奥の光受容体に光が衝突すると網膜細胞がシグナルを発し、視床の外側膝状体に伝えられる前に色彩情報と形状情報に分けられる。こめかみに近い部分は同じ側の視床に信号を送り、鼻側は視交叉を横断して反対側に送ることによって人間の視野を左右に分割する。脳の後部ではこの視覚を細かく分割しながら、脳内で1つの地図がリアルタイムに生成される。その後、信号は腹側皮質視覚路を通って側頭葉に送られ、何を見ているかという認識に繋がり、背側皮質視覚路を通って頭頂に送られ、見る者の場所の認識に繋がる。
頭頂葉皮質は注意や空間認識に関わる。左右両方の頭頂葉を損傷した患者に診られるバリント症候群では、同時に2つ以上のものを認識することが難しいことから、同時失認が生じる。例えばペンとペンを持つ医者を同時に認識できないし、目の焦点を合わせたり見る者に手を動かすことも難しい。人は注意を向けるものがなければ他に注意を向けると『注意の解放』を行うが、頭頂葉を損傷した患者は注意を開放することが困難だ。
目で人を追うゾンビは網膜、視床、一時視覚の背側皮質視覚路までは無事だが注意を解放できないので頭頂葉に問題があるだろう。この場合、何かに意識を向けたゾンビは新たな注意を引かない限り、注意が他に向くことはなさそうだ。
ー感想
言いたいことはわかったけれど、回りくどいことこの上ない。けれどどの部分に支障があればどのような障害が出るかというのは興味深く、ミステリーに使えそうだけれどあまりニッチな症例だとヒントが難しそうです。
『ところで、このいける屍の顔は誰のもの?』について
ーまとめ
ゾンビになった瞬間、人の見わけがつかなくなり家族親友をも襲い始める。これはカプグラ妄想あるいは相貌失認の症状に似ている。
カプグラ妄想は身近な人が偽物に入れ替わったと認識する。この妄想では対象者にそっくりであるという知覚の特徴は認識できるが、その認識が認識情報と合致しない。人は通常、顔で人を見分けるが、その際に腹側皮質視覚路を用いる。目に当たる物体の形や色、角度を統合し、よく見る対象をパターン認識する。海馬傍回場所領域では顔より風景や建物に強く反応し、顔は大脳皮質底面に沿った様々な領域で反応する。
そのうち腹側皮質視覚路の始まりの後頭顔領域では目の丸みや鼻筋等の顔特有の形態特徴を統合し、次の紡錘状回で心の目に映る顔の画像を最終決定する。このすぐ上にある上側頭溝では表情(筋肉)から感情を識別すると言われ、側頭葉前部ではアイデンティティと顔の像を結びつける証拠のいくつかがあるが、どのように認識できないかは異なるだろう。これらのどの部位あるいは途上の神経線維に損傷を受けても相貌失認の可能性はある。
ー感想
どのように診断をつけたかとその症状はなかなか興味深いのでその辺で違いは出せそうな気がするものの、複数の相貌失認を出すと誰が物をどのようにみているのかを書き分けるのがとても混乱しそうだなとは思う。使いようはなくもないけど、すでに出たりするネタだったりするのかな、を思いついた。
『どうして私が私じゃないの』について
ーまとめ
はらわた2でアッシュは自らの手が悪霊に憑依され、切り落とそうとする。人間はどうやって自分を自分であると認識しているかについては研究が始まったばかりだが、この自分の一部が自分ではないと感じる症状はコタール妄想に該当し(他にも自分が死んでいる等の妄想を抱く)、重度のうつ病等に紐づけられる。
あるいは自己の一部が自己の意志に従わない動きをする脳梁他人の手症候群かもしれない。脳梁他人の手症候群は脳の左右で意識的な言語処理と運動制御が分断され連絡がとれなくなった場合に発症することが多い。
ー感想
はらわたのアッシュは悪霊に呪われただけでゾンビ化とは全く関係ないような……気がするけれど、確かにあの腕のシーンの一人七転八倒はホラー史に残る名シーンであることは認める。
これ系は悪霊じゃないとしたら妄想だと思ってたんだけど、右左脳の伝達ミスの線はあまり考えてなかった。これ、想像したらすごい不便だな……。
『生けるしかばねの心に輝く永遠の太陽』について
ーまとめ
過去の生活の片鱗を見せるゾンビは多い。記憶は感覚情報を脳が理解できる形にする符号化段階、必要な情報を一時保存する固定化段階、貯蔵した記憶を検索して照らし合わせる検索段階にわかれる。自由に思い出せる健在記憶と、言語化されていなかったり覚えた認識をもたない潜在記憶がある。これらの記憶は短期間の記憶を形成する前頭前皮質と、運動出力を制御する大脳基底核に関わる。そしてこの2領域は中期、目標計画、問題解決等実行機能とよばれる高度な認知プロセスを運行している。そのほか、特に作業記憶は多くの場所に分散されている。作業記憶は他の記憶に比べて損なわれやすく、側頭葉内側がこれが符号化して長期記憶としていると考えられる。この部分を失った時、前向性健忘(新しいことが覚えられない)に陥る。一方、手続き型技能(ピアノを弾いたり自転車に乗る等)の学習は大脳基底核による。また、情動を処理する偏桃体と建材記憶を固定する海馬は強く関連し、衝撃や驚きをもたらした出来事の記憶はフラッシュバルブ記憶(同時多発テロ等の情動に衝撃をもたらした記憶)は鮮明に保たれる。一方でその記憶が度々思い出される場合、細部について誤りが固定することがある。ところで過去の生活をリフレインするゾンビは手続き技能記憶が損なわれていない。ゾンビの脳内の線条体は健常であるようだ。人の区別がつかないことから、顕在記憶を失い長期記憶が保存できないように思われる。これらの状況は海馬か乳頭体の萎縮または他の領域との断絶によって引き起こされる。
ー感想
記憶は思ったより様々な部分にわたって展開しているもよう。今後の研究がまたれるところだけれど、これが完全に解明されたら記憶を制御し放題なディストピアになる予感しか正直ない。
まとめ
全体的に、飛ばし読みしなければわりと真面目に神経学の本だと思う。逆に言えば内容を8割カットした骨子Verが読みたい。ゾンビに例えると確かに「僕には」わかりやすいんだけどさ、そもそも各項で想定されているゾンビの性質がバラバラにずれまくってるから、ゾンビに詳しくない限り、一度に読むと何かとんでもない誤解が発生するのではないかと思わなくもない。1章に出るゾンビと2章に出るゾンビは全く性質が違うのに、それが引用映画のタイトルしかヒントがない。逆にそれなりにゾンビ好きな人なら話が頭に入りやすいかもしれないけどさ。
小説に使えるかというと、使うとしたら叙述トリックだろうなとは思う。登場人物に何らかの障害又は特異があればそれを前提に話を作ると面白そうだけど、最初から最後まで完璧に整合を取るのが難しそうで、そしてそんな微細な病気を前提にトリック組むのって地味だし読んで面白いかというと疑問が沸く。ゾンビものには使えない(何を書くんだ?
4.結び
記憶に関する話はいくつかかいていてやっぱり不正確だなとはおもったけれど、読者もよく知らないだろうから偉い人から何か言われたらフィクション人類ですと答えることにしよう。だいたいSFだもの。
次回は今村仁司編『現代思想を読む事典』です。
ではまた明日! 多分!
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