【短編小説(ホラー)】百物語とその結末 7000字
[HL:嗚呼。私たちは一体何を集めたのでしょうか]
百物語のその始まり
あつ‐める 【集める】
《下一他》
多くのものを一つ所に寄せ合わせる。
私たちは何故、それを集めてしまったのだろう。
その切欠はゴールデン・ウィーク明けだった。私は随分と久しぶりに、文フリ、いわゆる文学フリマに訪れた。文芸、つまり小説や詩なんかを作ってる個人やサークルが寄り集まって、互いの作品を売り合う即売会イベントのこと。漫画でいうところのコミケ。今年の会場はビッグサイト。
晴れ渡った空の眩しさに目を細める。りんかい線の国際展示場駅からビッグサイトに至る道は遮るものもほとんどない。暑いほどではないけれど、照りつける日射は自然と視線を下に向け、薄手のニットの下に僅かに汗をかく。
漸く会場にたどり着き、たくさんのブースが並んでいる様子を見て込み上げた思いは、懐かしい、だった。
そう、懐かしい。つまり私にとってここは既に、日常とは切り離されてしまった場所。けれど、足は自然とかつて通った方に向く。
「あれ。百禄さんじゃん。随分久しぶり」
その声に振り返れば、見知った顔がチラシを差し出していた。
「岬の会さん! お久しぶりです」
「なに、もうやめちゃったかと思ってたんだ。夜の光さんとこSNSもやってないでしょ、今どき」
「あはは。でもやめたも同じかな。なかなか時間とれなくてさ」
ざっと見回せば、会場は熱気に包まれている。私は3年ほど前までここにいた。大学で夜の光という文芸サークルに入っていて、ここで本を売っていた。けど就職して、全然時間が取れなくって。かつてあれほど私を包んでいた熱気も一度離れてしまえばなんとなくその温度は遠くなり、そしてそれが冷えた日常になってしまう。
「そっか。もう書いてないの?」
「や、続けたい気はあるんだけどさ。今日もすごい久しぶりに休み取れた感じ」
「そっか……百禄さんの怪談、結構好きだったんだけどなぁ。もし再開したら教えて。絶対買うから」
「そう言ってもらえると嬉しいんだけど……」
実話怪談は少し特殊だ。大分脚色することはあるけれど、実話がベースになっている。実話怪談を書くには取材が必要で……そんな時間なんてやっぱり、取れそうにない。
岬の会もホラー系の一次創作をしている。サスペンスが多いけど、そのリアリティのあるところとシャープな作風は好みだったし年齢が近いのもあって自然と仲良くなった。それでお互いによく本をお迎えしていた。懐かしい。
「そうだ。これ。もし時間があったらでいいんだけどさ」
岬の会が再び差し出したチラシを手に取れば、百物語と書いてある。
「なんかさ、文フリも結構メンバー変わってるんだよ。やっぱ就職したり引っ越したりとかで疎遠になってね。だから百物語しようと思って」
「だからって?」
「百物語だったらさ、今はネットでできるじゃん? 配信とか。それならまたみんなで集まれるかなと思って、久しぶりに」
久しぶりに集まる。その言葉に少しだけ興が向く。
楽しかった過去。このホラーの島も、半分くらいは新しいサークルが入っている。知った顔は減っていた。
「百禄さんって名前も百物語向きじゃん。やろうぜ、百物語!」
その時、岬の会は確かに楽しそうに笑っていた。そのはずだ。
「そうね。楽しそう。でも上手くいくかな」
「それをこれから考えるんじゃん。ほら、これ私のLIME。登録して」
強引に押し切られた形で受け取ったチラシには、たくさんの蝋燭のイラストとDiscardのアドレスが書かれてあった。
改めて思い出す。文フリで出会って本を買う。私たちはそれだけの縁。
お互いにペンネームしか知らない私たちは、その時一体何を集めようとしてたんだろう。
Discardでのやり取りはとても楽だった。
岬の会が集めた十人ほどのメンバーのうち八人は私も知っていて、親しいホラー系サークルのメンバーだった。そのうちの半分は、すでに東京を離れたり就職したりで活動をしていない。
けれど週に一回、土曜の夜に集まって会議をする。昔みたいに小説の話をする。このノリも学生のころと同じようでなんだか懐かしい。
「ねえ、百禄さん。実話怪談で百物語やった話ってない?」
「何人かやったって人に取材したことはあるけど、最後までやったって人は聞いたことがないなあ」
「えっ何で?」
「だって百話だよ。一話三分でも三百分、つまり五時間」
