【短編小説(コメディ)】ヴァレンタイン・オブ・ザ・テラー 2500字
[HL:バレンタイン、怖い]
バレンタインデー前々日。
僕は恐怖に震えていた。
クラスの男子は何故だか浮かれているけれど、僕には全く理解できない。恐怖の足音というものがあるのなら、日を追うごとにひたひたと迫って来ていた。つまりここが、僕にとって確定的な悲劇に至る恐怖の道だ。
端的に言えば、数日前から僕を見る女子の目が飢えた野獣の目にしか見えなかった。視線を向けられるたび、脊髄反射で目をそらす。これこそ心臓が鷲掴みされた気分ってやつで、恐怖で背筋が凍る。たった1ミリでも動けば食い殺されそう。
僕には3つ、人と異なる点がある。
1つ目。モテる。断じて自慢じゃなく、忌むべき客観的事実。僕は北欧系ハーフで顔が整っているらしい。クラスの男子は羨ましいって言うけれど、1回女子の頭の中を見てみればいい。僕のエロ知識は女子の妄想でダイレクトにアタックされたものばかりで、今更エロ本なんて買う気も起きない。そう考えると男子の妄想のなんとフィジカルでシンプルに単純だ。
2つ目。人の心の声が聞こえて感情が色で見えるんだ。1つ目の原因で、僕を見る女の人からは悍ましい妄想しか聞こえない。だから僕は普段は心を閉じてなるべく聞こえないようにしている。
3つ目。コミュ症。上の2つの原因で、重度の女性不信なんだよ。前に図書館で本を借りる時にさ、真面目そうな図書委員の女子にうっかり防御を解いたらそこはもう真っピンクで、何故か僕が隣のクラスの男子に襲われていた。それ以降は女子と見るだけで挙動不審になる。
なるべく音をたてないようにそーっと教室の扉を開けた。その瞬間女子の目が集まり一歩後ずさる。物量的な瘴気が心の扉をミシリとこじ開けようとする。この季節は女子の圧力が強すぎて、うまく心を閉じられない。攻撃力が防御力を上回る。しかも多勢に無勢。回れ右して帰っちゃダメかな?
「早く入りなさい!」
背中から北林先生のイライラした青色の思念と共に背中が押され、そのイラつき加減にホッとする。そそくさと足を進めれば僕の席は幸いにも男子に囲まれていて、周囲のイラッとした青い思念が気持ちいい。それに嫉妬のイエロー……。もう嫌だ。早く家に帰ってネコに癒されたいよ。
授業中はみんな一応授業を聞いていて、僕に向けられる思念が減少する貴重な時間だ。黒板に板書する北林先生の背中をぼんやりと眺めた。29歳独身。1つにまとめられた黒髪に黒縁メガネ。少し神経質そうな雰囲気。クラスの男子はババァとか言うけど、先生からはピンクの波動を感じたことがない。大人な先生にはクラスの男子なんて猿みたいなものだろう。この時期では特に砂漠のオアシスのように感じる。
終業のチャイムが鳴ると僕は一目散に逃げ出した。
状況は年々悪化している。
小学校の頃は純粋に喜んでチョコを受け取っていたけど、最近は市販のチョコでも思念が絡み付いていて恐ろしい。手作りなんて怨念の塊みたいになっていて、触ったら呪われそうだ。
そんな苦悩を今年も幼馴染の竹中に相談した。毎年だから竹中もうんざりしているけど致し方ない。精神が擦り切れてしまいそうだ。
「今年はヤバイ、マジでヤバイ。どうすりゃいいんだよ」
「ご愁傷さまだな。けどフリーと思われてるから告られるんだろ? 誰か付き合いそうもない人に告ってみるとか?」
「そんなこといわれてもさ」
誰か僕を好きじゃない人が僕と付き合ってくれないかな。自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。頭の中が混乱している。
