【短編小説(ホラー)】大きなカブトムシ 2000字
「あれ? なんかデカくない?」
「うん? まあ夏だからじゃないかな」
幼馴染のライカは昔から虫を飼うのが好きだった。18になるというのに今でも時間があれば春から秋にかけて毎日虫を探して歩き回っている。そんなライカの周りからの評価は、『ちょっとネジが飛んでいる』、だった。けれどもライカはいい奴だ。それに頭も恐ろしくいい。なんだって小学校の時、飛び級で大学を卒業したんだ。それ以降、ライカはどこかの研究室に所属し、リモートで研究の仕事をしているらしい。つまり既に 普通の人間の生活からはかけ離れているってこと。
だからまあ、ちょっと変なところがあってもおかしくはないと思う。
だからまあ、僕だけは変わらずライカの友達のつもりだった。
ライカの家も昔から変わっていた。ライカの家にライカの両親は殆どいない。海外で仕事をしているらしく、小さい頃はお手伝いさんがいて、最近は身の回りのことはライカが全部やっている。料理も洗濯も全部自分でできるなんて凄いと思う。僕は料理なんて全然だ。
けれども周りの大人は、両親がいないからあんな虫ばかりの変な子に育つんだとひそひそとしていた。僕はそれは違うと言いたかった。目の前のカブトムシが普通のサイズより少しだけ大きいというくらいの違いだと思うんだ。
「8センチくらいある?」
「どいつ? ああ、フレイか。そいつは8.2センチ」
「見分けつくんだね」
「もちろん? 微妙に角の形とか違うし」
実際のところ、ライカの家は虫だらけだった。両親がいない事とライカ自身に収入があることをいいことに、使わない部屋を温室に改造し、カブトムシを育てている。その温室以外にも、家中にケースに入った虫が大量にいる。虫が嫌いな人間は卒倒するような家だ。そんなだから、ライカの一日は虫の餌作りに充てられていた。
「レスティはずっと俺の友達だよな?」
「もちろんだよ」
そう言うとライカは確かに喜んでいた、と思う。きっとね。それで僕はよくライカと一緒に虫取りに行った。まあ、僕も他に友達はいなかったからさ。それでその夏、フレイはとても大きくなったんだ、10.2センチ。この種類からするとなかなかに破格の大きさだと思う。だからライカはフレイが冬を超えられなかった時、結構泣いた。割とガチ泣きしてたと思う。
「ライカ。仕方ないと思う。フレイはただのカブトムシだ。だから冬が越えられる個体なんてほとんどいない」
「うん、本当にそうだ。ああ、せめてフレイを素体にしよう」
「安らかに眠りにつくのじゃ、だめかな」
「僕はフレイみたいな子をまた育てたいんだ」
ライカの家の虫はライカのものだ。だから僕はライカが昆虫をどうしようと、文句が言えない立場だ。けれどもその、素体にするという行為は僕にとってとて酷くおぞましいように感じられた。
フレイは細かく刻まれ、寒天培地の敷かれたシャーレに乗せられる。それぞれの培地にはライカが選定した各種の菌類が植え付けられている。特殊な菌類だ。形質転換と形質導入。その菌類がライカの遺伝子と混ざることによって新しい性質の菌が生まれる。
「ねぇライカ。フレイもその、他の昆虫から作った菌に汚染されたから大きくなったの?」
「うん? それは調べないといけないけど、多分そうだね」
それはやっぱり、僕にとってとても気持ち悪い話だった。他の何かがその体に混じって無理やりいびつに成長させる。それは寄生虫と同じように、その生き物にとって耐え難い苦痛と気持ち悪さが伴うものなんじゃないだろうか。だって、本来の姿を無理やり変えられてしまうんだから。
けれどもそれがライカの仕事なんだ。ライカはそうやって動物同士の遺伝子をかけ合わせる実験をしている。将来的に人間の遺伝子治療をするための、安全な菌を作るための実験。それはとても重要なことなのだろう。
けれども僕は思うんだ。そうやって改変された人間って、本当に人間なのかなって。
それでしばらくして、裁断されたそれぞれのフレイが菌糸に覆われ何かぶよぶよとした白いものになる。ライカは極小のピンセットでそれらから少しずつ細胞を取り出し、顕微鏡で眺めるんだ。それでメモに色々と書き付ける。成功と不成功、効果の大きさと見出し。
でも僕にとってあの菌というものはやはりとても気持ち悪かった。それを近づけられるだけで怖気がした。間違ってそれが僕に定着して、僕が全く変わってしまったら。それは恐らく、根源的な恐怖、というものなんじゃないかと思うんだ。
でも多分、僕もおそらくああなるだろう。
「ならないよ。レスティはずっと僕の友達だもの。切り刻んだりするものか」
「けれども僕はもう」
「大丈夫だって。僕がなんとかするから」
「僕はもう何とかされたくないんだ。だってもう12年も生きている」
「すごいじゃん。そんなに冬を越えられるなんて」
やっぱりライカは変わっている。そして僕もすっかり変わってしまった。12年前にライカに捕まった時は普通のカブトムシだったのに。今はそれとは似ても似つかない姿になっている。
「レフティはずっと僕の友達だよ」