「うわ、まじか。じゃあ成功させて伝説にしようぜ」
一般的な百物語、というのも変な話だが、だいたい五人から十人くらいが順繰りに話をして蝋燭を吹き消す。大抵が途中で飽きるし話が長くなると夜が明ける。だから私が取材した話はどれも『何も起きなかった』で終わった。だから本にしたりはしていない。だってつまらないもの。
だからこそ、最後まで百物語を完遂しよう。
そのためにあらかじめ割り振られた順番に従って話をする。その話はオリジナルでは駄目だ。素人でも小説家というものは、ただでさえ自己顕示欲が強い。三分と決めて三分で終わるはずがない。つまりオリジナルを許可するといつ終わるかわからないし、適正に百物語といえるものかはわからない。
せっかくやるならきっと正しい百物語でないとだめなんだ。怪獣や宇宙人が出てくるのも駄目。
だから参加者は百物語と認定された話の中から一人一つ語ることにした。認定された話というのは例えば、諸国百物語とか御伽百物語、太平百物語といった江戸時代から存在する、百物語としてお墨付きのある百物語だ。
「でも百人も集まるの?」
「それは大丈夫かな? ホラー系サークルの人の知り合い多いし、今はLIMEとかtiktakで名前検索したら見つかるし。それでなんとか見つけるさ」
たくさんの人間の意見が集まり一つの企画が出来上がっていく。まるでそれは百物語という生き物をベタベタと練り上げていくような試み。
お盆の一夜をあてることが決まり、ジィジィと蝉が鳴き始めるころには参加予定人数もいつしか百人を越えた。岬の会や今も活動しているアクティブなメンバーが随分広報したらしい。
百物語というのは百人分の怪談話を披露する。けれど普通は百人も集まらないから、何人かが手分けしていくつも話をする。その点でも、私たちが行うのは正しい百物語だろう。
そういえば一番揉めたのは、本当に百物語をやるかどうか、だった。
百物語というのは百話が全て語られた時に怪異がその場に溢れ出す。そういうイベント。つまり配信を通じて百人、ひょっとしたらもう少し多いリスナーの元に。
けれどもそれって結構大変なこと。でもやるなら、ちゃんとやろう。中途半端はよくない。それが私たちホラー系文芸サークルの矜持だった。だから私たちは、スピーカーが一人も欠けずに九十九の話が終了したときだけ最後の百話目を語り、そうでなければそのまま雑談をしながら朝を待つ。そんな予定になっていた。
いるかいないかはモニタに表示される。スピーカーにだけ、互いの顔がモニタに表示される。お互いに存在することを、厳密に確認するため。
厳正な抽選の上でスピーカーを百人選定して、あとはリスナーに回ることになった。そうしてとうとう、その夜がやって来た。私たちが集めた百人のスピーカーが、それよりずっと多く集まったリスナーとの間で練り上げた百物語というシステムを実行する。
「さて、あとはやってみてのお楽しみです」
「本当におばけがでたらどうしよう~」
「そこまでいかないかもしれないじゃん」
その当日夜の七時半。
私は僅かな興奮とともにモニタを眺めていた。
岬の会の配信には百人のスピーカーと約三百人程度のリスナーがどこからともなく集まった。リスナーは一切喋ることができない。スピーカーは誰かが話している時は当然話すことは禁止されているけれど、どうしても必要な時は話すことができなくもない。
何故ならスピーカーはインしている限り、ずっとスピーカー設定にしておく決まりにしたからだ。途中で誰かがオフになれば百物語は完遂しない。そのメルクマールを保つために。誰か一人でもオフになればその時点で百物語は未完となる。
今、私のモニタに整然と並ぶ百人のスピーカーの名前と小さく分割された画面に表示された顔。その七割程度は見たことがある人間で、少しだけホッとした。画面の向こうに繋がりを感じる。この分割された世界が全て生きているうちは、宵闇は続く。
丁度晴れた暗い夜だった。日中の熱は日が沈んでも残り、エアコンをつけてもじめじめと蒸し暑い夜。
日の入りは午後七時四十三分。とても洒落ている。わずかに満月から欠けた月が西の空に沈んだころ、岬の会が主宰の挨拶を行い、リストの一番上から順に百物語が開始された。
