【展覧会】日本美術展・グラフィック展・印象派展
企画趣旨
最近また美術展に行く機会がありました。映画みたいに呟きで書こうかと思ったけれど開催日時や場所の情報だけで140字をオーバーするし保管場所に困るのと、メモしておかなければ一瞬で忘れる、というか翌月には全然覚えていないので、ここで書いてみることにします。
今回の内容は、下記の3カ所です。
・まだまだざわつく日本美術(サントリー美術館)
・日本のグラフィックデザイン2025(東京ミッドタウン・デザインハブ)
・ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠(三菱一号美術館)
見出しは短い方がいい主義なので、雑に短くしています。
主に絵なのでいつもよりテーマは共通しているような(そうか?)。
今回は前回行く予定だったざわつく日本展にリベンジと、同じ場所、というかサン美前にポスターあったからデザイン展に行った。『そのとき、どうする?展』も気になってるんだけど、ミッドタウンでも少し離れた所にあるからまた今度。本当の目当ては六本木ミュージアムの『1999展 ―存在しないあの日の記憶―』だったんだけど2時間待ちでちょっと予定が立たなかったです。
1999展はHP自体からめっちゃなつかしいで攻めてくる。渋谷でやってる『恐怖心展』も行きたいんだけどさ、インタラクティブな展示はすぐに予約が埋まってしまうのだ。あらかじめ予定が決まらないものだから券は当日にしか買えないんだよね、そうするとそっちも最終回しかあいてない。1999は9月末、恐怖心は8月末までやってるから機会があれば行きたい。チーラボとか人気の施設にもいってみたいんだけど、予定がたたん。
定型注意書き。
「Thinking Time」は深夜にだらだら連ねたどうでもいい駄文をまとめたり謎の企画をやってみようなシリーズで、僕の頭に浮かんだことですから根拠とかは有りませんし、おおよそは妄言です。それに多くが結論があるわけでもない投げっぱなしです。また、テーマにかかわらず政治的主張や何かの陣営に与することを意図するものでは全くなく、そう解釈される場合は僕が歴史上の事実(思想ではない)をそのように認識しているだけか、僕の書き方が悪いということです。異論はとてもみとめるし、だいたいはすごく回りくどい。
まだまだざわつく日本美術(サントリー美術館)
概要(HPはリンクがでないやつだった)
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2025_3/
ある作品を見た時、「えっ?」「おっ!」「うわぁ…」と感じたことはないでしょうか?こうした言葉にならない「心のざわめき」は、作品をよく見るための大切なきっかけとなるはずです。本展は2021年に開催した展覧会「ざわつく日本美術」の第2弾。思わず「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、目や頭、心をほぐし、「作品を見たい!」という気持ちを高めていきます。
今回のテーマは「ぎゅうぎゅうする」「おりおりする」「らぶらぶする」「ぱたぱたする」「ちくちくする」「しゅうしゅうする」の6つ。まだまだ知られていないサントリー美術館のコレクションを通して、作品を「見る」という行為を意識して愉しみながら、日本美術のエッセンスを気軽に味わっていただける展覧会です。
作品との出会いによって沸き起こる、自分自身の「心のざわめき」に耳を傾けると、日本美術の魅力にぐっと近づけるような、意外な発見があるかもしれません。
開催期間:2025年7月2日(水)~8月24日(日)
料金:一般1700円、大学生1200円、高校生1000円
アクセス:GoogleMap サントリー美術館
事前印象
前のざわつく日本美術にはいってない。
このアメコミみたいな文字がのったポスターがなんかとても楽しそうで(HPのリンク張れないくらいだから画像リンクは多分絶拒だよな)。
日本美術、というか日本画以外はあまり興味はないものの、能動的なものとしてはあまり認識していなかった気がする。鳥獣戯画はぴょんぴょんしている気はするけれど、それも含めて枠の内側に収まっているような印象で、日本美術はおとなしいイメージ。けれど北斎とかを思い出せば結構画面外までキャラ的に動きが広がって見えるし、北斎は特に春画の背景文字がめちゃくちゃうるさかったことを思い出す。蛸と海女とか音が聞こえそうな、いや、北斎は結構特異といえば特異な気も。