そもそも僕をピンクな目で見ない人は家族と近所のおばちゃんくらいしか。そこでふと思い出したのは北林先生だった。北林先生だけはピンクじゃなかった。でも俺は生徒でさ、告って付き合うふりをする未来なんてそもそも見えないよ。首になっちゃう。
翌朝、バレンタインデー前日。
命の危険はますます高まっていた。昨日よりさらに増したピンク色で具体的な舐め回すような卑猥な思念に教室に入る勇気なんて出なかった。
「邪魔だ。入りなさい」
もうこの状況から救ってくれるのは先生しかない。そう思ってしまったんだ。僕の思考は決壊して、暴挙に出た。まさに暴挙だ。
「先生、僕と付き合ってください」
背中に向けられるイラついた思念に思わず振り向いて、すがるように助けを求めた。その瞬間、背後の教室の中で阿鼻叫喚が暴発した。
絶望的な黒い思念、ババ専なのかという困惑のうす紫の思念が爆発的に溢れかえっている。正面からはイラついたような混乱したような、怒りのような妙な藍色と赤色の思念がいりまじって癒される。けれどもそっと見上げた北林先生の額には少し青筋が浮いていた。
「馬鹿なこと言ってないで早く教室に入れ」
より強い苛立ちとともに教室に追いやられる。
けれども僕の暴挙によって、僕の周りは劇的に変化したのだ。
僕に向けられる視線は相変わらず強かったけど、そのだいたいは好奇心のオレンジとか混乱の紫とか、そんな色に変化していた。男子からは僕と北林先生がいちゃついてる淡いピンクの妄想が軽く漂っていたけれど、そんなものは今朝までと比べると子供だましで、なんだか随分久しぶりにまともに息ができた気分で、ほっと一息、胸を撫で下ろす。
ねとついたエロい妄想からの開放。
もっと早くこうしていればよかったのかも。別に付き合うまで行かなくてよかったんだ。随分恥ずかしいし先生には迷惑だっただろうけど。
その翌日、バレンタインデー当日。
長年の悩みがすらりと溶けたように清々しかった。
昨日の成果か僕にチョコレートを渡す人はいなかった。チョコレートの恐怖から開放された僕の心はふわふわと浮かれ上がっていた。
放課後、苦々しい顔の北林先生に呼び出された。多分昨日のことで怒られるんだろう。冷静に考えると先生に酷い恥をかかせた。朝礼前のみんなが見ている中で告られるなんて、怒られて当然だ。謝らないと。そう思って職員室を開けると進路相談室に連れて行かれた。
「昨日のことだがな」
「あの、ごめんなさい」
「あんな場所でああいうのはやめなさい」
こういうことで怒るのは先生でも照れくさいのか、もやもやと薄黄色の思念が漏れていた。
「あの、からかったつもりはなかったんです。本当にすみませんでした」
先生の思念が一瞬の混乱の色から驚きの赤紫色とためらいの橙色が混ざる。
「え……まさか本気なのか?」
あれ? なんだか、色調が変、だぞ?
「まあ、なんだ。悪い気はしないがこういうのは卒業してからだな」
「あの、先生?」
先生はいそいそとカバンから袋を取り出す。先生の雰囲気が灰色に変わる。これは抑圧とか我慢を示す色。
「これはなんだ、その、せっかくバレンタインだから」
ほんの少しの上目遣いで濃い灰色の感情と共に差し出されたチョコレートはこれまで見たことないほど濃いピンク色をしていた。ピンク色から透けて実体験に基づくえげつないリアルな妄想に気を失いそうになる。クラスメイトのふわふわしたエロ妄想なんてかわいいものだ、と知る。
恐怖に凍りつく。
そして先生の思念はまるで蜘蛛の糸のようにべたりべたりと僕に絡みつき、先生の顔も物理的に少しピンク色に変化し、僕はきっと青ざめた。
助けて。
Fin
頭の中で日付がずれていた件。

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コメディ寄りなのとプリンなので。