話が一つ終われば、蝋燭を消す代わりにそのスピーカーはその部屋の電気を消す。流石に蝋燭を五時間も継ぎ足し続けることは現実的じゃないし危険だ。その世界を闇で満たせば要件は成立するだろうという見込みだ。そして、話が一つ終わったらスピーカーは全員イイネを押す。それが互いの存在確認。
百物語のその終わり
あつま‐る
【集まる】
《五自》
多くのものが一つ所に寄って来る。むらがる。また、集中する。
私たちは和気あいあいと、モニタ越しに怖い話を集めていた。
とはいっても古典作品だ。だから淡々と続く話は大体が古臭く、現代から考えるとさほど恐ろしくはない。中には滑稽噺かというものも混じっている。それがきっと、丁度よい。怖すぎても脱落者が出るかもしれない。
おそらくこのメンバーじゃなければ成立しない配信内容だろう。文フリで、ホラー好き。だから古典も嗜んでいる人が多い。
江戸時代というのは遥かに昔の話だ。それは時間の経過という以前に、文化、そして人の考え方自体が全く異なる異世界といってもいい。だからその共通認識がないと、そもそも昔話というのは現代には降りてはこない。
最初は明るかったモニタも、一つ話が終わる毎にフツリフツリと暗く消えていく。時にはじゃあねと手を振って、時には眠そうに唐突に、はたりと世界が闇に落ちる。けれどもその暗い先からはどこか、ざわざわとした人の存在が感じられた。見えなくても、そこにいる。
配信とは不思議なもので、物理的に隔たっていても時間を共有できる。これこそが私たちが共通して紡ぐ物語というものの作用なのだろう。
そうして夜は深々と更けてゆく。
私は唐突に、奇妙なことに気がついた。そのモニタの先の闇がゆらりと時折動くような気がした。真っ暗にしたとはいってもモニタ自体は光っているだろうから、その光が反射したのかもしれない。その僅かな光が、闇に落ちたスピーカーやキーボードを淡く照らしているのかも。その闇の蠢きに目を瞬かせていると、やはり妙な違和感を感じた。その闇の向こう、スピーカーたちの後ろに何かがいるような、気が。
まさか。まさかね。
そうしてしばらくの時間の後、私の目の前のモニタは全て真っ暗となった。岬の会が挨拶をする。
「さて、皆さん、ちゃんといますね。いらっしゃったらイイネボタンを押して下さい。……うん。確認しました」
その瞬間、分割された闇に沈んだモニタの中から、一斉に手のマークが表示されている。それは正しく一種異様で、さざ波のような恐れとわずかな興奮が私の背筋を揺らす。
「すごい、最後まで百人分のイイネです。それでは最後の百番目の物語を開始します。実話怪談作家の百禄さん、お願いします。みなさん! 今この瞬間、私たちが実話怪談になりますよ!」
主催者の声はわずかに興奮していた。この百人の誰も、きっと本当に百物語が成立するとは信じていなかった。それほど長い時間が経過した。
「え、はい。ええと、いいんですよね」
私がそう呟いた時、九十九に分割されたその闇の向こうで、たくさんの何かが確かに頷いた気配がして、ゾワリと背筋がざわめいた。いいえ、真っ暗闇の中にいるのはスピーカーだけのはず。
そうして、奇妙なことに気が付いた。私のモニタだけが、明るく表示されているのだろう。だって私が最後のスピーカーで、まだその蝋燭を消していないんだから。
けれどもなんだか、私の周りには既に闇が漂っていた。そんな気がした。それは百物語の作用なのか、あるいは真っ暗なモニタから闇が漏れてきているのか、わからないけれども。
ふぅ、と一息をついて、話を始める心積もりをする。
私たちは実のところ、すっかり百物語の実行というものの虜になっていた。きっとこれが成功すれば、なかなかの快挙だろう。こんなに考えて百物語をするなんて、きっと他にはない試み。だから厳密な手続きを定め、完遂できるような仕組みを整えてしまった。
けれど百物語の目的は百の怪異の話をして本物の怪異を呼び出すこと。たくさん集めた恐怖の要素をもとに、何かを呼び出すこと。それが何かなんて、私たちは何も考えていなかった。
その事に今、気がついた。
最後の話は『恠を話ば恠至』だ。江戸初期、浅井了意による怪談集『伽婢子』の百物語についてのはなし。厳密には百物語集ではないけれど、最後の話だから特別に百物語についての話をする。
そして口を開け、私の体は突然動かなくなった。そうして、明るく点灯していたはずの私の部屋の照明がちかちかと揺れた。モニタの向こうから小さな悲鳴があがる。
一体何が起こっているの?