中身と感想
入った瞬間、ザワッ……ザワザワッ……とカイジ感が溢れてて、つかみは凄くうまい。
展示のなかでは「おりおり」は結構目から鱗で、屏風は折り方によって随分印象が変わることに驚いた。それぞれに描かれたモチーフ同士の距離感や明暗なんかの調節を自律的にできるシステムというのは改めて興味深い。次に興味深かったのは「ぱたぱた」するで、重箱などの立体物の展開図を示してそれぞれの側面に描かれた図絵を一覧にする、のだが、わざわざ展開が必要なほどの複雑な作品はなかったように思う。
「ぎゅうぎゅう」は一つの作品にシリーズ的なものを集めたりしているけれど、どれもわりと結構余白があるのでそこまでぎゅうぎゅう感はなかったかも。むしろぎゅうぎゅうに感じるとすれば概念か。
「らぶらぶ」は恋愛の日本画、「ちくちく」はこぎん刺しのパターン紹介、「しゅうしゅう」は様々な収集品が集められていたが、それぞれ自体は興味深かったもののいずれも一つのコーナーを構成するほどのテーマ性はなかった気がする。こぎん刺しは拡大されたものに触れるのは面白かったけれど結局パターンを拡大しただけなので、どうせちくちくするなら縫っている動画を置いておけばちくちく感も臨場感も出たのではないか。しゅうしゅうは古いガラスとかたくさんあって面白かったんだけど、ただ並べてあるだけでそれぞれの蒐集物の個別のコメント、つまり蒐集者がどのような観点で蒐集したのかが気になるやつ。無作為なら無作為でもいいんだけど(←僕のタイプ)、せっかくのガラス片にたいして説明(年代とか組成とか)がないのが少し勿体ない。
日本のグラフィックデザイン2025(東京ミッドタウン・デザインハブ)
概要
東京ミッドタウン・デザインハブ(構成機関:公益財団法人日本デザイン振興会、公益社団法人日本グラフィックデザイン協会、多摩美術大学 TUB)は、第115回企画展「日本のグラフィックデザイン2025」を6月27日(金)から8月7日(木)まで開催します。
本展を担当する日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)は、会員約3,000人を擁するアジア最大級のデザイン団体です。1981年より、会員による1年間の優れた仕事や作品をまとめた年鑑『Graphic Design in Japan』を発行し、日本の多種多様で質の高いグラフィックデザインの成果を国内外に紹介しています。
年鑑2025年版は、全国の会員から出品された1,778作品から、厳正な選考を通過した562作品を入選作品として掲載(入選率約3割)。本展では、その中から約300点を実物と映像で展示します。身近な雑貨から、書籍、商品パッケージ、ポスター、シンボル・ロゴ、ウェブサイト、映像、展覧会やショップの空間デザインに至るまで、世界でも評価の高い日本のグラフィックデザインの現在を、ぜひご覧ください。
開催期間:2025年6月27日(金)〜2025年8月7日(木)
料金:無料
アクセス:GoogleMap 東京ミッドタウン・デザインハブ
事前印象
やってるのは知ってたけど、行こうと決めたのは現地でポスターを見たからで、そんなわけで特に事前印象はなかった。
中身と感想
思ったよりたくさんの展示があって面白かった。
ここに展示されているのは比較最近のちょっとおしゃれなポスターや商業作品のパッケージが多い。つまりこれは現在の広告(当時)の最先端であり、この少しの新規性がアートとマスプロダクツな商業の中間にあるものだと思う。
商業広告というのはわりと特殊なアートという印象を改めて持ったんだけど、その第一の目的は商品を売ることで、アートすぎて消費者が全く理解できないわけのわからないものだと駄目なんだ。少しの興味を持つもの、つまりここに展示されたものは、そのデザイン性や新しさで消費者の目を止める力があるものだと思う。どれもオシャレで目が留まる作品であるのは確かで、ただそれ以上ではない。消費者が物を買う時、最終的には中身の良し悪しで買うのは当然で、その物品自体がアートでない限り、パッケージに興味を持って物品を購入するということは通常ない。だからその中身のために足を止めさせるという効力があればおそらくその時点で成功で、第二としてプラスで込められるとしたらその会社やブランド、商品自体のイメージの付与(たとえばゴージャスとかエコとか)程度だろう。