私がそう思うと同時に、誰かの声が上がった。
「百禄、それはなに。あなたの後ろにいる黒いものは」
後ろ……? 私の後ろに何かいるの……?
振り返ろうと思っても、私の体は既に全く動かなかった。
「人のいひ傅へし怖ろしき事、恠しき事を集めて、百話すれば、必ず、おそろしき事、恠しき事あり」
私の口は勝手に語りだす。
昔から言い伝えられている恐ろしいことや奇怪なことを百集めて物語ると、かならず怪異が生じると言われている。
真っ暗なモニタの分割されたそれぞれの画面から、ガタガタという音がする。そして闇が溢れ出す。この奇妙な存在するはずもない怪異が、通信というものを伝って集まり、統合される。
「どうしよう、スピーカーが切れない! 百禄! 大丈夫⁉︎」
「何! 何が起こっているの!」
「やらせだよね? こういう企画だよね!」
「ちょっと! 本当にモニタ落とせないんだけど!」
次々とそんな声が浮かびあがるのを、私は妙に他人事じみて感じていた。
モニタの向こうの闇からはたくさんの声と悲鳴が聞こえた。そして私は目の端にチラチラと闇がうごめくのを見た。私の体はもうすっかり動かない。それでも私の口は淡々と語り続ける。
『恠を話ば恠至』は京都下京の住人五人が集まって百物語をしようとする話だ。そのうち、次第に怪しげな出来事が起こってくる。そうだ。そういえばこの話は百に至る前にも怪異が起こっている。
浅井了意は何かが訪れぬよう、最後に『物語が百にみたぬうちに筆を置くことにする』でしめていた。そのことは知っていたけれど、私は考えていなかった。百に至るとどうなってしまうのか。
私の体は私の意思に反して、モニタに向けて右腕を上げる。それは既に、私の腕ではないような気がした。
たくさんの叫び声が遠く聞こえた。
そして意味のわからぬ最後の言葉を告げて、私の意識はふつりと途切れた。その時、たくさんの声を聞いた気がする。あれが叫び声なのかはよくわからない。ひょっとしたら得体のしれない何かが集まり蠢き生じた音、かもしれない。
次に目覚めた時、世界はすでに明るかった。
モニタの時計を見れば既に午前十一時四二分。昼前だ。
僅かな頭痛とともに顔を上げれば、配信をしていたはずの目の前のブラウザは閉じられていた。
そういえば昨日はどうなったのだろう。そう思って履歴を見ようとしたけれど、どうしても配信のURLが見つからない。そんな馬鹿なと思ってDiscardを確認したけれど、作ったはずのサークルも見当たらず、連絡に使ったはずのLIMEやtiktakにも記録が全くなかった。
「そんな馬鹿な」
思わず漏れたつぶやきは、私の声には聞こえなかった。
そんなはずはない。そう思ってサークル名を元に検索しようとして、頭の中からもその名前が欠け落ちていることに気がついた。電子的に繋がった連絡先がなければ、私たちはお互いのペンネームしか知らない。
慌てて本棚に並んでいた文フリで購入した本を探し、ようやく岬の会が主催者だったと思い出す。けれども話をしていた担当者が誰なのかも思い出すことはできず、奥付に記載された連絡先にメールをしても、すでに使用されていなかった。その他の人たちは、どんな人達がいたのか全く思い出せない。そのことに呆然として、頭の中身の霞の先を探そうとして、急に言い知れない恐怖を覚えた。これ以上、再び近づいてはならない。頭がそう警鐘を鳴らす。
昨日何かが起こったのか。或いはあれは全て私の夢だったのだろうか。五月からずっと連絡をとっていたはずなのに。
これまで何年にも渡って親しくしていたはずなのに、その面々の記憶もなぜか綺麗に無くなっていた。それも含めて、私の記憶違いか。
私たちが集めた何かの一つ一つは恐ろしくないとしても、私たちが集めた多くの人々を媒介して膨れ上がり、そして夜明けとともに膨れ上がって去っていったのか。最後に百物語を統合して怪異が現れた私以外、跡形もなく道連れにして。そして私は考えるのをやめた。
私が恐る恐る次に参加した文フリではホラー系のサークルで知った顔はみかけなかった。
Fin
カクヨムとかにUPしてるのとは違うVerです。どっちがいいのかはよくわからんが、文フリ入ったことがないのでこの空気感でいいのかよくわからない~。なお僕は創作実話怪談書くのはとても苦手です、絶妙なノンフィクション感ムズイ。
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