一方でデザインが限りなく商品と一致した場合に初めて、広告自体が直接的に商品の購買意欲を運んでくる。他の作品とこれらが何が違うかというと、足を止めさせるという効果をすっとばしてその商品そのものを概念的に表しているものだと思うんだ。足を止めさせる作品はそれ自体で広告としてとても重要な意義があるけれど、そこから商品を買わせるには中身への橋渡しや解釈が必要で、一段落、つまり消費者があう・あわない、必要・不必要といった選択の余地を生む。
ダイレクトアタックを仕掛けてくる商品とは例えば不二家のパッケージのペコちゃんのベロであり、ここには展示されていなかったけれど無印良品のロゴであり、OINKGAMESのパッケージだ。これらはたとえその会社や製品を知らなくてもその中身を判断できるレベルに商品と広告内容が一致していて余剰情報がなく、そして一旦広まればペコちゃんの口を刻まれている箱をもっていれば不二家であることがわかるように、誰かが他に転用すれば盗用といわれてしまうほど商品と同一化する。
その一歩手前の商品と少しは切り離された誘因の広告はそこに未だ汎用性があってみていて面白いから、無作為にウィンドーショッピングをするにはそっちの方が楽しいんだけどね。
ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠(三菱一号館美術館)
概要
本展は、フランス、パリのオランジュリー美術館が、ルノワールとセザンヌという2人の印象派・ポスト印象派の画家に初めて同時にフォーカスし、企画・監修をした世界巡回展です。
ルノワールの代表作《ピアノの前の少女たち》やセザンヌの代表作《画家の息子の肖像》をはじめとし、2人の巨匠による肖像画、静物画、風景画、そして、2人から影響を受けたピカソを加え52点の作品から、モダン・アートの原点を探ります。
また、この世界巡回展はオランジュリー美術館とオルセー美術館の協力により、ミラノ、マルティニ(スイス)、香港を経て来日し、三菱一号館美術館が日本唯一の会場となります。ルノワールとセザンヌの交遊と合わせて、自在で多様な表現が生み出されるモダン・アートの誕生前夜に立つ2人の巨匠の、卓越した芸術表現を存分にお楽しみいただけます。
開催期間:2025年5月29日(木)~9月7日(日)
料金:当日 一般2500円、大学生1500円、高学生1300円
アクセス:GoogleMap 三菱一号館美術館
事前印象
印象派がとりたてて好きというわけではないけれど、印象派の当時の画壇に与えた影響とかそうう観点はとても好き。ルノワールもセザンヌもとても有名な画家なので、改めて純粋に見てみようかと、そんなかんじ。なお好きな印象画家はモネとドガです。
中身と感想
これは印象画が好きなら見るべきと思う。何故なら生で見た絵の印象と図録で見る印象(この展示の図録でさえ)が明らかに違うからだ。ルノワールの絵はよりシャイニングしてて、セザンヌの絵はより立体的に感じた。それはもう際立っている。
この展示は試みとしても結構面白くて、ルノワールとセザンヌの絵を同じテーマで並べている。たとえば風景・人物・静物と類似のテーマで2人の作品を隣り合わせる。
ここからは僕の印象なんだけど、ルノワールは眼鏡かけずに外に出た日の羞明(眩しく見える)気味の近視の視界に近い気がする。遠近感はあるのに輪郭が不確かで高めの明度で光が拡散する。一方のセザンヌは反対に輪郭線がくっきりしていて、世界にエッジのポスタリゼーションフィルタをかけたようなというか、ともかく色々と面的に均一化させるような表現が多い。表現手法というのは画家にとってこれほど個別に確立したものかと驚く。それを前提に考えると、これに続く画家というのはそれぞれの特出を同じように表現方法、というかオリジナルのフィルタリングを作り出していったんだなという気がしてきた。
いずれにせよこのような表現自体の選択が発生したのは画家が外にでたからなのは間違いなく(印象派登場以前は画家は工房で絵を描くもので、明度はある程度の範囲におさまるのがやむを得ない)、このような発想をもたらしたカメラとチューブ絵具の開発にはやっぱり敬意を抱くわけ。うん、やっぱ絵より歴史の方が好き。
三菱一号館は建物もとてもカッコいい(復元だが)ので、建物好きにもわりとお勧めできるかも。
この頁が含まれる好き勝手書いてるマガジン。
なんかまた見に行ったら書いてみよう。
